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初小説がまさかの映画化…書き手は現役のバンドマン。「あの苦しみに比べたら、書き続けることは苦にならなかった」
かつて肩を並べていたバンド仲間が、どんどん自分を追い抜いていく──。
飲み屋でふと、テレビに目を向ける。画面に映しだされる友人の姿に、慌てて目をそらした。
多くの人が行き交う繁華街。聞き慣れた歌声が耳に入ると、足早にその場を去った。
憧れのステージに友人が立つと知っても、「おめでとう」のひと言がどうしても言えなかった。
そんなとき、心の中に黒々と渦巻いていたのは、嫉妬や羨望といった感情ではない。
自分だけが前に進めていない──、無力感だ。
「その苦しみに比べれば、毎日文章を書き続けることは苦にならなかったです」
そう言って、平井拓郎さんは笑顔を見せる。
ロックバンドjuJoe(ジュージョー)のボーカルであり、文筆家でもある平井さん。noteへ投稿した小説『さよなら、バンドアパート』が反響を呼び、書籍化のみならず映画化することが決まった。
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きっかけはnoteの1投稿だった
「小説を書いてみなよ」
そのひと言で、すべては始まった。
2018年5月、平井さんはある記事をnoteに投稿。
これが話題になり、平井さんの文章力を評価した編集者から小説の執筆を勧められたのだ。
「ブログやエッセイは書いていましたが、小説なんて書いたこともなくて。『無理です』って一度は断わったんです。でも『いいから書いてみなさい』って言われて、しぶしぶ書き始めました」
酸いも甘いも、これまで多くのことを経験してきた。それをベースにすれば、1冊の小説がかけるかもしれない。
そう考えた平井さんは、主人公のバンドマン・川嶋の人生をスマホに打ち込み始める。
移動中、食事中、どこにいるときも暇さえあれば書き続けた。
なんだ、意外と書けるじゃないか。そう思いながらLINEを開き、打った文章を担当編集者に送る。
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だが、編集者から返ってきたのは「おもしろくない」のひと言だった。
初めて小説を書いたんだから、当たり前の反応だろう。平井さんはめげなかった。
「どうしたら面白くなりますか?」と必死にしがみつく。
返されるのがどんな酷評であっても、貪欲に取り入れた。
アドバイスをもらいながら、書いては消し、書いては消し、を繰り返す。
そのうちにだんだんと、形になっていく手応えを得られるようになっていった。
編集者に見捨てられ、助けを求めた先
そんなある日、編集者とパッタリ連絡が取れなくなってしまう。
「小説が面白くなかったんだと思います」と苦笑いする平井さんだが、当時をこう振り返る。
「残念だな......とは思いましたが、落ち込むことはなくて。『ここまで書いたんだから、絶対に書籍化したい』という気持ちだけはありました」
書くのをやめる、という選択肢はなかった。
だが、書いているうちに生じる、時系列や事実関係のねじれに不安がつきまとい始める。
「ひとりで書いてたんですが、だんだん自信が持てなくなってきて......ココナラの添削サービスを利用し始めたんです」
ココナラは、「知識・スキル・経験」を売り買いできるスキルマーケット。その中に、「校正・校閲のプロによる添削サービス」が出品されていたのだ。
A4用紙がびっしり埋まるほどの細やかな指摘。それをもとに、平井さんは書き続けた。
「『ワンカップの焼酎を飲みながら〜』って文章に対して、『ワンカップに焼酎はありません。日本酒のみです』って指摘をもらったりして(笑)。ココナラがなかったら小説は完成してないと思います」
最終的には添削担当者からの最高評価を得た。
会ったこともない、顔も知らない誰かの評価だったが、だからこそ自信につながった。
「ココナラの仲間たちに書籍化されたことを報告したら、すごく喜んでくれましたよ。先日開催された映画の試写会にも招待できました」
そう言って平井さんは、目を細める。
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実写化、書籍化の夢へ
小説が完成すると、平井さんはあらゆる出版社に電話やメールで営業を始める。
だが、飛びこみで対応をしてもらう、というのは簡単ではない。期待していたような返信は、なかなか来なかった。
それでも企画書を送り続けて数ヶ月。思ってもみないチャンスが舞い降りる。
ひょんなことから、映画プロデューサーと宮野ケイジ監督のもとに、平井さんの小説が渡ったのだ。
「監督が『映像化したい』って言ってくれたみたいで、書籍化より先に映画化することが決まりました」
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人生で初めて書いた小説が、いきなりスクリーンへ。
「突然、メジャーリーグに行けって言われているような感覚でした」と、平井さんは当時を振り返る。
「あくまでも目指していたのは書籍化だったので、嬉しい反面戸惑いもありました。何が起きてるんだろうって......」
しかしこのことが、さらなる展開につながった。
