No.1208 「金玉温泉の呪い」 台本と一言
あらすじ
高校生の磐田雄大くんは、自分がPKを外したことの罪悪感から、サッカー部を辞めようとしていた。それを引き留めるために岡島くんが磐田くんのもとへ駆けつけた。しかし、磐田くんは部活を辞める決意を固めていた。岡島くんは磐田くんに「お前なんか金玉温泉だ」と言い放つ。その日から、磐田くんは「自分は金玉温泉だ」と思い、塞ぎ込んでいく。「金玉温泉」がなにかは、誰にもわからないまま。そして15年が流れ───。
登場人物
磐田雄大:高校3年生→アラサー。PKを外したことへの後悔からサッカー部を辞めることを決意する。そればかりか「金玉温泉」にされてしまい、高校まで辞める。責任感が強く、1人で抱え込みやすい性格。サッカーはかなり上手くてチームの主力。人生は上手く行かなかったんだろうなぁ。
岡島:高校3年生→アラサー。サッカー部。部活を辞める雄大を引き止める。たぶんそこそこリーダーシップはあるがズケズケ言っちゃうタイプなんだろうなぁ。社会的にそこそこ成功するんだろうなぁ。営業マンやってそう。ツーブロックの。
ミオさん:高校3年生。サッカー部のマネージャー。周りを見て動いてくれる有能な人なんだろうけど、わからん、実際に同じクラスにいたらちょっと嫌いかもしれん。動けすぎる。将来何してるだろうね。
磐田母:金玉温泉となった息子のことを案じている。「雄大」で返事をしないのに、「金玉温泉」と呼ぶと返事をしてくれることに物凄くビビっている。
コンビニ店長:ナチュラルローソンの店長。ナチュローいいよね。たまに見つけると入っちゃう。このコント唯一の関西出身。
金玉温泉:人を塞ぎ込ませ、何ひとつできなくさせる呪いの言葉。それでいてあったかいから、一度浸かったら出ることができない。太宰治の「トカトントン」の亜種かも。
動画
台本
形式:一人コント
配役:一人でいっぱいスイッチしていく
岡島
● サッカー部を辞めたい雄大と話している。
おい、雄大。お前さ、サッカー部辞めるってマジ?
…なんでだよ。お前がいないと、俺たちのチーム、勝っていけないの正直わかるだろ。他のみんな見捨てるのかよ。
…受験のためじゃねえよ! うるせえよバカ。一緒にサッカーしようぜ。最後の大会だけでも出てくれよ。
…無理じゃねえよ、なんでだよ。本当は受験以外に理由あるんだろ?
…こないだの試合のか? 誰も気にしてねえよ。お前がPK外したからって、誰も何も思ってねえよ。どっちみちお前は俺らの主力なんだからさ。やめるとか言うなよ。
…お前マジでやめるのか。PK一回外しただけで、やめちまうのか。見損なったよ。お前なんか、金玉温泉だ。
母親
● 学校を辞めたい雄大と話している。
雄大、ねえ、お母さんにわかるように言って。お母さんわかんないの、その、学校辞めたいってのも。辞めたい理由のその、「俺は金玉温泉だから」っていうのも。
何があったの? なんで話してくんないのさ。
雄大、雄大、なんでお母さんの言う聞いてくんないの? 雄大、ねえ、雄大! せめてこっち見て。雄大!? 雄大!?
(悩んで)…金玉温泉?
(急に目が合う)…こっち見た!! なんで!? なんで!? なんで学校やめるの? で、なんで急に金玉温泉になったの!? お母さんにわかるように教えて?
…なんで何も言わなくなるのさ。
マネージャー
● サッカー部の岡島と話している。
ねえ、あんたさ、雄大に言い過ぎたんじゃないの? だって、雄大がサッカー部辞めるのはまだしも、学校まで辞めるなんて、あたし聞いてなかったし。絶対そうだよ。
あんたなんか言ったんでしょ。正直に言って。雄大になんて言ったの?
(怒った顔からキョトン顔になる)
…ん? 金玉…温泉? ん? ちょっと私、雄大に会ってみるね。
金玉温泉
● 家までマネージャーが訪ねて来ている。
今更なんですか? 俺、サッカー部辞めたし、学校も辞めたし。みおちゃんはもう関係ないから。帰って。
え? 金玉温泉って何って…。俺も分かってないよ。分かってないけど、言われたんだ。お前なんか金玉温泉だって。
その日から、頭の中で鳴り響いてるんだ。お前なんて金玉温泉だ、お前なんて金玉温泉だ、お前なんて金玉温泉だって。
意味なんかわかんないのにさ、不思議だよな。だんだん心の奥から、湧き上がってくるんだよ。金玉温泉が。…あったけえんだ。…出れねえんだ。
だから、みおちゃんはもう帰って。部活も受験もがんばって。みんなによろしく。俺はもう金玉温泉だから。
母親
● 雄大のいる部屋のドアを叩く。
雄大! 開けて! 雄大! 開けて! 外出ようよ! 雄大!
