作品をすべて消すことまで考えた。"バズらなかった連載"はなぜ書籍化されたのか
「なんか、面白くないね」
率直な言葉が、ぐさりと突き刺さる。
うえはらけいたさんは「まあ、そうだよね」と力なく返事をした。
友人に言われるまでもなく、思うところはあった。
noteとTwitterで連作マンガを公開していた。
タイトルは「コロナ収束したら付き合う2人」。大型連作を描くのははじめて。これまでにない高揚感とともに、ペンをとった。
だが、描いても描いても、大きな反応はない。
ネットを開けば、SNSで話題のマンガを取り上げる記事が目に入る。
自分の作品もバズらせたい。そんな一心で、あるあるネタなども散りばめてみた。
「スキ」も「いいね!」もいっこうに増えない。
今回は、いままでとは違う。きっと反響を得られる。そんな期待は、早くも打ち砕かれていた。
「思い切って消しちゃってさ、新しいの書き直した方がいいよ」
友人の言葉には、忖度はなかった。
だから思わず、素直に応じてしまった。
「そうだよな。消して描き直すよ」
すべてを創作に…駆り立てたもの
2020年4月。
うえはらさんは勤めていた会社を辞めた。
それまでも、マンガは書いていた。
一度社会人を経験した後、美大への編入をへてデザイナーの仕事についた。
だがマンガを描く時間をとりたくて、たびたび転職や業務の調整を行った。
社業以外のすべての時間を、マンガにささげる生活。
それでもなお、中途半端な気がした。だから会社員という生き方自体を辞めた。うえはらさんは振り返る。
「触発されたんですよね。美大時代に出会った同級生に」
計算より先に動く。同級生の背中
美大には、飛び抜けた才能が集まっていた。
うえはらさんの同級生に限っても、人材の宝庫だった。
高校時代からファッションデザイナーとして活躍していたハヤカワ五味さん。若者を描いたイラストが注目され、小説の装画などに引っ張りだこの画家・雪下まゆさん。
そして、そうした当時から有名だった人だけではない。
誰よりも印象に残ったのは「とりあえずポスター100枚をつくる」と宣言した学生だ。
本当に毎日のようにポスターをかきあげて、半年で100枚をそろえてみせた。
小さなイラストを1枚書き上げるのとは、わけが違う。いったいどんな生活を送れば、そんなにポスターを仕上げ続けられるのか…。
まだ、ハヤカワさんたちのように、商業的なメドが見えるような創作なら理解もできた。
「普通じゃないな」とため息が出た。
ただ、よくよく思えば、ハヤカワさんも雪下さんもそちら側の人間だった。
結果的に商業的なメドが立っただけだ。誰もがそうした計算より先に「何かを創作したい」という思いで動き続けていた。
自分は何がしたいのか…
小さい頃から、マンガ家になりたいと思っていた。
「さすがに食えない」と思って、会社員の道を選んだ。
だが「何かを描く仕事がしたい」という思いを捨てきれず、美大に編入した。
にもかかわらず、だ。
「こっちの方が食えそう」という理由で、うえはらさんはデザインを専攻していた。そんなスタンスについて、同級生たちから無言で問われた気がした。
いったい、何がしたいんだ。
うえはらさんはマンガを描くことにした。
大学の卒業制作もマンガ。それを掲載したことを端緒に、作品をnote上で公開するようになった。
中途半端はいけない。
美大卒業後も、そんな思いに駆られつづけた。いったんは就職したものの、早々にマンガ1本にしぼる道をとった。
コロナで荒む世界。突然見えた光
2020年4月9日。
東京都に初めての緊急事態宣言が出た2日後。
最寄りの駅前の小さなスーパーに買い出しに出た帰り道で、着想を得た。
独立したのに、作品ができない。
何のためにマンガ1本に絞ったのか。このままでは自分は何者でもなくなってしまう。焦っていた。苦しんでいた。
本当なら、人に会えれば何らかヒントを得られるところだ。
だが緊急事態宣言がそれを許さなかった。せめてネットで、とスマホのブラウザを開く。
そこには分断があった。
コロナに対する考え方の違いでぶつかり合う人々。ネットという場も荒みきっていた。
見ていられなくなった。なんとかならないものか――。
そこで、はたと気づいた。きっとみんな癒やされたいはずだ。そうか、癒やしの作品だ。
突然見えた光。
あわててスマホのメモ欄を開き、書き込む。
「コロナ収束したら付き合う2人」
自分への疑念。寄せられた共感
独立して、美大の同級生たちのような境地に自分を追い込んだ。
自分のためだけではない。世の中のためになるものを描くという自負も持てた。
いままでになく、強い動機付けがある。
