【短編⑧】ワックス
彼はいつもワックスをつけていた。
授業中もだ。
休み時間につければいいのに。
ギャツビーのマットじゃないといけないらしい。
いくら髪の毛に刷り込んだところで、手には残る。
それで教科書やノートを触るというのだから、困ったものだ。
どうしてそんなにワックスをつけるのだろう。
十分に髪は盛り上がっているし、無造作だ。
おそらく、彼がしたい髪型は完成している。
それにも関わらず、時折、化粧を直すかのようにワックスをつける。
彼が席を立つ。
好奇心から、彼を追いかけた。
トイレに入った。
鏡の前で、髪を整え始めた。
手鏡では足りなかったのだろうか。
正面でいじる。
斜め45°。
下から見上げる。
上から見下ろす。
横顔。
どの角度からでも、セットした髪型が思うようにいきたかったのだろう。
こだわり抜かれたその髪型は、教室に戻った。
「いつもキマッてるね」
私は彼の髪型に触れた。
「そう?テキトーだよ」
可愛い。
ここまでひねくれていると、本当に可愛い。
怒られるつもりで触れたのに、テキトーにやっている証明のためか、彼は平静だった。
「ワックス、なに使ってるの?」
「マンダムのこれ」
ギャツビーのマットが顔を覗かせる。
彼は漫画を読み始めた。
トイレで髪をいじったあと、手は洗ったのだろうか。
漫画にワックスがついたら大変だ。
ページに張り付いてしまったら、彼のワックス人生に支障をきたす。
人を心配させるのが得意な人だ。
自身はまったく気にしていない。
後に、彼は彼女と会うときにはワックスを変えていることがわかる。
彼女といるときはウェットタイプなのだ。
彼にとって、ワックスはアクセサリーみたいなものなのだろう。
ただ、ちょこちょこつけていると、彼女と手を繋ぐときに心配になる。
人を心配させるのが得意な人だ。
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