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オウンドメディア新時代。キリンの平山さんに聞く「長く愛されるメディアづくり」

数年ごとに注目される、「オウンドメディア」という企業の取り組み。どのようなメディアを作り、そして継続していくのか、試行錯誤されてきました。そして最近、新しい役割を持ったオウンドメディアが登場し始めています。今回は『オウンドメディア進化論』(宣伝会議 刊)を上梓した、キリンホールディングス株式会社の平山高敏ひらやまたかとしさんをお招きし、オウンドメディアの潮流の変化や、変わりゆく時代の中でオウンドメディアを継続するコツについて伺いました。

ここ数年のオウンドメディアの潮流。
なぜ継続が難しかったのか?

平山 まずオウンドメディアとはなにかを端的に言うと、企業がコントロールできる発信物です。企業サイトや商品カタログ、そしてソーシャルメディアもオウンドメディア。もちろん、我々が運営するKIRIN公式noteもそうです。

キリンホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部 平山 高敏さん

平山 オウンドメディアの活用方法としては主に二方向あって、一つ目はマーケティング的活用。新規顧客の獲得や、既存顧客のファンコミュニティの場所として利用されます。二つ目はコーポレートコミュニケーション的活用です。企業の信頼を作ったり、よいイメージを獲得したりするための運用です。コーポレートブランディングと言い換えてもいいかもしれません。

徳力 なるほど、たしかにこの二つの活用法に集約できそうですね。

平山 ウェブ上でオウンドメディアが流行したのは、おもに一つ目の理由からでした。SEOで検索順位を上げてひたすら集客すれば、通常の広告よりも安価で効率よく新規顧客を獲得できるのではないか、という期待があったんです。

徳力 でも、そんな簡単にいかなかったんですよね。

平山 コンスタントにコンテンツを発信し、メディアにファンを作っていくことが、実はめちゃくちゃ大変だったということを、みんなが気づくんです。費用対効果がよくないということで、撤退する企業が増えました。そんな中で、二つ目のコーポレートコミュニケーション的活用をする企業が目立つようになってきたんです。

トヨタとユニクロが打ち出した、コーポレートブランディングとしてのオウンドメディア

『トヨタイズム』が社内外に発信した質実剛健なメッセージ

平山 2019年から始動したトヨタ自動車のオウンドメディア『トヨタイムズ』の登場は、エポックメイキングな出来事でした。テレビCMの影響もあって、エンタメ色の強いメディアだと感じる人も少なくないと思うのですが、実はそれだけではないんです。

『トヨタイムズ』で発信された最初の記事から、「トヨタに関わる全ての方に、トヨタのインターナル(内側)をお見せするメディアです」って、すごく質実剛健なメッセージを書いているんですね。それに続けて、「トップは何を考え、何をしようとしているのか。(略)さらけ出していかなければ、一緒に闘う仲間と一枚岩にはなれない」と書いている。つまり、社内に対するメッセージにもなっているんです。『トヨタイムズ』からインターナルを発信することが、従業員にも波及していく。これが目的ですと最初から言い切るところに、潔ささえ感じます。

ユニクロが作ったカルチャー誌のようなオウンドメディア

平山 もう一つ衝撃を受けたのが、ユニクロのオウンドメディアである『LifeWear magazine』です。雑誌『POPEYE』の元編集長だった方がジョインされて、まるでカルチャー誌のようなつくりでした。

創刊号からの引用ですが、「あらゆる人の暮らしを、より豊かにすることを目指す、普通の服」が、「どんな考えのもとで作られているのか、その部分を皆さんに伝えたい」と、最初にインナー(ユニクロ側)の思いが書かれています。ほかにも、小説家・村上春樹さんがインタビューで服について語っていたり、ユニクロで使用される生地についてのレポートだったり、そういった読み物を通してユニクロが考えていることを伝えていくメディアになっています。

トヨタ自動車の『トヨタイズム』とユニクロの『LifeWear magazine』、この二つが2019年に登場したことが、オウンドメディアの潮目が変わったタイミングなのかなと思います。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉に象徴されるように、2010年代の後半は、企業にとっていかに社会課題と向き合うかが注目された時期でした。その取り組みをどうやって発信していくかを考える中で、コーポレートコミュニケーション的活用をしたオウンドメディアが登場し始めたのではないかと思います。

