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おたま
「ねぇ、まえにあげたおたま、使ってる?」微笑を浮かべながら、友人は聞いてきた。
まただ。あの質問だ。
「うん、使ってるよ。コロナになってから、お料理をする機会が増えたんだ。」フフッと半笑いで、私も答えた。
ちっとも面白くない。
いつも思うんだけど、この「おたま、使ってる?」の質問。この裏には、「前にあげたプレゼント、使ってくれているかな。使ってくれているよね?」という気持ちのほかに、「ちゃんと料理してるの?」という確認が込められている。
少なくともそう思っちゃう。
”ちゃんと”料理をすること。
彼女が何気なくしたであろうその質問。
この質問をされる度、わたしはいつも、無意識に身構えてしまう。
そもそも、友人がおたまをくれたきっかけは、共通の別の友人2人が私の家に泊まりに来た際、私がおたまを持っていないことを発見し、彼女に話したことだ。
おたま、持ってないの?おたまがなかったら、どうやって汁物をつぐの?
もしかして、料理してないの。。。?
恐ろしい。
料理をしていないこと。そうです。私はそんなに料理をしていなかった。
高校まで、わたしは家族と暮らしていた。祖母と母に食事は用意してもらっていて、自分はほとんどキッチンに立ったことがなかった。うーん、バレンタインのチョコを"作る"くらい?家庭科の時間も、包丁を触るのは怖かった。料理は苦手だった。
大学に入って、一人暮らしを始めた。食事は自分でどうにかしないと出てこない。でも、料理ってどうやってするの?野菜ってどうやって切るの?YouTubeで切り方を検索して、真似して切った。
そもそも、お米をとぐのも面倒に感じる。だって、お米をとぐには、炊飯器を準備しないといけない。(部屋が狭いので、普段はしまっている)そのあと、お米を測って、洗わないといけない。やっとスイッチを入れて、お米が炊けても、その後は片付けをしないといけない。
めんどくさ。
面倒くさいということ。どうやってすればいいかわからないこと。
これが、私を”ちゃんと料理する大人”から遠ざけてしまったことだ。
自炊。一人暮らしをしている、というと、かなりの確率で、「自炊してますか?」と聞かれる。
してますよ。できる時には。
ああ、でも簡単なやつしか作れません。
”ちゃんと”すること。ちゃんと家事をすること。ちゃんと料理をすること。
ちゃんとしてないと、どういうことになるのか。一人暮らしをする大人として、失格なのだろうか。
少なくとも、私の家にきた二人の友人、その友人から話を聞いて、おたまを私にプレゼントしてくれた友人。彼女たちにしてみたら、わたしはさぞ、ひとり暮らしをする大人としての素質に欠けているのだろう。
なんで。なんでちゃんとしないといけないの。ちゃんとするって、何なの。
料理でもなんでも、”ちゃんと”という価値観は、様々なはずだ。
”ちゃんと”できないこと。
”ちゃんと”できない人もいる。
あなたの”ちゃんと”は、わたしの”ちゃんと”じゃない。
わたしの”ちゃんと”と、だれかの”ちゃんと”も違うんだろう。
”ちゃんと”できない人、わたしも自分の”ちゃんと”を押し付けないようにしたい。
今日は、ミネストローネを作った。
友人がくれた、おたまを使った。
ちゃんとつかったよ。ちゃんと料理をしたよ。
味は、ちょっと薄いな。
新しいの買います。新しいおたま。