ミトラ教の歴史(主にミトラの密儀について)
・概要
ミトラとは、イラン高原で誕生したゾロアスターの古い教典であるガーサ、ミタンニ文書、インドの書物リグ・ヴェーダ、古代ローマで出現した神です。
古代ローマで現れたミトラの密儀は、ミトラ信仰、ミトラス教、ミトラ教など呼称は様々ですが、指しているものは同一です。
メソポタミアにおいては、太陽神シャマシュと同一視されており、ギリシャでは太陽神アポロン、ヘリオスと同一視されています。
後に、ローマへ到達した後、太陽神、ソル・インウィクトゥスと同一視されるようになりました。
(ただし、この太陽神ソル・インウィクトゥスに関してはまだ学会で議論が行われています)
・最古の遺物
インド・アーリア人のミトラの現存する最古の記録は、ミタンニ文書(紀元前1400年)です。契約の神としてヴァルナ、インドラ、ナーサティヤと一緒に名前が出てきます。
文書の中にある名前の記述は、mi-it-ra とないます。
・インド側のミトラ(Mitra)
インドでのミトラは、ミスラとよばれており、ヴァルナと一対の神として描かれています。ミスラは後のヴェーダのテキストで、太陽神のグループであるアディティヤ神群の中に属しています。ヴェーダの中のミスラは、誠実さ、友情、契約、集会の守護神です。
リグ・ヴェーダでは、ヴァルナとセットにした讃歌がいくつか作られていますが、ミスラ単身へ作成された讃歌は一編のみです。
西側と比較すると、ミスラ信仰は発展しませんでした。
・イラン高原のミスラ(Mithra)
人気のある主神として、発展した西側のミスラについては、ゾロアスター教の研究者である青木さんの著作(1)によると、「イラン高原のアーリア人の間でつねに一般的な礼拝の対象であったものの、特定の教義をそなえた独立宗教の主神としての体裁をそなえていなかった。神格そのものが内包する性格づけによって、太陽神、正義の神、裁きの神として、時と場合に応じて拝まれていただけのようである。紀元前三世紀以降、アナトリア半島においては、主神として崇拝される」と意見を述べています。
初期のゾロアスター教では、優遇されなかった神ですが、後にゾロアスターの主神であるアフラ・マズダーと同格にまでになりました。
・古代ローマのミトラ(Mithras)
ミトラの密儀については、「西方系資料によると、主神ミトラは、一二月二五日に岩から雷鳴の形で誕生した太陽神である。彼は、牧場で雄牛を捕らえ、これを洞窟に連れこんで屠ることによって、全世界に活力を与えて再生産を図っている。この密儀の終了後、ミトラ神は太陽の馬車に乗って、天空または大洋に去ってゆく。この、本質的には牛の犠牲獣祭である行為は、ミトラ教団の中で厳しいイニシエーションを経た人間だけが参画して、ミネラ神に倣って再現できるとされる。信者はこの密儀に参加することで救済を期待でき、この教義によってミトラ教は一個の完結した救済宗教として成立したとされる」(1)
上記のミトラの密儀に関して、かつてキュモンが打ち立てた仮説は有名です。
・キュモンの仮説
ローマの宗教は「ローマ版ゾロアスター教」(3)であり、東から広まったペルシャの宗教であった。また、キュモンは、ペルシャ文学に登場する古代アーリアの神ミスラと、ヒンドゥー教の啓典であるリグ・ヴェーダに登場する神ミトラを同一のものと同定した。(4)
キュモンによれば、ミスラは「ゾロアスター教のパンテオンの大規模な描写を伴って」ローマにやって来た。キュモンは、伝承は「西洋でいくらかの修正を受けたが、それが受けた変更はおおむね表面的なものだった」(2) と考えていました。
簡潔にまとめると、キュモンの仮説は、ペルシャのミスラとミトラの密儀が同一の宗教である、というものです。
・近代の学説
キュモンの仮説は、1971年に開催された第1回国際ミスライック研究会議で検討され、大部分が却下されました。
John Hinnellsはイラン起源の考えを完全に拒否することを望まなかったが、次のように書いている。「イランの資料からの支持を受けておらず、現存するテキストに示されているその伝統の考えと実際に矛盾しています。とりわけ、それは実際のローマの図像と一致しない理論的再構成です」(5)
Richard L. Gordonによる別の論文は、キュモンがゾロアスター教の起源の彼の所定のモデルに材料を強制的に適合させることによって、入手可能な証拠をひどく歪めたと主張した。Gordonは、ペルシャ起源の理論は完全に無効であり、西側のミトラ教の密儀はまったく新しい創造物であると示唆した。(6)
Lewis M. Hopfeは、さらに西にあるのとは対照的に、シリアにはミトレーアムが3つしかないことを指摘しています。彼は次のように書いています。「考古学は、ローマのミトラ教がローマに中心地を持っていたことを示しています...ミトラ教として知られる完全に発達した宗教はローマで始まり、兵士や商人によってシリアに運ばれたようです」(7)