映画化が決まったあと、平井さんのもとに届いた1通のメール──、書籍化の知らせだった。
順序は違えど、ずっと掲げていた「書籍化」の目標を、書き始めてから数年越しに達成したのだ。
音楽の経験が小説にもたらしたもの
平井さんは、年間100冊以上の本を読む読書家だ。
とはいえ、文章の書き方は完全に我流。“小説のいろは”を知っていたわけでもない。
だが、作品をつくるうえで「かっこいい文章」を書くことにはこだわってきた。
平井さんの考えるかっこよさ──、それは「平熱感」。
「めちゃめちゃ盛り上がってテンションがマックスな状態って、一瞬おもしろい気もしますが、『飽き』とセットな気もしていて。平熱感のある文章って飽きがこないんです。斜に構えてると捉えられちゃうかもしれませんが、そういう強度のある文章を目指してます」
平井さんの描く主人公・川嶋は、バンドマンとして大きな成功を収めるわけではない。ヒロインと結ばれて、幸せに過ごすこともない。
ただ、“今”を生きる主人公の、痛々しいまでのありのままの姿、そして忖度のない心の機微を描いているのみ、だ。
「この小説のピークって、川嶋とヒロインの美咲が神社に行くシーンなんですよね。でも、二人が抱き合って涙を流す、といった分かりやすい展開にはしていなくて。二人の関係性をふわっと描いているんです」
#清家ゆきち❌#森田望智❌#梅田彩佳❌#髙石あかり
— 映画「さよなら、バンドアパート」【2022年7月15日公開】 (@banapa_goodbye) January 14, 2022
運命とも必然とも言える出逢いを綴った、バンドマンのほろ苦い青春ストーリー𓂃🎧
『さよなら、バンドアパート』
\\🎊劇場公開決定🎊//
今夏、シネマート新宿ほか全国での公開が決定‼️🎞
HPもオープン👏https://t.co/QNmaptHiZP pic.twitter.com/LAfsGwcrtY
それにも関わらず、「あのシーンは感動した!」と、読者からの嬉しい知らせが続々と届いた。
ピーキーな展開をつくらなくても、思いや熱量は伝わるんですね──、平井さんは噛み締めるようにつぶやく。
そもそもなぜ、「平熱感」にこだわるようになったのか。
そのルーツは、自身が持つ音楽性にある。
「ライブでは観客に手を上げさせたり、叫ばせたり。涙を流させてなんぼって風潮があります。でもコロナになって、ライブで合唱ができなくなって。そんな時期に僕はこの作品をつくっていたので、ものづくりを『熱』で持ち上げまくることに疑いを持ち始めました」
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「ヤバい」「アツい」「すごい」で物事を図るのではなく、それ以外の道を模索し始めたのだ。
テーマを「幸せは、自分の感じ方と気づき」に据えている本作には、平井さんの考える「平熱感」が色濃く反映されている。
読まれることよりも、「書いてよかった」を意識したい
「全然読まれてないけど、この記事好きなんですよね」
そう言いながら、平井さんはしみじみと画面をスクロールする。
2016年、まだnoteが世間的に認知されていない時代から、毎日のように書き続けてきた記事のひとつだ。
書き続ける平井さんを間近で見ていた友人は、その姿をこう表現している。
「もうやめなよ」
俺が彼女だったらそう言っていただろう。
(中略)
毎日毎日ブログを書いてそれを発信する平井さんをずっと見ていた。
毎日毎日毎日。雨の日も晴れの日も、ライブの日さえも。
奇異の目で見られながら、noteを書き続けて2年。
初めて話題になった1つの記事が、みるみるうちに拡散され、多くのひとの目に触れて、思わぬチャンスを運んできた。
「『バズらせるにはどうしたらいい?』ってよく聞かれるんですけど、そればかり意識していると文章を書くのが辛くなってきますよね」
もちろん僕も、より多くのひとに読んでほしいって気持ちはあるんですけど──、笑いながら平井さんは続ける。
「でも、文章を書き続けるには『これを書いてよかったな』って自分で一旦完結させることが大事だと思ってます。じゃないと大勢に読まれなかったとき、せっかく書いた文章が意味のないものになっちゃいますから」
話題になりたいから作品をつくるのではない。
残したいもの、伝えたいことがあるから、作品をつくる。
そして心血注いでつくった“その作品”だからこそ、多くのひとに届いてほしいと願うのだ。
「それだけは忘れちゃいけないなって思います」
そう言って平井さんは、笑顔を見せた。
平井拓郎さん
ロックバンドjuJoeのギター・ボーカルとして活躍する現役バンドマン。noteでエッセイや小説を投稿しているほか、LINE@で「10文字投げられたら1000文字返信する」企画などを実施。中編小説『さよなら、バンドアパート』が2021年7月に書籍化。映画化作品が2022年夏に全国公開予定。
note:https://note.com/takuro_
Twitter:https://twitter.com/Takuro_juJoe
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取材・文・撮影=白石果林、編集=塩畑大輔、戸田帆南、小島さら
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