メタバースでアイドル活動。小説家デビューも…普通のネットユーザーがVR空間でみつけた「もうひとりの自分」
多かれ少なかれ、誰しも周囲からの目を意識しながら生きている。そして、その意識は時に創作の邪魔をする。
自分みたいないい歳したオジさんが、こんなポエムのような投稿をしたら、痛い奴と思われるんじゃないか…といった具合に。
そんな風に自分の創造性に蓋をしている人にとって、「メタバース」は大きな可能性をもたらしてくれるかもしれない。現実世界を生きる自分とは違う「なりたい自分」を手に入れることができるからだ。
「まさか人生で、アイドルのようにステージで歌やダンスをしたり、小説を執筆したり、本を出版するとは思わなかったですね(笑)」
こう語るのは、2017年末に起こったブーム以前からVTuber(バーチャルYouTuber)として始動し、歌手や小説家などマルチな活動をしている『バーチャル美少女ねむ』さんだ。
なりたい自分の姿で活動できるメタバースは、アイデンティティやコミュニケーションの革命であり、肉体に囚われていた創造性の開放につながるのではないか。
自らの身に起きた経験を振り返りながら、ねむさんはそう語る。
人類から肉体を解放したら……?
バーチャル美少女ねむが誕生したのは、2017年9月。
何か壮大な目標を掲げて、はじめたわけではない。自分がバーチャル美少女になったらどうなるのかに、興味があっただけだ。
ことの発端は、VTuberという新しいカルチャーを世に広めたパイオニアとして知られる『キズナアイ』との出会いだ。
リアルタイムに視聴者からのコメントに応答していくキズナアイは、彼女自身が考え、彼女自身の言葉で話していく。
まるで、バーチャルのキャラクターに人間の魂が乗り移り、バーチャルの世界で人間が生きているかのように感じた。
もし自分がバーチャルキャラクターの姿となり、現実とは全く違う姿で振る舞ったら、どんな変化が自分に起こるのか。
キズナアイの姿を見ながら、ふと興味を覚えた。
人間、誰しも生まれもった自分の肉体に縛られて生きている。年齢を重ねれば、年相応の振る舞いが求められるし、年長者と若者で完全にフラットなコミュニケーションをとるのは難しい。
だが、バーチャルの世界で肉体から解放されたら、そんな枷はなくなる。それは、肉体に縛られてきた人類にとって、大きな転換点となるのではないか。
例えば、自分が美少女キャラクターになったら、どんなことが起こるのだろう。全く想像ができない。
アニメーションのキャラクターを自分の表情や顔の動きに連動して動かす『Live2D』や、自分の声を違う声質に変えるボイスチェンジャーを活用すれば、個人でも美少女キャラクターのVtuberとして活動することができる。
すぐに、自分で実験をしてみようと思いついた。
こうして、『バーチャル美少女ねむ』が誕生した。まだ、「Vtuber」という存在が、今ほど広く認知されていなかった時代のことだ。
本来の自分なら挑戦しなくても
想像もできなかった自分が、自分の中で育っている。バーチャル美少女として活動をすると、そうした感覚を強く感じるようになった。
かわいい仕草、かわいい喋りかた。美少女キャラクターとして、かわいい立ち振る舞いを自然と意識している自分に気づいたのだ。
仮想空間上のアバターの外見が、そのユーザーの行動特性に影響を与えることを『プロテウス効果』と呼ぶ。
例えば、屈強な肉体を持つキャラクターを操る人は、ゲーム内でより大胆に行動したり、強気に交渉したりといった変化が生まれることがある。
だが、プロテウス効果とは、ただ単純に外見が変わったことだけでもたらせるものではない。そのことが、自分で美少女というアバターを身にまとったことで、理解した。
何が人の行動を変えるのか。それは、自分が他者からどう扱われるかだ。
視聴者から「ねむちゃん」と呼ばれ、かわいい存在として扱われる。
そうしたコミュニケーションを繰り返すうちに、かわいい存在にならないといけないとも思うし、かわいい存在でありたいとも思うようになった。
「人間は社会的動物である」と言われるが、自分のアイデンティティは他者や社会の影響に絶えず影響される。外見が変わり、他者とのコミュニケーションのあり方が変わることで、自分のアイデンティティが変わっていく。
美少女キャラクターとしてのアイデンティティが育っていくなかで、次第に現実の自分では絶対に挑戦しなかったような活動にも踏み出すようになった。
そのひとつが、歌やダンスだ。