企業の発信したい情報が変わり始めた

平山 このように社会課題に向き合った新しいオウンドメディアが、2019年以降から生まれ始めました。それを四象限に分けた図がこちらです。

企業がオウンドメディアをどう活用したかを表した四象限

平山 これまでのオウンドメディアが図の右側です。「これを買ってください」「このキャンペーンをしています」という企業/商品起点の発信を、SNSや企業のホームページなどで行っていました。そして、新しい潮流になっているのが左側。2019年以降から商品の宣伝ではなく、社会課題や企業の内面を起点にした情報発信を、オウンドメディアによって行うようになりました。キリンがnoteで行っているのも左側です。そういった主語が社会や個人に変わった情報発信がnoteで行われることが増えているので、左上にnoteと書かせていただきました。

徳力 とてもありがたいです(笑)。企業の情報発信はプロモーションである、というのが当たり前だった時代から、すごく変わってきた印象がありますね。

平山 企業として、プロモーション以外にも伝えるべきことがたくさんあったと、気づき始めた時期なのかもしれません。

オウンドメディアの理想的な姿とはなにか?

オウンドメディアの理想的な姿

平山 社内・社会両方に求められている状態が、僕の理想とするオウンドメディアの姿です。「社会」は「読者」と言い換えることができます。メディアである以上、読者の関心をひくコンテンツを作って、共感してもらう必要があります。

同じくらい大事なのが、社内との関係です。リリースや広告だけでは伝えきれない商品に対する想いも、オウンドメディアで伝えることができる。それを社内の人たちが読んでくれたら、その想いが浸透していくかもしれない。

徳力 ここが面白いですよね。インナーブランディング(自社の企業理念やブランド価値を社員に伝えて浸透させる活動)もオウンドメディアの役割なんですね。

平山 そうなんです。だから、ちゃんと社内に目を向けてどんなネタがあるのか、それがどのように社会と結びつくのかを考える必要があります。

「早見表」を使ってメディアの枠組みを作る

平山 オウンドメディアを始める前に僕が勧めているのは、「早見表」を作りましょう、ということです。

メディア早見表

平山 チェック項目は、おもに八つあります。①機能、社内における役割を明確にする。②ビジョン、読者に何を得てほしいのか。③読者、つまりターゲットです。④戦略の核、どんなコンテンツを載せるのか? ⑤活用シーン、社内からどういう要望がありそうか。⑥具体的なコンテンツの内容。⑦評価、どういう軸で評価を決めるのか。⑧NGライン、やらないことですね。ここは大事で、キリンもnoteではプロモーションはやらないとはっきり決めています。

この早見表とは別に、メディアの世界観=目指す姿を考える必要があります。企業とオウンドメディアは完全に一体ではないので、メディアの編集長として方針を決めなければいけません。

企業、読者、メディアの位置付けを表す三つの輪

平山 企業がなにを伝えたいのか、読者の関心はどこにあるのか、そしてメディアの世界観という、三つの輪が交わるところをどう見つけていくかが、メディアをつづけていくコツなんだと思います。世界観というと難しく感じるかもしれませんが、先ほど話したトヨタやユニクロの所信表明が、まさしく世界観を表していると思います。

取材対象者が自慢したくなるようなコンテンツを作る

徳力 どうすれば読まれるコンテンツをつくれるのでしょうか?

平山 まずは、「誰になんと言ってコンテンツをシェアしてほしいか」を考えるのがいいと思います。例えば、取材対象者が、取材されたことを家族や友人に自慢したくなるとか、「僕の開発した商品のことはこれを読めばわかります」と、シェアしたくなるとか。オウンドメディアはインナーにも向いたメディアなので、これが大事な視点になると思います。

徳力 普通のメディアにも応用できる考え方かもしれませんね。

平山 強くシェアしたいと思わせることができたら、それは共感を呼びやすくなります。熱を持って紹介した人の意見はとても広がりやすいからです。それが熱源のように同心円状に広がっていき、コミュニティ的なメディア展開がしやすくなるわけです。

企業のメッセージはどのようにユーザーに届くのか?

