いくら描いてもボツ。葛藤、休職の末に……あるデザイナーが「やりたい仕事」にたどり着くまで
自分がやっている仕事は、一体なんのためのものなんだろう。
20代の頃、ずっとこう思っていた。
業務に追われ、努力をしても空回り。ただただ虚しくなる毎日だった。
多くの会社で企画される、商品の競合デザイン案件。
実績が欲しくて、何度もコンペティションに応募した。
だが、サイトで結果を確認しても、いつも自分の名前はない。
やがて、入賞者のデザインをみて、素直にこう思うようになっていった。
「こんなデザインができるなんて……すごいな」
いつしか悔しさすらも感じなくなっていた。
純粋に「描くこと」を楽しんでいた毎日
ジマタロさん、今年で42歳。
医療・金融など、さまざまな分野で活躍するデザインストラテジストだ。
高校生の頃からデザイナーを志し、現在はデジタルサービスのデザイン設計などを行っている。
会社員として働く傍ら、ものを書いてきた。
2019年からはnoteで、読書の記録を執筆している。その内容は2021年9月、『ビジネスデザインのための行動経済学ノート』として書籍化もされた。
デザイナーという仕事を選んだきっかけ。
それは、幼い頃から絵を描くことが大好きだったことだ。高校はデザインの専門学校に、大学は美大に通った。
描くことを仕事にしたい。だから、デザイナーとしての実力をきちんとつけよう。そう考えた。
座学や制作実習の授業を受けるだけではない。デッサンやスケッチの自主練を、日課としてこなした。
1日1モチーフを毎日欠かさず描く。
5枚目、10枚目と数を重ねるうちに、実感が生まれた。
「昨日よりも上手くかけてる」
少しずつ自分が成長している。
手応えがあった。純粋に楽しかった。
自分の気持ちにフタをし続けていたら…
大学卒業後は、デザイン事務所に就職した。
今でいう、ブラック企業だった。
おびただしいほどの業務量。どんどん増えていく残業時間。それでも実績が欲しくて、仕事に奔走した。
寝る間も惜しんでデザイン案を考える。終電を逃してオフィスにこもることもあった。
提案はなかなか通らない。それでもめげずに、ただただがむしゃらに目の前の仕事に向き合った。
こなした案件の量だけを見れば、充実していると言えたかもしれない。
だが、なぜか心が満たされない。
まだやりたりないのかもしれない。休日もコンペ用のデザインを考え続けた。だが、結果として、つくったものは中途半端なものも多かった。
こんなデザインなら出さない方がマシだったんじゃないか。
自分の作品と向き合い、ため息をつく。デザイナーになりたいと思って、この仕事についたのに……。
明日からはこの案件を頑張ろう。
日曜の夜は懸命に自らを鼓舞して、無理をしている自分の心にふたをしつづけてきた。
しかし、やがて心も身体も限界を迎えた。
ジマタロさんは、仕事を休むことになった。
活躍したい「土俵」は一体どこか
休職前、もがき続ける中で、ふと大学時代の講義を思い出すことがあった。
それは、環境問題と産業デザインを考える授業だった。
地球に配慮した産業のあり方を学ぶ中で、ジマタロさんはこう考えていた。
見た目を重視したデザインよりも、社会的な意義のあるデザインを考えることの方が大事なことではないか。
今の自分はどうか。
日々生み出される「先鋭的なデザイン」に影響を受け、翻弄され続けている。
これはもともと、自分が大事だと思っていたことではない。
無理してこの土俵で戦う必要はないんじゃないか……。
「自分には結局、仕事の内容が合っていなかったんですよね。一旦仕事を休んで、冷静に考えはじめたら、ふと肩の力抜けたんです。ようやくその時自分のやりたいデザインをしようって思いました。」
ようやく見つけた自分の目指す場所
製品のデザインに関して、一人前にならなくてはいけないと感じていた。
だからこそ、デザイン事務所を退職した後も、ジマタロさんは、医療機器会社で製品デザインに従事した。義務感として、今の仕事を選んでいた。しかし、仕事への考え方は変わった。
無理をしていたときから、読書には力を入れていた。
1年間で100冊読む。デザインの役に立つかもしれないと思い、そんな目標を立ててもいた。
だが、自分の原点である「社会的に意義があるデザインを」に立ち返ったとき、スタンスは変わった。
社会への影響を考えるなら、デザインの勉強だけしていればいいわけではない。デザイン書だけでなく、ビジネス書なども読むようになった。
デザイナーの世界とは、こうにも考え方が違うのか。
自分の視野は狭かったと痛感した。ビジネスの世界はこんなにも面白いものだったんだと。そして、自然に思った。
デザインとビジネス、この2つを繋げることはできないか。
そうすることでこそ、社会的に意味のあるデザインは形にできるのではないか。
自分の目指す場所はこれだと思った。
デザインを説明するためのツール。それは…
ビジネスとデザインを繋げるためにーー。
