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《短編小説》結婚式の違和感
口の中に髪の毛が入っている。
今日は友人の結婚式で、披露宴に招待された。受付の老人にご祝儀を渡して式場に入ると、もう参列者はみんな席に着いていて、全員両手で顔を覆っていた。
自分の席を探し、席に着くと髪の毛が入ったグラスにシャンパンが注がれ、顔を白塗りにした司会者が登場して、式が始まった。
「本日はお忙しい中ご列席頂き誠にありがとうございます。これより結婚式を始めさせていただきます。それでは新郎新婦の入場です。後方の扉にご注目下さい。」
静寂の中扉が開くと、泣きじゃくる新郎と、悲鳴に近い声で大笑いをする新婦が入場曲もなしに登場した。
その時俺は盛大な拍手で二人を迎えたが、他の参列者は両手で顔を覆っているので、俺の拍手と新婦の笑い声だけが式場に響いていた。
グラスの髪の毛がシャンパンの泡で踊っている。
二人が高砂に着くと、白塗りの司会が進行を始めた。
「それでは皆さま、ご規律してグラスをお持ち下さい。」
俺は指示通りグラスを持って立ち上がると、他の参列者達も顔を両手で覆ったまま立ち上がり、おでこをテーブルに擦り付けていた。
「それでは、乾杯!」
乾杯の合図とともにグラスを高くあげると、両手で顔を覆っておでこを擦り付けていた参列者達の動きがピタっと止まり、一斉に俺の方向いて、指の隙間から俺を覗いていた。
新婦が時々吹き出しながら必死に笑うのを我慢している。その間も新郎はずっと自分の足下を見つめ泣きじゃくっていた。
その後料理が振る舞われ、しばし歓談となったが、全ての料理には様々な長さの髪の毛がふりかけられたり、練り込まれていた。
他の参列者はずっと顔を覆ったままで、俺がナイフで皿を擦る音と咀嚼音を聞いていた。
髪の毛が喉に引っかかっている。
式は順調に進み、新郎新婦のケーキカットが始まった。青ざめた顔の式場スタッフが、台車に乗せられた黒いビニール袋にタプタプに詰められたウエディングケーキを運んで来て、高砂の前に置いた。新郎新婦は立ち上がり、ウエディングケーキの前でひとつのナイフを二人で逆手に持ち、それを高く上げた。
「それでは、ケーキ入刀です!」
二人はナイフを何度も振り下ろし、ウエディングケーキが入ったビニール袋を何度も突き刺した。
新郎は今まで以上に泣きじゃくり、新婦も絶叫しながら笑っている。
ビニール袋の穴から、ウエディングケーキの汁が新郎新婦の顔や服に飛び散り、その光景がとても綺麗だった。
それを見ていた青ざめた顔のスタッフは胃から込み上げるそれで頬を膨らまし、またすぐに飲み込んだ。
一本の髪の毛が口に入った事がすべての始まりだった。
あんな細い毛が口の中に入っただけで、とてつもない違和感を感じる。大量の髪の毛が口に入り違和感が充満していく。だがその違和感も何度も何度も繰り返していると、日常に変わってくる。その日常をみんなで共有していくと、それは常識に変化する。ときどきその常識の違和感に気付き指摘する人もいるが、そんな人は非常識な奴だと世間から後ろ指を指され変人扱いされる。
俺は気付いてしまった。
この結婚式のとてつもない違和感に。
今では新郎の涙にも納得がいく。
式場の中の誰も気付いていない。
新婦でさえも気付いていない。
このとてつもない違和感。
この一点を除けば、どこにでもある普通の素敵な結婚式。
気付いたときには思わず吐き気すら催した。
今日は二人の晴れ舞台。
そんな大事な日なのに、
新郎はスニーカーを履いてる。