学生時代の音楽の成績はよくなかったし、歌うことは得意ではないと自覚している。でも、多くのVtuberは「歌ってみた」企画をやっている。そこで、自分も試しにやってみるかと、無謀なチャレンジと思いながらも、自分の「歌ってみた」動画を投稿してみた。
すると、「可愛い」「癒された」「こういう動画をもっと出してほしい」と思いがけない反響を得た。
そうした声に驚きと喜びを感じ、「もうちょっと歌い続けてみよう」とやっているうちに、気づくとバーチャル世界のライブステージで歌って踊っている自分がいた。
今でも「なぜ自分みたいな奴が、人前で歌っているのか?」とセルフツッコミを入れながら、やっている面もある。
だが、こうした現実世界の自分では絶対に得られなかったであろう経験に触れられる。それが、現実とは違う姿を見にまとうことで得られる大きな価値だ。
VRのなかにある「社会」
新しい自分になることは新鮮さと面白みをもたらしてくれるが、Vtuberの活動だけでは、バーチャル美少女として生きていくことに限界がある。
芸能人がカメラが回っている時とそうでない時で違うように、バーチャル美少女の自分にもオンとオフが存在する。
Vtuberとして動画を配信し、視聴者とコミュニケーションをとっている時の自分は、オンの時の自分だ。繕っているわけではないが、視聴者からバーチャル美少女として求められる振る舞いを意識している。
だが、バーチャル美少女として、ひとりの時間を過ごしたい時もある。また、気が置けない仲間と、そこだけの会話に浸りたい時もある。そんなプライベートな時間を過ごすことができる場所がほしい。
そんな場所が、ソーシャルVRのメタバース空間だ。
ソーシャルVRとは、ユーザー同士が仮想空間上でコミュニケーションできるサービスのこと。
VRヘッドセットを被って完全にその世界に入り込んで体験することもできるし、テレビゲームのようにスマホやPCの画面を通して参加することもできる。
この世界には、様々なアバターを身にまとった住民がいて、多種多様なバーチャル空間があり、住民が集まるイベントも定期的に開催されている。
時にはバーチャル世界をぶらりと旅行することもできるし、時には仲間たちと飲み会をしたり。まるで現実世界のオフを楽しむような感覚で、過ごすことができる。
ソーシャルVRを経験したことがない人には理解しづらいかもしれないが、メタバースの住人になると、「自分はこの世界で暮らしている」という感覚がしっくりくる。
なぜなら、そこには「社会」が形成されているからだ。
様々な人が交流し、文化が生まれ、仮想通貨で取引する仕組みが実装され、経済活動が生まれている空間もある。
また、メタバースで紡がれる他者との関係性は、知り合いや友人といった枠におさまらず、恋愛関係にすら発展することもある。
バーチャル世界で恋人関係であることを「お砂糖」と呼ぶが、自分自身が告白されることもあった。
メタバース世界で過ごす時間の新鮮さに魅了され、バーチャル美少女ねむとしてメタバース世界で過ごす時間が次第に増えていった。
可能性と危惧からみつけた使命
バーチャルの世界で「なりたい自分」になる選択肢は、まだ見ぬ自分とも、まだ見ぬ世界とも出会える可能性を大きく秘めている。
メタバースがもたらす革新性を、多くの人に伝えたい。いつしか、そうした想いが強くなっていった。
同時に、ひとつ危惧していることもある。
近年、メタバースという言葉が社会に広く知れ渡り、企業からの投資熱が高まっている。メタバースはまだまだ発展途上の世界。
いちメタバースの住人として、巨大資本が投下され、メタバース世界が活性化することは、実に喜ばしいことだ。
だが、根拠のない過剰な期待はただのバブルであり、悲劇を生むことにも繋がる。
荒野に芽吹きつつあるメタバースの可能性を育てるために、メタバースの実態を広く伝えたい。
そうした使命感にも想いも、自分の中で芽生えていた。
メタバースの実態を多くの人に伝えるには、様々なチャンネルで、様々なコンテンツの形式で届ける必要がある。自分のYoutubeチャンネルやブログ以外でも発信していきたいと思った。
そして、noteに投稿をはじめた。
連載名は『驚くべきメタバース文化』。
この連載では、自分が書いたものだけでなく、他の人が書いたメタバース文化を解説する記事や、メタバースでの体験談を綴った記事も並んでいる。
そのどれもが、メタバースに生きる原住民ならではのリアリティ溢れるものだ。
さらには、バーチャル世界で「なりたい自分」になることは、自分にどういった変化をもたらすかを、追体験してもらうために「小説」で伝えることにも挑戦した。
自叙伝とも言える『仮想美少女シンギュラリティ』だ。
