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「警察に行けばいい」とかみな言うが、警察署にはガチャ性がある

「警察に行けばいい」はどこまで現実的か

諸々の出来事から派生して、「何かあったらすぐに警察に行けばいい」という意見をよく見かけるようになった。そういう考え方は、どこまで現実的なんだろう。

この記事では「事件後に被害者は心的トラウマから事件を正当化しようとするから〜」みたいな、心理学的ケアの話はしない。そういうのはちゃんとした本を読んでくれ。

もっとずっとわかりやすく、警察署そのものにまつわる話である。

個人的な経験として、警察署にはガチャ性がある。確実にある。あっちゃいけないことなんだけど、ある。警察署ガチャでハズレを引いたら、事件を事件にしてもらえなくなる。人生のうち、一度でも警察署ガチャでハズレを引いたことのある人は、警察署へ向かう足取りが極端に重たくなることだろう。

以降、僕が個人的に経験した事例について、説明してみようと思う。

九月の事例─3つの警察署に行った

ストーカー被害を受けた

僕は過去、ストーカー被害を受けたことがある。それはかなり酷いストーカー被害で、殺害予告にまで発展していた。その苦痛には耐え難いものがあった。長期間にわたってはっきりと心身のコンディションを崩していた。

ふだん僕は、全国各地での単独ライブをメインとするお笑い芸人である。しかし、一時的に諸々の活動を全て休止せねばならなかった。僕自身の安全、お客さんの安全などを考えると、とてもライブができる状況ではなかったのだ。

その案件を、僕は3つの警察署に相談した。

1つ目の警察署─ハズレ

最初に行った署では、全く取り合ってもらえなかった。「君タレントなんでしょ? 人前に立っているなら、こういうのは覚悟してくださいよ。こういうのがつきものでしょう?」とまで言われた。なんで俺が煽られてるんだろうと思った。

僕はかなり気が強いので、その場で反論した。それでも相手のトーンはあまり変わらなかった。僕はさらに反論した。途中から相手もヒートアップした。僕も負けじと言い返す。結果、取り調べ室でだいぶバトることになった。

終盤には、警察署だというのにフルパワーで「やから破綻してるっていうてるやろ! 実際に被害を受けてるわけやから! それには取り合うべきやろ! 何でそれがわかれへんねん! それでも警察なんか!? システムが悪いんか!? なんや! どれや!」みたいに怒鳴っていた。

相手は「そうね〜、システムが悪いね〜」みたいに「開き直って受け入れてる風に無関心になる」的なムーブをしていた。

なんか、本当に不毛な時間だった。なんというか、マジで話が通じない感じ。例えるならなんだろう、「事務連絡以外の話はこいつにしたくないな、特に大事な話はしたくないなと思わせるような人」に大事なことを喋っている感じである。マジで心が折れそうになった。

その時点で「警察というものを諦めようかな」ともちらついた。けれど、僕はかなり気が強い。どう考えても、もうちょっとなんとかしてくれてもいいに決まってる。警察なんだからなんとかしろ。この警察署は、ハズレだ!

そして僕は「警察署をハシゴしよう!」と決意した。

2つ目の警察署─アタリ?→ハズレ

2つ目の署では、優男風の警察官に対応された。明らかに最初の警察署とは対応が違った。家族や友達かのような親身っぷりである。やっぱりじゃないか。全然対応が違うじゃないか。この時点で僕は警察署のガチャ性を認識した。2つ目の署は、どうやらアタリだ。

とはいえ、話しているうち「ん?」と思い始めた。相手の言う「許せないよね」「殺されるんじゃないかと思ったら、ライブはできないんだもんね」「不安だよね」「相手は何を考えてるんだろうね?」などの言葉が、なんかずっと「家族や友達」みたいなトーンなのだ。

そうしてやり取りは終わった。ただひたすらに「親身に心配してもらえた」という感じで、具体的なムーブにはまるで至らなかった。純粋な「相談」として処理された感じだった。

なんか、警察に行った感じがしない。職業上の専門性を使ってもらっていない。「だったら友達に相談するけどな」と思った。署を出るときに「たまには温かい飲み物でも飲んでほっとしなよ」と言われたのも、ちょっと友達すぎる。

僕は思った。雰囲気に騙されてはいけない。たぶんこれは、アタリに見せかけたハズレだ!

