冬のまつりは花火が似合う3
寒さが日ごとに厳しくなり、私はウールのコートをクローゼットから取り出した。Aラインのシンプルなコート。私はこの余計な物を全て削ぎ落したようなデザインを気にいり、長く愛用している。
人間関係だってそうだ。
ある程度の事は経験してきた。自分の気持ちをかき乱す余計な波風は要らない。私はドライな人間だ。
金曜日の昼。仕事中に夫からLINEが入る。
「音楽好きの友人がやっているバーで、ミニライブがあるから行かない?」短く「OK」と答えた。
仕事をサッと済ませて待ち合わせの丸の内の店まで急ぐ。50人も入れば満員の店は、人で溢れ返っていた。
奥の小さなステージに、ミニピアノ。
そこにフワフワの黒髪のあの子が座っていた。
オールブラックの衣装に身を包み、少し緊張した面持ちで楽譜を見つめている。
「慣れてないので…ちょっと緊張してます…」
はにかむように微笑むと、エクボがのぞいた。
すぐに分かる。誰にでも愛されるタイプ。そんなつもりはないのに、皆を夢中にさせる。女をその気にさせるだけさせて「ごめん」って抱き寄せる。
夫に悟られないようにジントニックを流し込み、さりげなくステージに目を向けた。
「じゃあ…この曲を…
『That’s What I Like 』Bruno mars」
Lucky for you, that's what I like, that's what I like
君は相当ラッキーだったね、俺がこういう人間で
Sex by the fire at night
暖炉の温もりのそばで愛し合って
Silk sheets and diamonds all white
肌触りの良いシーツとダイヤモンド、2人を包むのは真っ白な世界
張りのある声で、艶っぽく歌う姿に心奪われる。
長い指が白い鍵盤の上を縦横無尽に動く。
自信たっぷりに恋の歌を歌いあげる首筋に、私はゾクゾクしていた。
ライブが終わり、店はまた普段通りに戻る。
店のオーナーは、私と夫の大学時代からの友人だ。
ピアノの側に来るように軽く手招きされた。
「最近、上京してきたんだ。彼、凄くイイ声で歌うでしょう?」オーナーは宝物を見つけたみたいに興奮していた。
私と夫は「はじめまして」と挨拶する。
気づきませんように…
私の事など忘れていてほしい。
「あ!あの時の?こんばんは」
彼は私を見ると一目で分かったようだった。
ああ。見つかった。
私はこっそりと影から君を見ていたかったのに。
君が弾くピアノの指を見て、私の体を触っているところを想像したかったのに。
仕方なく「久しぶり」と微笑んだ私はドライな女を装った。
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