街の地形から、一瞬で数万年の歴史も見抜く。専門知識の発信で人命は救えるのか…地質学者の挑戦
「下見に来たとき、ここで『おーっ!』と思ったんですよ」
そのときの驚きを思い出したのだろうか。
地質学、斜面災害地質の専門家・橋本純(ゆるく楽しむ)さんは、こちらを振り返りながら、少し高揚した様子で話す。
東京・北区の閑静な住宅街。
川沿いの遊歩道を少しだけ左にそれた先に、その場所はあった。
都会のど真ん中ながら、木々がうっそうと生い茂り、急に山道に入ったかと錯覚させるような一角。彼はその奥を指差して「ここです」と言う。
一見、ブロック塀のような壁。
それは、むき出しになった「地層」だった。
・・・
橋本さんは、地質学の魅力を広めたいとnoteで情報発信する傍ら、ハザードマップの普及促進や企業防災のコンサルティングなど、幅広く活動している。
2022年1月には、noteのマガジンが出版社の目に留まり書籍化。noteを始めたときに掲げた「書籍の出版」という目標を、2年越しに達成した。
化石掘りから選んだ専攻は
橋本さんが地質学に携わるようになったルーツは、小学生時代までさかのぼる。当時橋本さんが夢中になっていたのは、サッカーでも野球でもなく、近所の山での化石掘りだった。
「ある日、いつものように友達と化石を探していたら、動物の骨のようなものを掘り当てたんです」
胸の高鳴りを感じながら、学校の先生に見せに行くと、クジラの肋骨の化石だと判明。地元の博物館に展示されることになった。
「先日見に行ったらもう展示されていませんでしたが、当時は誇らしかったです」
この経験は、橋本さんの心に色濃く刻まれた。
年齢を重ねるにつれ、化石や地層への興味は募っていく。高校では地学部に入部し、天体観測を行ったり鉱物を採取したりと、地球科学に関するフィールドワークを中心に学んだ。
地球科学では、自然現象で生まれたもの、たとえば火山活動や大陸、化石や鉱物など、地球の歴史のなかでつくられたすべてが研究対象となる。
つまり、生物や化学、物理学、何にでもつながるから面白い。
さらに詳しく学ぶために進んだ大学院では、地球科学のなかでも特に興味を持った「地質学」を専門にした。
災害復旧に努めるもトラブルが……
「昨日張り切って下見していたら、つい1万5000歩くらい歩いちゃってクタクタになりました(笑)」
今でこそ気になる場所に出向いたり、独自に調査したりと仕事を楽しんでいるが、ここに辿りつくまでの道のりは長かった。
橋本さんは大学院卒業後、地質学の技術者として、20年間災害現場の復旧にあたった。地すべりで大きく崩落している現場や、土砂崩れの起きた道なき道を歩き回るハードな日々。
やりがいは感じていたが、仕事は早朝から深夜にまで及び疲労が蓄積されていった。
寝るためだけに家へ帰り、土日も一日中寝て過ごす。ご飯を味わう余裕もなく、ビールで流し込む。
そんな毎日を過ごしているうちに、不眠や過食、原因不明の頭痛などに悩まされるようになった。
見て見ぬふりし続けていた、心と体の異変。それも限界を迎えた。
「仕事が手に付かないほどの状態で、休職することになりました。ぼんやりと、『独立する良い機会かな』とも考えたんですが、休職したまま辞めることに抵抗があって......」
体調が良くなったら、復職しよう。しかし、その思いとは裏腹に、少しでも仕事のことを考えると起き上がれなくなる。そんな毎日の繰り返しだった。
しばらく休んで、少しずつ自分のことを労れるようになったとき、やっと独立について現実的に考えられるようになった。
当時を振り返り、橋本さんは言う。
「安定は手放しました。でも、自分のために時間を使える今の生活はとても豊かです」
「スキ」が3つでも別にいい
退職から1年が経ち、体調もある程度まで回復したとき、将来の自分に種まきをしようと考えた。そして2020年4月、noteでの情報発信をスタート。
「ターゲットは、地質学にまったく興味のない人たちにしようと決めていました。大好きだったブラタモリのような、ゆるい雰囲気がいいなって」
少しでも地質学に興味を持ってくれる人が増えてほしいーー。その一心だった。
すると意外にも、ちらほらとコメントをしてくれる読者がつき、やりとりするようになった。
自分の記事を読んでくれている人がいるーー。その事実が、橋本さんの支えになった。
とはいえ、フォロワー数やPV数が急激に伸びたわけではない。「スキ」が3件しか付かない日だってある。それでも2年間、noteを更新し続けられた理由はたったひとつ。自分の好奇心だった。