(悩んで)…金玉温泉! (扉が開く)うわあ! 開けた! これいっつも怖い! これいっつも怖い! ねえ金玉温泉、高校辞めたのは良いから、何かしようよ。趣味でもさ、なんでもいいんだから。外出ようよ、バイトでもなんでも。お母さんと一緒に探そう。
…雄大おいで? 雄大? (悩んで)…金玉温泉? (目が合う)怖いこれ!
コンビニ店長
● 面接に来た雄大と話している。
磐田雄大くんやね。そしたらもう名札とかも作っちゃおうか。
ん? 磐田雄大やとあかんの? 金玉温泉? 金玉温泉でコンビニいけると思ってんの? お前、ナチュラルローソン舐めんなよ! ナチュラルローソンあんま舐めんなよ! 金玉温泉でええわけないやろ! 帰れやお前。冷やかしか? なんやあいつ。
十五年後
● 街で岡島が磐田雄大を発見する。
岡島:あ、ねえ、磐田くん? 磐田雄大くん? ねえってば。磐田雄大くんだよね? 俺、高校の頃の同じサッカー部だった岡島。覚えてなくてもいいんだけどさ。あの、ずっと謝りたくて。もう、十年以上前のことだけど、磐田くんがサッカー部辞める時に、俺、ひどいこと言っちゃった。そのことを謝りたくて。ごめんね。あの日、磐田くんにひどいこと言って。
磐田:なんて言ったか覚えてる?
● 岡島、首を横に振る。
磐田:本当にひどいこと言ったんだよ。忘れちゃったの?
● 岡島、申し訳無さそうに首を縦に振る。
岡島:…ごめん。
磐田:金玉温泉、って。
岡島:…俺、俺、磐田くんにその…金玉温泉? 金玉温泉? って言ったの? 金玉温泉?
磐田:そうだよ。その日から俺、金玉温泉として生きてるんだ。金玉温泉って言われたから。
岡島:磐田くん、君は金玉温泉じゃないよ。
磐田:え?
岡島:うん。君は、金玉温泉じゃない。
磐田:俺は、金玉温泉じゃない!
岡島:うん。金玉温泉じゃないから。
磐田:ありがとう。もう一度頑張ってみるよ。今からじゃ遅いかもしれないけれど、俺頑張るから。
岡島:あ、うん。
磐田:ありがとう! ありがとう! 岡島くん、いや、金玉温泉!!!
岡島:…俺って金玉温泉なの?(余裕で呪われる)
ひとこと
・初出は2022年頃。「なんか俺、人から言われたことに囚われがちだなぁ〜」と思った日があって、「金玉温泉と言われたら自分は金玉温泉だと信じ込んじゃう奴」とスマホにメモった。
・その時点で「金玉温泉」という単語も思いついていた。由来は岩手県二戸市にある「金田一温泉」で、「温泉の名前に金があったら金玉を連想しすぎるなぁ」と子どもの頃に思っていたこと。
・その頃よくやっていた「48時間コントし続けるライブ」の深夜帯、ある程度僕もお客さんもふつうのコントに慣れてきて、軽い味変が欲しい時間帯に、台本も何もなく即興でやった。
・数年前のYouTubeに、そのときのテイクが投稿されている。雑で大味だけどまあたまにあると楽しいネタ、みたいな自己評価だった。
・でも思いのほか好きと言ってくれる人も現れた。「人からの見られ方」がテーマであるため、Xで配信している質問回答コンテンツ「九月の読むラジオ」でも頻出するコントになっていった。
・そうなると、動画で残ってるテイクが深夜帯で声出てへん&即興でめっちゃ雑なのもアレやし、一回ちゃんと作り直してみようかな、と思った。
・しかし、核となるワードが「金玉温泉」であることもあって、なかなか気が進まなかった。こんなもん作り直しても何にもならんやろ、と思った。一応、一時期「金玉温泉」のところを全部「ゴブリン銀行」にしてやっていた時期がある。金玉温泉よりはマシかなと思って。
・でも「ゴブリン銀行」だとしっくり来なかったので、腹をくくって「金玉温泉」のまま作り直した。
・動画テイクはYouTubeでの見やすさを考慮して部分的にカットした。動画版は8分くらいだが、実際のライブでは15分やった。登場人物がもうちょっと多く、「友達の親」「先生」「九月本人」なども登場。本編の後ろにも展開があって、最終的に九月本人が「金玉温泉」になることが示唆されるなど、より混沌としていた。
・「読むラジオで紹介するテイクが撮りたかった」というのが本音なので、たぶんライブでは当分やらないと思う。