セミノンフィクション小説「無力の力」(3)
第1章 白いスーツの男 第3回 忍び寄る白いスーツ
その出来事は土曜日の夕方に起きた。
五番館西武デパート脇の小路で私はカツアゲをして、その帰り道に中退した高校の先輩がやっている”すすきの”の喫茶店に向かうつもりだった。途中で先輩が好きなセブンスターを自販機で買い、私は犯罪の後だというのに不謹慎にもルンルン気分でそこに向かっていた。
すると突然、白いスーツを着た背の高い男が後ろから声をかけてきた。
「お嬢さん、お歳はいくつ?」
私は身構えた。警察・・・なわけがない。白いスーツを着た刑事なんて見たことがない。
そして「『本物』だったら、どうしよう」と、体が震えた。別のグループの男の先輩が大通公園周辺で観光客相手にカツアゲをしていたら、「本物」に袋叩きにされ、その後は行方知れずという話を聞いていたからだ。
私はなんとなくではあるが、誰かが私たちのカツアゲを眺めている、そんな視線を感じていた。恐らくその男の視線だったのだろう。
男の年の頃は30代半ばぐらいか。男の風体はどう考えても、「本物」のような姿と顔つきだった。
私は、17歳なのに、
「はい、21歳です・・・」
ととっさに嘘をついた。すると、
「学生さんかな。私はこういうものですが、ご興味、ありますか?」
渡された名刺を見ると、
”株式会社薄野興業 代表取締役社長 田辺一郎”
と書かれていた・・・興業?何の仕事の社長さんなのだろう?と考え込んだ。
「すいません、ご興味って何のことですか?」
と、ひとまずどこかの会社の社長さんだと思って緊張が和らぎ、体の震えは止まった。
「はい、私はスナックや風俗店を経営している者でして、もしご興味があればホステスさんとしてアルバイトはいかがかなと思いまして」。
・・・ホステス?
私は悪さをする毎日だったが、スナックのホステスも風俗店もどちらも興味はなかった。そして、断った。すると、
「おい、ガキ!オメーがここらで毎日カツアゲしてんのは知ってるんだ!ちょっとそこの喫茶店でお茶でも飲もうや」
と凄まれ、また体の震えが止まらなくなった。
私の恩人であり、そして姉さんの恩人でもある田辺一郎さんと私が出会ったのは、まさにこの日だった。
(続く)
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