「『この川の源流はどこだろう』などと分析しながら記事を書くのが、純粋にとても楽しかったんですよね」
人気の都道府県シリーズは、「47都道府県すべて解説し終えるまでは、絶対辞めないぞ」という意地もあった。
noteを毎日更新するのは楽なことではない。でも、自分の好きなことなので苦にはならなかった。
好奇心を追求し続けていたら書籍出版につながったのだと、橋本さんは目尻を下げた。
仕事を辞めてみつけた使命
「仕事を辞めてから、異業種の人たちと交流するようになって、災害・防災への認知度の低さに驚きました」
災害と隣り合わせの現場で働いていた自分のような専門家と、世間一般の意識には大きなギャップがある。
橋本さんは考えを巡らせた。
自分に何かできることはないかーー。
そこで橋本さんはあることに気づく。
「防災グッズを扱う企業はあっても、防災意識を高める啓蒙活動をしている会社は少ない」
答えを見つけてからの橋本さんの行動は早かった。
2021年には、ハザードマップの普及を主とする一般社団法人みんぼうネットワークを設立。さらに、企業防災のコンサルティングをする個人事業「ジオわーくサイエンス」も開始した。
橋本さんは、住居選びには欠かせないという「ハザードマップ」を一例に、こう話す。
「意外とハザードマップを見る人って少ないんです。知識さえあれば、助かる命があるかもしれないのに、『見てもわからない』という人が多いことが残念でなりません」
だからこそ、自分のような専門家が、分かりやすく翻訳する必要がある。
ためしに、家の購入を検討している知人に、ハザードマップを分かりやすくまとめた、オリジナルの「災害リスク判定表」を手渡した。
すると「これは欲しがる人がたくさんいるはずだよ!」と予想以上に喜ばれ、「潜在的な需要はあるんだ」と確かな手応えを感じた。
何万年もの歴史は、住宅街の中に
王子駅周辺からほど近く、閑静な住宅街をしばらく進むと、石神井川の旧川を利用してできた「音無さくら緑地」についた。
階段を降りると、道の両端に水が流れている溝がある。
「この水はどこから流れてきているか分かりますか?」と振り向きざまに橋本さんが言う。
あたりを見渡すが、川のような水源は見当たらない。
橋本さんはニッコリと笑って先に進むと、「ただのブロック塀に見えるでしょ?」と言って前方を指さした。
一見ブロック塀にも見えるが、よく見ると層になっている。そして、その隙間からポタポタと水が滴っていた。
「ここは昔、海だったんです。砂や泥が堆積して、何万年もかけて地層になりました。都内で地層を見られる貴重な場所ですよ」
水が滴っているのは、粘土層という目が細かく、水を通しにくい層があるためだ。その層の上部に雨水が溜まって水路ができ、隙間から水が滲み出ている。
今立っている場所は昔、海の中だった。住宅街にひっそりと佇む、ごく普通の公園で、何万年もの歴史を感じることができるなんてーー。
余韻に浸っている私たちを横目に、橋本さんは安堵した表情で言う。
「地質学って、学び始めるとハマる人が多いんですよ」
「でも......」と表情を曇らせ、続ける。
「ハードルが高いのか、興味を持ってもらうまでが大変なんですよね」
どうやったら、より多くの人に地質学に興味をもってもらえるか、帰り際も頭を悩ませていた。
・・・
それから数日後、橋本さんのもとに届いたのは、出版社からの1通のメール。地質学の魅力を広く届けられるチャンスが、再びやってきたのだ。
発信を続けていれば、いつか必ず誰かに届く。
そんなほのかな灯りを胸に、橋本さんは今日もnoteをつづる。
橋本純(ゆるく楽しむ)さん
地質学、斜面災害地質の専門家。技術士(応用理学部門)。個人事業と一般社団法人を経営。 地質や災害分野など、一般の方に分かりやすい情報一般のひとにもわかりやすい形でnoteやTwitter 、YouTubeでも発信している。
一般社団法人みんぼうネットワーク公式 note / Twitter / YouTube
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応募期間:2022年3月8日(火)12:00〜2022年3月31日(木)23:59
発表:4月中旬予定
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