ジマタロさんは「学問」に頼ろうと思った。
はじめは心理学を頼りにした。だが、うまく結びつかない。
そんなときに、行動経済学という分野の存在を知った。
コンサルタントとして働く同僚とお互いの仕事について話していたときのことだ。
デザインの領域は、なかなか理論をもって説明がしにくい領域だ。
本当はクライアントに「人は理屈ではなく、このように行動する性質がある。そのためこのデザインにしたと」というように提案したいのだが…。
そうこぼしたジマタロさんに、同僚は言った。
「行動経済学の観点からアプローチすると、デザインに普段馴染みのない人にも納得してもらえるんだよ」
架け橋の発見。プロジェクトの始動。
行動経済学がわかると、デザインの合理性を人に伝えることができる。
同僚のその言葉は、ジマタロさんにとって光明だった。急いで書店に向かい、関連書籍を探した。
まず手にとったのは、『不合理だから全てうまくいく』。行動経済学の権威でもあるダン・アリエリーの著作だ。
それから『ファストアンドスロー』『実践行動経済学』。その世界で「メジャー」とされているものを読み進めていった。
行動経済学は、ビジネスよりの学問である。書店でもビジネス書の棚に並べられている。しかし、内容はかなり心理学に近しい。
もちろん一読しただけでは理解しきれていない部分もあった。
だがジマタロさんは大きな確信を得た。
これはビジネスとデザインの架け橋になる、と。
もともとブログに、読んだ本の感想を書き貯めてきていた。
2020年の1年間は、行動経済学をテーマに、読書感想文を発信していこう。本を読み、自分なりに、デザインとビジネスを繋げる、実際の応用方法も考えてみよう。そう心に決めた。
こうしてジマタロさんの、一つのプロジェクトが始まった。
連載「行動経済学とデザイン」だ。
自分の「楽しい」をひたむきに続ければ
「好きではじめたので、連載を続けることにはそこまでプレッシャーはありませんでした」
1年間、毎週月曜日から金曜日にかけて1つのテーマに対し3,4冊を読み、深掘りしつづけた。
土曜日に、感想をnoteにまとめる。もちろん絵もつかって、ひとめで理論の要点がわかるように工夫もした。
日曜日に確認をして、月曜の朝に公開。
たくさんの人の目に留まることはなかったが、知識を深めることが目的だった。気にせず、自分の思うままに続けた。
わかりやすくするために、理論の名前にも、キャッチーなことわざをつけてみよう。目次をつかって、構成をわかりやすく整えてみよう。
授業のノートを友人に見せてあげるような感覚で、試行錯誤を重ねていったあるとき、1つの記事が話題になった。
自分でも、行動経済学の全容が見えてきていたころだった。
ますます勉強が楽しいと、筆がのった記事。自分が楽しいと思っていることは、読者にも伝わる。そう感じた瞬間だった。
予期せぬ知らせ。好奇心が実を結んだ瞬間。
2020年8月。
コロナが猛威を奮っていたころ、一通のメールがきた。
noteのクリエイター支援プログラムを通して届いた、出版社からの書籍化オファーだった。
当時を思い出して、ジマタロさんは語る。
「思ってもみない話でした。けれども、自分のために学んできたことが、誰かの役に立つならと思い、お話をお受けしました。」
そして2021年9月、度重なる打ち合わせを終え、本が発売された。
行動経済学の書籍としては、今までにない、デザインにフォーカスをあてたものだ。今では無事、重版も決まっている。
「ビジネスとデザインを繋げたい」そんなジマタロさんの思いが、多くの人の心を動かし、実を結んだ。
自分が楽しいと自然に思えることを続ける。純粋な気持ちが何よりも、自分を動かし、誰かを動かす材料になるのだ。
「何をやっても空回りしていた20代の自分に伝えたいですね。無理をせず、好奇心にしたがって、楽しいと思うことを続けると、自分だけの未知の経験ができるよって」
ジマタロさん
デザインとビジネスの間をつなぐことに関心を持ち、デジタルプロダクトを開発するグローバル企業のTigerspikeでデザイン戦略やビジネスデザインを実践している。これまで、医療・金融・保険・流通・製造・モビリティ・通信・旅行・スポーツなどの分野で、デザインを起点にビジネスの企画や具現化に携わっている他、スタートアップの支援や大学の非常勤講師も務める。難しいビジネスの課題を図や絵で整理することが得意。北海道生まれ。
note:https://note.com/designstrategy/
Twitter:https://twitter.com/jimataro
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応募期間:2021年12月9日(木)12:00〜2022年1月7日(金)23:59
発表:1月中旬予定
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