綺麗事抜きのリアルな『東京藝大受験ものがたり』が書籍化。漫画家・あららぎ菜名さんの創作論
noteで活躍するクリエイターを紹介する #noteクリエイターファイル 。今回は、漫画家のあららぎ菜名さんにお話を聞きました。
LINEマンガで連載し単行本となった『抑死者』をはじめ漫画を描くあららぎさん。
noteでは、Twitterと同時に、自身の受験期の経験を綴ったエッセイ漫画『東京藝大受験ものがたり』を発表してきました。
連載当初からSNSで話題を呼び、1年半におよび全32話で完結した物語は、2021年3月30日に単行本として発売されます。
同作は「cakesクリエイターコンテスト2020」に入選。3月23日からはcakesで続編『東京藝大ものがたり』の連載がはじまりました。
地味で壮絶、綺麗事抜きのリアルな受験ものがたりを描きたい
『東京藝大受験ものがたり』は、その名の通り、藝大出身で陶芸家の父の姿を見て育った主人公が、東大よりも入試倍率が高いとも言われる超難関校・東京藝術大学受験に挑む物語。1浪、2浪、3浪……コマを進め受験を重ねるたびに胸がひりひり、ハラハラ。イラストレーターの中村佑介さんが書籍の帯に寄せた言葉通り「地味で、壮絶で、美しい」ーー
藝大を卒業した今、どうしてあららぎさんはこの物語を描こうと思ったのでしょうか。
「大学を卒業して漫画を描きはじめて、新しい連載の案をいくつも出していたんですが、いまいちで。そんなときに、大学の友人から『美大受験のリアルな漫画を描いて!』と言われたことを思い出したんです。藝大受験の話はいつか描きたいと思っていて、ストーリーはだいたい頭の中にあったので、そろそろ描いてみようと思ったんですね」
「受験物語をいつか描きたい」ーーずっと胸のうちにあったその想いは、藝大生に対する世の中のイメージに違和感を覚えたことから生まれたものでした。
「本やメディアの中で藝大生は“奇人変人”、”天才”といった感じで描かれていることが多いんですが、“天才だから”ではなく“努力して”入っているというリアルを知ってほしくて。私も3浪していますが、中には5浪、6浪する人もいます。美大受験は実際、暗くてドロドロしていて闇もある。青春ではなく修行です。だからずっと、キラキラしていない、綺麗事抜きのリアルな受験物語を描きたいと思っていました」
読者の感想とサポート、書籍化決定が描き続ける励みに
リアルに描くーーそのために、作品の発表の場として選んだのがnoteとTwitterでした。
「書籍の帯にもあるように、美大受験って地味なんですよ。この作品は96%ノンフィクションなんですが、最初から商業出版をベースに考えていたら、もっとドラマチックに、とフィクションに寄せていくことが求められたと思うんです。noteは自分自身のエッセイを書かれている方も多いので、相性がいいのではないかと個人的に連載をしていくことにしました」
商業出版や媒体のように編集者が伴走することなく、自身でnoteとTwitterで連載を進める上で、更新頻度含め、どんなことを意識していたのでしょうか。
「連載の頻度は、Twitterは週1ペースで4ページ、noteでは隔週で8ページを更新することは決めていました。意識していたのは、リアルに描きつつも、暗くなりがちなので、適度に希望を描いたり、ギャグを挟んだり、引きのシーンをつくったり、テンポよく読み進められることですね。読者の大事な時間をいただく限り、読み進めるためのおもしろさを保つことはベースだと思っています。事前に友人や家族に読んでもらって『おもしろい?』と聞くこともありました」
Twitterとnoteで更新をはじめてからすぐに、あららぎさんのもとには多くの感想や応援の声、サポート機能を使った支援が届いたそう。
「美大受験をした方だけでなく、浪人を経験した方や受験生の親御さんから『泣いた』という感想をもらうことが多くて驚きました。現役の受験生からは、『モチベーションが落ちていたけど励まされた』といったメッセージが届きますね。