平山 それと僕は、コンテンツを「課題曲」と「自由曲」に役割を分けるようにしています。課題曲は主に社内から依頼された記事です。自由曲は、自分たちで企画した記事。面白さや数字は自由曲のコンテンツで求めていくわけです。社内用の堅い記事だけを作っても、数字を追った記事だけ作っても、息苦しく感じそうですよね。この二つが混ざることで、比較的健全に続けられるのではないかなと思います。

オウンドメディアが生み出す副次的な役割

平山 最近オウンドメディアでは、インナーブランディングとしての役割も少しずつ表れるようになってきました。ビジョンの浸透やカルチャーの再発見、営業支援やモチベーション装置まで、役割は多岐に渡ります。

例えばグループ会社の取材記事を公開したとき、社長が従業員に「取材記事が出るから読んでください」って言ってくださったそうなんですね。それによって会社のビジョンが社内に浸透したり、従業員のモチベーションになったり、そういう効果に繋がっていくことがあるんです。

徳力 面白いですねえ。

平山 あとは採用としての役割ですね。就活生が「#わたしとキリン」を読んで、この会社で働きたいと採用試験を受けにきてくれたんです。採用についてはこういった効果が出はじめていて、人事担当と打合せすることも増えました。オウンドメディアって究極的には「ファン」を作ることが目標なんですが、それって数値化しづらいし、正直苦労しているところでもあります。でも「働きたい」と思ってもらえるなんて、「ファン」の最上級だと思うんですね。そこは嬉しいです。

左・モデレーター:徳力基彦さん

効果測定や評価をどのように考えているのか?

平山 大事なのは、すべてのコンテンツが多くの人に刺さるわけではないので、一過性の数字で判断しないってことですね。一過性の数字は広告でやることだと思います。じゃあなにを軸に評価するのかですが、僕はヨコとタテの面積で考えるといいと思っています。

コンテンツはヨコ・タテの面積で考える

平山 ヨコの面積は「マルチユース」、この記事は営業で使えますよ、採用に使えますよとか、コンテンツを横展開できるかという指標。タテは時系列でみた「資産性」で、この商品について知りたかったらこの記事を読んでください、と後になっても使えるコンテンツかという指標です。この記事は伸びなかったけど、タテかけるヨコの面積で考えたらありなんじゃないか、という判断をするわけです。

もちろん数字的な評価も大事です。例えばキリンビールの公式Twitterはフォロワーが152万人以上いるんですが(2023年3月時点)、そこで1本の宣伝を投稿するよりも、noteの記事からいろいろな人がシェアしてくれたほうが、リーチ(ユーザーへの到達率)が大きくなったりするんですね。そこはちゃんと見ています。

オウンドメディアを始めるために大切なこと

平山 まず自分で書いてみる、ということが大事な気がします。自分で書いたものって、他人にどう読まれているか反応を見にいくじゃないですか。その意識をまず持ってほしい。

もしすでに文章を書いている方であれば、ほかの書き手がなにを書いているのかを読んでみる。そして、なぜこれが人々に読まれているのかを、自分で仮説を立てて言語化する。この、言語化するという癖をつけるだけで、オウンドメディアを運営する感覚は養われると思います。

徳力 書いてみる、というのは個人のnoteとかでもいい?

平山 もちろんです。自分で書いて反響を見ないとわからないですよね。だからまず書いてみるのがいいと思います。


イベントのアーカイブ動画は下記からご覧いただけます。

平山さんがこれまでに登壇したイベントのレポートは下記よりご確認いただけます。

登壇者プロフィール

平山 高敏さん
キリンホールディングス株式会社 コーポレートコミュニケーション部

広告会社を経て、2012年より昭文社にて『ことりっぷweb』のプロデューサーとしてコンテンツ企画、SNS戦略、コミュニティ戦略など全般を担う。
2018年キリンホールディングス入社。2019年「キリンビール公式note(現KIRIN公式note)」を立ち上げ、オウンドメディアを軸にした企業コミュニケーションの戦略を担う。
Twitter / note 

モデレーター
徳力 基彦
noteプロデューサー/ブロガー

ビジネスパーソンや企業の、ブログやソーシャルメディア活用の可能性を日々試行錯誤してます。

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text by 大熊信


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