Hopfeが指摘するように、発見されているミトラ教館連の遺跡、遺物のほとんどは現在のイタリアで発見されています。
・2-3世紀
Richard L. Gordonによると「帝国における謎の最初の重要な拡大は、アントニヌス・ピウス(138-161年)の治世の後半と、マルクス・アウレリウス・アントニヌス(161-169年)の治世下で非常に迅速に起こったようです。 この時までに、ミトラの密儀のすべての重要な要素が整っていました」(8)
Beck, R. もGordonと同じように、「ミトラ教はニ世紀から三世紀にかけて人気の絶頂に到達し、ソル・インウィクトゥスが国教の一部となったのと同じ時期に「驚くべき」速度で広がりました」(3)と述べています。
・それ以降のミトラ
いつまでにミトラ教が衰退したのかは、まだ分かっていません。ただ、四世紀に作られた碑文はなく、これ以降から衰退したのだ、と考えられています。
そして五世紀まで存続した、という考古学的証拠はありません。
それは、崇拝者によって預けられた多数の投票に使用するこいんがミトレーアム(洞窟の集会場)で発見されており、そのコインに刻まれている皇帝の名前から、いつまでミトレーアムが使用されているのか判明するからです。
確認されたコインは、ガリアヌス(253-268)からテオドシウス1世(379-395)まで続き、Gallia BelgicaのPons Sarravi(サルブール)のミトレーアムで発見されています。
また、イシスは中世でも異教の神として記憶されていましたが、ミトラ教は古代末期にすでに忘れられていました。(9)
・近代
近代に入ると、歴史的イエスは実在しない、という説(イエス神話)が提唱されました。現在ではイエス神話は否定されているものの、再び同じ説を提唱している人たちがいます。
その中の一人は、イエスは当時あった神話から創作されたもの、としてミトラとイエスの類似点を書き出しています。そして、この内容はネット上で拡散しています。
この類似点について書くと長くなりますので、別記事の「ミトラ教とキリスト教-捏造されるミトラ教-」で、書き出された両者の類似点と類似点に対する研究者の意見を書いていきます。
・最後に
ミトラ教の歴史(主にミトラの密儀)のことを書こうと思ったのは、日本にあるミトラ教の情報が古いからです。
日本内で知ることのできるミトラ教についての多くはキュモンの仮説止まりで、それ以降の研究に関する書籍は、日本語訳で発刊されることなく、英語圏で探さないといけないのが現状だからです。
初めての投稿で、不慣れな部分もある
ります。読みにくい部分は多めに見てください。
日本語で読める書籍
(1)新・ゾロアスター教。著者:青木
(2) ミトラの密儀。著者: Franz Cumont
英語の書籍
(3) Beck, R. (1987). "Merkelbach’s Mithras"
(4) Hopfe, Lewis M.; Richardson, Henry Neil. "Archaeological indications on the origins of Roman Mithraism"
(5) John R. Hinnells, "Reflections on the bull-slaying scene" in Mithraic Studies, vol. 2
(6) R.L.Gordon, "Franz Cumont and the doctrines of Mithraism" in John R. Hinnells, Mithraic Studies, vol. 1
(7) Lewis M. Hopfe, "Archaeological indications on the origins of Roman Mithraism", in Lewis M. Hopfe (ed). Uncovering ancient stones: essays in memory of H. Neil Richardson, Eisenbrauns (1994)
(8)Richard L. Gordon, The date and significance of CIMRM 593 (British Museum, Townley Collection), Journal of Mithraic Studies vol. 2
(9) Clauss, M., “The Roman cult of Mithras”
トップの写真 By Marchal. 2011.
https://www.flickr.com/photos/marchal/6935971611/
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