【短編⑦】名もなき家族

「だから言ったじゃない。消しとけばよかったのよ」

アリサはいつだって、人を消すことしか考えていない。

「いいから逃げよう。早く逃げよう」

ボサンノは、いつも目の前のことから逃げる。

「ボサンノ、あんたは黙ってて。どうせ逃げることしか頭にないんだから」

アリサはボサンノに厳しい。

「カッチャノ、お前は何ぼさっとしてんだ。いい案ねぇのか?このままじゃ一家心中だぜ」

僕はカッチャノ。全員消し飛ばしたいこの最悪な家族の長男だ。

兄弟は10人いる。

兄弟の中でもダントツでおてんばのアリサは、人を消すのが大好きだ。

「アリサ、お前は家に戻って弟や妹の面倒をみてくれ」

「マジかよ!ボサンノが帰ればいいだろ!」

「ボサンノは帰る途中で逃げるか、家で兄弟の面倒をみることから逃げる」

「そりゃそうだろうがよ!まぁ、わかったよ!」

アリサは時速500キロで家に帰る。

そういえば、また足が速くなった。兄としてはうれしい。

「ボサンノ!逃げるな!」

アリサの後を追おうとした(実際には同じ方向に行こうとしただけ)ボサンノを引き止める。

「兄者、オレは逃げねぇよ」

「その口癖は聞きあきた」

「兄者は厳しいな。オレが逃げるときはな、嫌な予感がしたときだ」

ボサンノの勘は当たる、と言いたいところだが当たったことがない。

何かのアニメで、そういうキャラを見つけて真似しているらしい。うざい。

そうこう言っているうちにヤツがきた。

触手でボサンノを貫く。

「いってぇぇ!」

僕は、ボサンノが串刺しにされるのを静かに見ていた。

このあとはどうなるのだろう?

「兄者!オレは逃げねぇ!」

まるで男に二言はないと言わんばかりに、ボサンノは僕にいい放った。

どうやら成功したらしい。

痛い目にあってほしいとずっと願っていた。

「このやろう!」

ボサンノは触手を手で切り刻み、触手の先にある本体に持っていた刀で切りかかった。

「おい!ボサンノ!!!」

「なんだよいいとこだろ兄者!」

「その刀は兄ちゃんのだろ!返せ!」

「わかったよ兄者!」

そう言って素直に刀をこちらに投げた。

そして、ボサンノは反対側からきた触手に串刺しにされた。

「ボサンノぉぉぉ!!」

ボサンノはもう、話さなかった。

「よくも弟を!」

僕は怒りに身をまかせ、触手の先に時速900キロで向かった。

触手の先があまりに長い。

大阪にいたが、どうやら本体は東京にいる。

しばらく走り続けなくてはならない。

しかし妙だ。

触手を持つ者は、近眼のはず。

この距離でボサンノの位置を正確に把握していた。

まさか。

東京の、我が家を既に襲ったというのか!

似たにおいを触手は追ったのだ。

アリサは間に合ったのか。

状況が読めない。

「今日はね、あのね、おでんにね、するの」

一番年下のアノンは、家族の料理係だ。

齢5才にして、一家の大黒柱である。

「おでん好きー!やったー!」

キセラはアノンの姉。

アノンが言うことに、いつも同調するのはキセラだ。

「おでん?嫌いじゃないよ。いいよ別に、食べるよ。いいよ」

その兄ケイト。

ケイトは、いつもなんでもよくて、仕方ないから付き合っている感を出す。イライラさせる。

「あのね、今日のね、おでんはね、卵がたくさんなの」

そのとき、卵が激しくゆれ、鍋が宙を舞った。

「今夜はおでんなの!!!!」

泣きながら叫ぶアノンを無視するように、無情にもおでんは、ケイトの被り物になった。

「ずるい!ケイト!」

キセラは怒った。

「熱い。いや、美味しいから別にいいけど」

ケイトはやせ我慢した。香ばしく濃厚なにおいが辺りを漂う。

おでんのにおいでいっぱいになった一軒家は、バラバラになった。

アノンは瓦礫の下敷きになって見えなくなった。

キセラはケイトが被ったおでんを取ろうとして、床が抜けたあとは誰も見ていない。

ケイトはおでんを食べた。

「まぁ、普通かな。いやうまくなくもない」

触手が家を覆った。

まるでそこに大木が立っているかのように、触手は絡み付いた。

ほとんど残っていない一軒家の隙間は、触手が埋めてくれた。

「遅かったか!」

アリサは、バラバラになった家を見て悔し涙を流した。

触手が彼女を覆う。

その後、カッチャノが家に着くと、誰もいなくなっていた。

ボサンノが着く頃には、東京から人がいなくなっていた。

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