繰り返すが僕はかなり気が強い。めっちゃ困ってることを警察に相談してるんだから、もっとちゃんと対応してくれていいに決まっている。警察なんだからなんとかしろ。意を決して、もう1つ行ってみることにした。警察署のハシゴ、3つ目である。

3つ目の警察署─アタリ

3つ目の署では、明らかに本気度が違った。案件を伝えた時点で、警察官がゾロゾロ4〜5人集まってきた。みんな少しずつ服装や持ち歩いている道具が違う。管轄が違うみたいだった。「自分は〇〇が専門です」「自分は〇〇の者で」「〇〇に関する対応は私がします」と、役割分担を伝えてくれた。さながらアベンジャーズである。めっちゃかっこいい。

そして捜査が始まった。そこからは何もかもが速かった。あれよあれよと相手の住所氏名を特定し、あれよあれよと相手居住地の警察と連携し、僕には「こういう手段とこういう手段とこういう手段がありますが、どれを望みますか?」とオプションが与えられた。あれよあれよと事態が収束していく。

そして「ライブを再開するのであれば〇〇月以降、場所は〇〇と〇〇で行って下さい。相手方の様子を見つつ、必要に応じて付近のパトロールもします。その際に〇〇があればよりよく〜」などと活動再開のケアまで。

活動が安定軌道に戻った後にも、しばらく署からは安全確認の定期連絡が来た。「今後何かあった場合、継続的に窓口を担当する〇〇です」と貰った名刺には、今も繋がる心強い連絡先が記されている。

これぞまさに「警察としての親身さ」である。マジでめっちゃありがたい。なんだよ、警察ってこんな有能なのかよ。アタリが思ったよりもアタリで、僕はマジで驚いた。こんなに出来る人たちだったんだ。「あったかいもの飲みなよ」とか、本当になんだったんだ…。

警察署のガチャ性

あまりにも大きな対応のムラ

同じ案件が、こんなに違う対応を引き出すなんて。あっちゃいけないことなんだろうけど、警察にはこんなにもガチャ性がある。

1〜2つ目の警察署で相談を諦めていたならば、僕が受けていたストーカー被害はきっと終わらなかったことだろう。3つ目の警察署が取ったような対応は、きっと1〜2つ目の警察署でもできたことなのに。1〜2の警察署にもアベンジャーズはいたはずなのに。アタリは3つ目だけだったのだ。

「被害を受けても警察に行かない人がいること」の背景には、こんなふうな警察の対応のムラもあるように思う。僕の案件の場合、1つ目の警察署で心が折れる人や、2つ目の警察署の友達的優しさに満足してしまう人も結構多いんじゃないかと思う。僕はたまたま気が強いから、3つ目に辿り着いたのだ。

もちろん、1つ目の警察署から機能すべきに決まっている。「警察署のハシゴ」なんて振る舞い、みんながすることではない。みんなに求められるべきものでもない。そもそも警察署を2個も3個もハシゴできる奴がこの世にどれだけいるんだ。僕も体調によってはしてないぞ。

いや、説明の問題かもしれない?

いや、それともどうなんだろう。これは警察署側のガチャ性の問題なんだろうか。もしかしたら単に、僕が「何回も署をはしごした」ことによって、警察に出来事を伝えるのが上手くなっていただけの可能性もありそうだ。

僕の場合、1つ目の警察署で大揉めした原因となった会話の導線を潰し、2つ目の警察署で友達への相談みたいになってしまった雰囲気のゆるさを修正し、「取り合ってもらえそうな相談の仕方」を心得たうえでの3つ目の警察署だった。

すると、僕の相談の仕方も、相当ブラッシュアップされていたはずだ。順番が違えば、そっくりそのまま対応が入れ替わっていた可能性はある。

でもそんなふうに説明をブラッシュアップできたことも、どっちみち僕がたまたまかなり気が強いからだ。取り合ってもらえるまで何件でもハシゴする執念深さがあったからだ。途中で心が折れてしまう人はいくらでもいるだろうと思う。

教訓として得られるもの

まとめとして、この話から得られる教訓を書いておく。

1つ目に、「警察に行けばいい」という言葉は、警察側のガチャ性があるがゆえになんとも言い切れない部分があること。

2つ目に、警察署をハシゴすると対応が変わることがあること。もし相談している案件についてまともに取り合ってもらえていない場合、「別の警察署に行ってみる」というのは案外アリなのだと思う。自分の説明が上手になり、より正確に出来事を伝えられるというメリットもある。


エッセイ『走る道化、浮かぶ日常』

YouTubeチャンネル「九月劇場」


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