着想を得た翌日。2時間で初回を描きあげた。
そこから4コマ形式の作品を1日1話、noteとTwitterとにアップし続けた。
1話ごとに時間が100日進む「結末予告型」マンガ。「100日後に死ぬワニ」が世のファンから支持を受けたのと同じ形をとった。
だが、なかなか反響が得られなかった。
「やっぱり拡散はされてほしいと思いますよね。当時の作品を読むと、連載序盤はそういう気持ちが隠しきれてない。バズらせたい感、強く出ちゃってないですか?」
自分に対する使命感。そして世の中に対する使命感。
それらに駆り立てられて、作品を描き続けてはいた。だが「面白いと思われていない」という負い目は、日に日に強くなった。
「全部消して、違う作品を描いたほうがいい」
友人からそう言われたのは連載20回目を過ぎたあたり。自分に対する疑念、作品に対する疑念がもっとも強まっていたころだった。
だから素直に「そうかも」と受け止めてしまった。
陶芸家が、納得のいかない作品をたたき割るように。
自分もプロとして、思い入れを振り切ろう。そう思いながら、noteに掲載した作品をながめていた。ふと、寄せられていたコメントが目に入った。
わかる。共感できる。
そうした旨がつづられていた。
本当に、消してしまっていいのか
マンガのストーリーに、強く共感する。自分を重ね合わせる。
そんな経験があったのを思い出す。
子どものころは、身体が強い方ではなかった。
学校を休むことも多かった。その分、自室でむさぼるように本やマンガを読んだ。
あらゆる作品を読んだ。
その中でとくに心に残っているのは手塚治虫さんの『火の鳥』だ。
子どもながらに、時代をこえて続く物語に圧倒された。
そして、子どもながらに考えた。自分が死んだあと、世の中はどうなるのだろう、と。
自分のことも含めて、人の生きざまはいずれ忘れ去られる。
それでも残るものとは何なのか。それはまさに、手塚さんが亡くなっても読みつがれている、火の鳥のようなストーリーなのではないか。
自分も生きた証を残したい。
そう思って、少年はマンガ家を志すようになった。
共感を集めるストーリーには、人生を変える力がある。
身をもって知ることにもなった。それなのに、である。
いま、自分はストーリーをこの世から消し去ろうとしている。
コメントという形で寄せられた共感もろとも、消そうとしている。
そんなことをしてしまっていいのか。
自分が描きたかったものとは
うえはらさんは、作品を消してしまうのをやめた。
たとえ少なくても、共感してくれている読者がいる。
はしごを外すようなことはしてはいけない。もしかしたら、人生を変えるきっかけになっているのかもしれないのだから。
それぞれの回をバズらせたい。
そんな思いがまさっていたことについても、思い直した。
自分が描きたかったのは、ストーリーだ。
連作を始めたきっかけも、忘れかけていたような気もする。
「読んでくださった方に『この2人に早く付き合ってほしいから、コロナを頑張って収束させよう』と思ってもらいたいなと。作品が拡散されることで、世の中がほんのちょっとでもそういう空気にならないかなと」
コロナはそんなに甘いものではない、といまは思う。
ただいずれにしても、コロナ収束と2人の結末まで描いてはじめてストーリー、ではある。
いまは評価や反響を求めて、あせることはない。
しっかりとストーリーを描いていこう。そう思った。
「バズること」よりも大事なもの
うえはらさんは「あるあるネタ」にこだわるようになった。
それまでも、バズらせるための手段として、作品に描きこむことはあった。
だが「消すべきか」の議論の前と後とでは、ネタの意味合いが変わった。
MD(ミニディスク)。ポケモン。ドリンクバー。mixiやニコ動。ビットコイン。
実際に時代を彩った事象を、ストーリーに挿入した。エモさの演出のためだけではない。
「最終的にコロナの話をします、という宣言のつもりでした。いずれ、日本で現実に起きている話に合流しますよ、という記号として」
すべての回は、結末に続く布石としてある。
つまり、一番大事なのはストーリー、だ。コロナ禍を迎え、2人を取り巻く世界はどうなっていくのか。
やがて「バズらせたい」という思いは、うえはらさんの中から自然と消えていた。
続く反響。届いたオファー
「115回描いたわけですけど、たぶん個々の回をみれば、1度もバズってないんですよね」
うえはらさんはそう言って、苦笑いする。
それでも「コロナ収束したら付き合うふたり」は、回を重ねるにつれ注目されるようになった。
50話を過ぎたあたりで「まとめ記事」がつくられるようになった。
