【短編⑤】魔王を倒すのはどうでもいい
王様が魔王を倒してこいと言うので、私は装備を整えるために城下町に向かった。
外にはモンスターがいる。
芋女と言って、男ならなりふりかまわずキスをしてきて押し倒すという。
こんぼうやどうのつるぎを一振りすれば、簡単に倒せるモンスターなのだけど、あえてやられる冒険者もいる。
私にはバットとぬののふくぐらいしか装備がない。
芋女程度であれば、バットを振り回せばなんとか倒せるであろう。
ただ、どうのつるぎやたびびとのふくを買うには、芋女を何人か倒さなくてはいけない。
やっかいな仕事を引き受けたものだ。
魔王というのが現れなければ、私は隣の田舎町で平和に暮らしているはずだった。
先祖代々伝わる、勇者というものの血が一滴でも流れているせいで、私が魔王討伐に選ばれてしまった。
なんという不幸であろうか。
母も祖母も、そのような血筋であるだなんて一言も話していなかったし、王様のところから来た伝達係と呼ばれる人から聞くなんてあんまりだ。
いつものようにキングダムを読んで、仕事をして、またキングダムを読むあの生活に戻りたい。
週末は町に繰り出し、ルイーダの酒場にいるおねーさんにからかわれながら、お酒を飲むのだ。
「仲間がほしくなったら、また来なさい」
そう、おねーさんはそう言って……
そうか! 仲間を集めなくては!
私は、ルイーダの酒場を訪れた。
いつものおねーさんがいた。
「おねーさん、魔王を倒しに行くのに、仲間が必要なのです」
「仲間? あなたに仲間なんているの?」
「え、だっておねーさんが、仲間がほしかったらここに来るように言っていたではないですか」
「笑わせてくれるわね。仲間がいない人に仲間を渡すことなんてできないわ」
「だから、仲間が必要だから引き合わせてくれるんじゃないんですか?」
「おあいにくさま。私はそんなお人好しじゃないわ。あなたに仲間と呼べるような人がいるなら引き合わせるだけよ」
「どういうことですか? 仲間がいないって」
「あなたはこれまで、コミュニティに入っても誰にも貢献してこなかったでしょう? つまらないとか言いながら入っては抜けて、誰とも仲良くしてこなかったわ。あなたを助けたいと思う人がいないのよ。それどころか、あなたのことをみんな知らないのよ」
「なんなんですかそれ! 確かに私には友達と呼べる人もいなければ仲間もいません。でも魔王を倒しに行くのに力を貸してくれる人がいないっていうんですか!」
「よく言うわよ。あなたは魔王を倒しに行けと言われただけで、断れないから嫌々行こうとしてるだけでしょ。そんなやる気のない人についていこうと思う人こそおかしいわ」
「あぁそうですよ! 嫌ですよ! 魔王を倒しに行くなんて! なんで私が選ばれなくてはいけないのですか! いつものように家でアイスを食べながらマンガを読んでいたいのに!」
「それでも勇者の血を引く、選ばれし者ですか!? あなたのような人に、とてもじゃないけど引き合わせられる人などいないわ」
「もう頼みません。ひとりで行きます。お相手いただきありがとうございました」
私は、腹わたが煮えくり返りそうになるのと同時に、核心を突かれてしまったのがくやしくてたまらなかった。
私には、仲間がいない。
勇者にとって、これは致命的なことであろう。
仲間とはなんなのか。
同じ目的を持って、苦楽を共にしお互いにレベルアップしながら、達成に向けて進む同士ではないのだろうか。
私はひとりでは立ち向かっていけない。
ひとりでは魔王を倒すことができない。
仲間がほしい。
そもそも、どこに向かっていいのかもわからない。
芋女がいることぐらいしか情報はなく、外にどんなモンスターがいるかもわからない。
装備はどれだけ整えればいいのか。
情報はどれだけ集めたらいいのか。
装備を整えられたとしたら、お金はなんのために必要なのか。
魔王を倒すなんてことが、本当に実現できるのか。
レベルはどれだけ上げれば、次のステージに進めるのか。
話したいことがたくさんある。
悩みは尽きることはない。
仲間がほしい。
いっそ、魔王なんかどうでもよくなってきた。
旅に出て、自分とは? 仲間とは? の問いの答えを探しに行こう。
王様。母さん。
どうか探さないでほしい。
私は、人にとってとても大切そうな、大いなる問いに挑んでくる。
帰ってくるかもわからない……。
少年の瞳には、とても強い意思が宿っていた。
後に、旅先で出会った仲間と共に、魔王を倒したという知らせが国中に響き渡った。
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