【短編②】うわばき

10歳。神奈川の田舎町。

彼はいつも舌を出していた。

なぜ、いちいちふざけて人をたたくフリをするときに、舌が出るのかわからなかった。

髪型はいつもチリチリで、天然パーマなのか、寝癖なのかわからなかった。

とにかくよく太っていた。

太っているからなのかはわからないけれど、足が遅かった。

からかって、全力で逃げると、彼は追いつけなかった。

追いつけないから速度をゆるめたりしながら逃げていた。

それでも、彼に合わせるのは難しかった。

一度、うわばきを盗んで逃げたことがある。

真っ赤になって、舌を出しながら追いかけてきた。

僕はそんな彼がなんだか愛おしくなって、逃げるのをやめた。

彼は僕の髪の毛をひっぱったり、なぐった。

首をしめた。

うわばきを返しても、なぐってきた。

「痛いから離してよ」

僕は、彼にはっきりと言った。

「どうして僕のうわばきを盗んだんだ」

息切れをしながら、舌を出して話してくる。

よくクレヨンしんちゃんの真似をしていたものだから、こんなときでも、声が少し、しんちゃんのようだった。

「うわばきを盗むのに理由なんてないよ」

そう言うと、息切れをしながら、うわばきを持って去っていった。

彼の舌は、最後まで出ていた。

ギュって、噛むようにして、先端を少しだけ出す。

ときどき、勢い余ってよだれが出てしまうことがある。

そんな天パでふとっちょな彼のような人がいるのは、うれしいことだった。

次は、どのようにして彼をからかうか考えていたけれど、もうやめた。

金輪際、誰かのうわばきを持って逃げようなどとは、思わなくなった。

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