Twitter上にも「とてもいい話」というような作評が見られるようになる。
爆発的ではないが、根強い支持に後押しされながら、作品は完結した。
だが、反響はその後も続いた。むしろ完結後に大きくなった。
10月、この作品がコミチ漫画賞の大賞に。
「ねとらぼ」や「withnews」などのネットメディアでも、ストーリーの素晴らしさについて紹介されるようになった。
やがて、作品を書籍化したいという話が舞い込んだ。
夢に描いた創作の形。実現できたのは…
「noteは、届くんですよね」
うえはらさんはしみじみと言う。
「コロナ収束したらー」に寄せられた反響で、もっとも驚いたもの。
そのひとつはもちろん書籍化のオファーだが、実はもうひとつあるのだという。
「大学時代、書店でバイトをしていたんですが、その時に一緒だったパートのおばさんが読んでくれていたのが最近分かって」
Twitterなどで、こまめに情報をあさるタイプの人ではなかった。
「登録する、という能動的な形をとって見るのがTwitterですよね。それに比べてnoteって、アカウントを持っていない人でも見られるじゃないですか」
だから、SNSの世界の外側にも届く。
パートの女性も、作品をみつけてくれた。
「それから、noteでの発信はタイムライン上に一瞬だけ上がってくるものじゃなく、ひとつひとつの記事がWebページとして残る。だから、たとえバズらなくても、徐々に反響が出てきたりする可能性がある」
まさに「コロナ収束したらー」がそうだった。
ストーリーとして読みつがれる。後々にまで残る。そんな夢に描いた創作の形を、うえはらさんははじめて実現することができた。
「それはnoteだからこそ、だったと思います」
「つくり手の誇り」守るために
「それにnoteは、ちょうどいい高さのところに足場をつくってくれるんですよね」
うえはらさんはポツリと言う。
他のSNSはもっと足場が低い。気軽に創作を始められる。
だが一方で、作品はタイムラインとともに流れ去ってしまう。世の中から作品を重く扱ってもらうのは難しい。
作品を最大限に重んじてもらうなら、個展だ。
きちんとギャラリーを借りて、作品を並べる。ただこれは、あまりにもハードルが高すぎる。
それらの間をとれるのがnote。そう考える。
「ネット上ですけど、ちゃんと自分だけのギャラリーに作品を飾れる。個展のような空間をつくれる」
一息ついて、語気を強めて言う。
「そのことが、つくる人としての自負、プライドを守ることにつながる気がするんですよね」
・・・
誰もみてくれていない。気づいてくれない。
創作活動は、誰もが孤独との戦いからスタートする。
美大の同級生たちのように、突き抜けていれば気にならないのかもしれない。
だが、彼ら彼女らの背中を追う側だったうえはらさんにはわかる。
孤独は、走り始めたばかりのクリエイターの自負やプライドをへし折ることもある。
のちに書籍化された作品を消しそうになってしまったことこそ、わかりやすい例だ。
「会社をやめて、ひとりで描いているのはしんどかったです。ちょうどコロナ禍初の緊急事態宣言が出されたタイミングで『孤独なのは自分だけじゃない』って思えたから、まだマシだったんですが」
「突き抜けていない側」の人間として思う。
ひとりでも多くの人が、孤独を乗り越え、報われる未来であってほしい。
たとえバズっていなくても、きっといつかは誰かが自分に気づいてくれる。
その日のために、拠点を構え、発信を続けよう。
うえはらさんが創作活動を通して伝えるメッセージだ。
うえはらけいたさん
1988年、東京都生まれ。2016年に株式会社博報堂から多摩美術大学に編入し、マンガを描き始める。卒業後は広告会社などでデザイナーをしながら活動していたが、2020年4月にマンガ家として独立。現在はSNS、WEBメディアを中心にマンガ作品を発表している。
note:https://note.com/keitauehara/
Twitter:https://twitter.com/ueharakeita
書籍の購入はこちらから:https://www.amazon.co.jp/dp/4776211661
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■スケジュール
応募期間:2021年09月21日(火)10:00〜2021年10月8日(金)23:59
発表:10月中旬予定
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