クラウドファンディングにより資金を集め、2019年に自費出版されたこの小説は、『このセルパブがすごい!2020』において、読者ランキング第3位を獲得。
また、個人出版ながら、Amazon売れ筋ランキング「小説・文芸」部門1位に輝くなど、快挙を達成した。
啓蒙活動のその先には……
2021年8月。メタバース世界の実態を世に啓蒙する様々な活動を展開するなかで、大掛かりなプロジェクトに取り掛かることに決めた。
「メタバースの世界で起きていることを、客観的なデータから明らかにしたい」
その想いから、全世界のソーシャルVRユーザーを対象とした大規模なアンケート調査を友人と共に実施したのだ。
この調査では、「仲の良い相手とアバター同士のスキンシップをしますか?」「ソーシャルVRで恋をしたことはありますか?」など、単なる利用プラットフォームやプレイ時間の統計に留まらず、踏み込んだ内容についても迫っている。
驚いたのは、その回答件数。なんと1200件にものぼり、データの裏付けと共に、メタバース住人の生活実態を浮かび上がらせることに成功した。
例えば、恋愛。
回答の40%が「ソーシャルVRで、恋をしたことがある」という結果となり、メタバース原住民にとってメタバース内で恋愛することは当たり前のことになりつつあることがわかったのだ。
そして、こうした啓蒙活動の集大成として、一冊の本を書きあげた。
それが、今年3月に発売開始となった『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』だ。
単なるメタバースの解説本には絶対したくない。
これまでの自分の体験と、1200人の原住民を調査したアンケート結果を基に、メタバースの「リアル」を、この本に詰め込んだ。
現実世界とは違う「なりたい自分」になるという選択肢は何をもたらすのか。 なりたい自分になれるメタバースは、どんな可能性を人類にもたらすのか。
読者が自分をどうデザインして生きていきたいかを考えるキッカケに、この本がなれたらいい。
答えをみつけるそのために
バーチャル美少女ねむとして活動をはじめて、今年で5年目を迎える。
メタバースの存在が世に広く知られるようになり、メディアからの取材依頼や出演依頼も多く届くようになってきた。
そうした場で、バーチャル美少女ねむとして自己紹介をする時、「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに活動をしていると語る。
だが一方で、「今の自分が、なりたかった自分か?」と問われると、自分でもよくわからない。なぜなら、「こういう存在になりたい」と明確な目標を打ち立てて、活動をはじめたわけではないからだ。
思いついたことはすぐにやる。それが自分の信条だ。
バーチャル美少女という姿を身にまとい、現実世界とは違う自分として活動したら、どうなるのか。その答えを求めて、ただ実験を重ねてきた。メタバースの世界は進化が早い。そのなかで、思いついたことを次々と実行し、辿り着いたのが現在なのだ。
ただ、バーチャル美少女ねむとして生きたことが、「新しい自分」「新しい世界」との出会いを運んできたことは確かだ。
いまでは、現実世界を生きる自分と同じくらい、バーチャル美少女ねむとして生きる自分は大きな存在になっている。
現実と仮想のふたつの自分の間に、上も下もない。
バーチャル美少女として生きることは、自分をどこに連れていくのか。
メタバースは、人類をどのように変えていくのか。
その答えを探しに、バーチャル美少女ねむは、実験をこれからも続けていく。
バーチャル美少女ねむ/NEM
メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリスト。「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から活動する自称・世界最古の個人系VTuber。著書に小説『仮想美少女シンギュラリティ』、メタバース解説本『メタバース進化論』(技術評論社) 。フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞などインタビュー掲載歴多数。VRの未来を届けるHTC公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命。『メタバース進化論』感想コンテスト開催中。
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