noteは嘘偽りなく、自分が描きたいものを描けますし、リアルタイムで読者の方からフィードバックをいただけるので、励みになります」
連載をはじめた2ヶ月後には出版社から書籍化のオファーが。半年後には、noteのクリエイター支援プログラムのパートナーである飛鳥新社から出版することが決定します。
「嬉しかったですね。書籍化が決まってからは、より丁寧に綺麗に描こうと(笑)気持ちが上がりました」
美大受験は「モノの見方」を掴むための訓練
それでも、連載から1年半、書籍になるまで描いてきた過程は「楽しい2割、しんどい8割だった」と振り返ります。
「やっぱりものをつくっていくことは楽しいけど、それ以上にしんどいことでもあるんですよね。受験のときも大学時代もそうでした。正解がわからないまま、評価される。世の中に何が求められているのか、果たしてそれが自分が表現したいことなのか。競争しているうちに本来は楽しいはずだったことがプレッシャーに感じてしまう。今は私も経験値を積んで少しずつ自信を持てるようになりましたが、当時を思い出して、苦しくなることもありました」
そんなあららぎさんがもし今、受験生だった当時の自分に声をかけるとしたらーー
「ボロボロだった2浪のときの自分にはかける言葉もないですが、3浪のときの自分には、『自信を持ちなよ、きっと大丈夫だから』と言いたいですね。今回当時の作品も引っ張り出して見たんですが、今はこの絵なら受かるというのがわかるんですよ。当時の自分が言ってもらえなかった、言ってほしかった言葉を伝えたいです」
その言葉はそのまま、自信をなくして苦しんでいる現役の受験生にも届くものかもしれません。
「受験はハードでしんどい。でもあのときに経験したことが今でもいろんなところで活きているので頑張ってよかったと思っています。抽象的なんですが、受験のプロセスを踏んだことでモノの見方が圧倒的に変わったんです。漫画にも描きましたが、3浪していたときに、光が美しく見えた瞬間があった。これだ、と降りてきたような感覚で。受験はその後ずっと活きてくる、モノの見方を掴むための修行だと思います」
自分の内を一番表現できる漫画を描き続ける
今後cakesでは『東京藝大受験ものがたり』の続きとも言える大学編『東京藝大ものがたり』が描かれていきます。
「大学編は70%ノンフィクション、30%フィクションにしたいと思っています。受験みたいに明確なゴールがないので、藝大の雰囲気は伝えつつ、フィクションの要素で物語を盛り上げていきたいなと」
また、noteでは、『他の藝大生に受験の話を聞いてみよう』と題して、あららぎさん以外の藝大生に取材をして描いた受験漫画も更新予定。
「純粋な興味で、私以外の受験生の話も聞いてみたいと思ったんですね。Twitterで現役の藝大生を募って、取材して、ネームを起こして、下書きを確認してもらって漫画に起こす、という感じで進めています」
書籍発売を控えたあららぎさんに、これからやりたいことを尋ねると「漫画をやりたいですね。漫画以外はありません」という答えが返ってきました。漫画家になることは小学校2年生の頃から決めてきたことだと言います。
「私にとって漫画が一番、自分の内を表現できる手段なんです。一枚絵では伝えられないことが漫画のストーリーなら伝えられる。私は芸術家ではないけれど、自分が思っていることを表現して外に出したいと思っているのは、芸術家である父と同じだと思っています。読む人の心が動くような、視点が変わるような漫画をこれからも描き続けていきたいです」
美大受験を考えている人や最中にいる人、経験した人、モノづくりをして表現をする人。ぜひあららぎさんの漫画、その世界に触れてみてください。
■クリエイターファイル
あららぎ菜名
漫画家のあららぎ菜名です。LINEマンガで「抑死者」の連載。単行本全一巻発売中。 東京藝術大学デザイン科出身です。現在Twitterにて「東京藝術大学受験ものがたり」を個人的に連載中。 noteでは漫画、日記など書きます。
note:@nana_23/magazines
Twitter:@Araragi_Nana_23
text by 徳 瑠里香