《短編小説》天国で会った男
ここはどこだ?
目が覚めると一面に広がる花畑、遠くを見渡しても誰もいない、ここが俗に言う死後の世界ってやつか?
だが自分が死んだ記憶が全く無い、だけど説明は出来ないがここが自分がいた世界ではないと言うことは確信出来た。普段通り朝起きて歯を磨いて、朝ごはんを食べて、制服に着替えて、高校に向かった、このあたりからの記憶が無い
とりあえずあたりを見渡すと、遠くの崖の上に小さな人影が見える
近づいてみると、その人影は実際に小さく、だいたい1メートルくらいで、子供と言うよりは大人をそのまま小さくした様な体型の生き物だった。
その奇妙な生物が突然崖から飛び降りた。
驚いて駆け寄って安否を確認しようとしたとき更に驚いた、
その生物はとても醜く酷く老化していて、身なりもボロボロで酷く痩せ細っていた
これは助からないと思いながら声をかけてみるが反応は無い
かろうじて息はしているが意識は無さそうだ。
助けようにも回りに何も無いこの状況では助けようがない、とにかく声をかけ続けていると、やっと反応が帰ってきた
奇妙な生物「あぁ、すみません。お恥ずかしいところをお見せしてしまって。もうこちらにいらしていたんですね。」
日本語だ!とてつもない安心感があったが、すぐに疑問の方が上回った。
男「あんなところから落ちて体は大丈夫なんですか?それに、もうこちらにいらしていたんですね。とはどう言うことですか?僕のことを知っているんですか?」
奇妙な生物「体の方は慣れてますので全く問題ありません。ご心配をおかけしました。そして、もちろんあなたのことは、知っていますよ。生前あなたには大変お世話になりました。」
男「生前ってことはやっぱり僕は死んでいて、ここは死後の世界と言うことですか?」
奇妙な生物「そうですね、残念ながらあなたは死んでしまいました。」
やはり俺は死んでいた、だがこの薄気味悪い奇妙な生物の世話をしたとはどうも考えられない。
男「やっぱりそうですか…、ちょっと死んだときの記憶がなくて、あなたのことも思い出せないのですが…」
奇妙な生物「それは当然です。亡くなってすぐは肉体から魂が抜けたばかりなので、記憶が曖昧になってしまうんですよ、私も生前あなたと会った頃とは随分見た目も変わっているのでわからないのも無理はありません。でも大丈夫です、そのうちゆっくり記憶が戻ってきますから」
男「そうなんですね、ちなみに僕とあなたはどういう関係なんですか?」
奇妙な生物「…そうですね、強いて言うなら、私はあなたの守護霊みたいなものですかね」
こんな奇妙なやつが俺の守護霊か…、すごく頼りないな…
そのときバイクに乗っている自分の姿が頭をよぎった
男「もしかして、僕の死因ってバイク事故ですか?」
奇妙な生物「何か思い出してきましたか?あなたの死因はバイクではなくて、老衰ですよ。」
男「老衰?でも僕高校生なんですけど…」
奇妙な生物「記憶がまだ戻っていないからそう思っているだけで、あなたは87歳まで生きて、老衰で亡くなりました。それまで何度も死にかけてはいますがね。」
奇妙な生物の話しを聞いた途端に身体がいっきに老化していくのを感じた、それとほぼ同時に色々な記憶が断片的に蘇ってきた
海で溺れかけたり、電車に轢かれそうになったり、階段から転げ落ちたり、入院している自分の姿だったり、その他にも沢山の不運な出来事がフラッシュバックしてきた
男「少しづつ…、思い出してきました…、僕はこんなに死にかけて…、どうしてこんな歳まで生きることが出来たんですか?」
奇妙な生物「それは私があなたの運命を変えたからです。」
男「運命を変える?」
奇妙な生物「そうです、私があの崖から飛び降りると、あなたの運命を変えることが出来るのです。」
男「!?そ、そんなことをしてあなたの体は大丈夫なんですか!?そもそもどうして僕にそこまでしてくれるんですか?」
奇妙な生物「あの崖から普通の人間が落ちたら全身骨折して即死です。ただ私は死後の世界にいるので死ぬことはありません、ただ同等の痛みや苦痛は感じますがね。おかげで服も身体もこの通りボロボロです。先程飛び降りたのも、あなたの老衰の運命を変えるためでしたが、やはり魂の時間だけは変えることが出来ません。それでも生前あなたにお世話になったお返しをしたいのです。」
男「そこまでしてくれるなんて、いったい僕はあなたに何をしたんですか?」
奇妙な生物「それは私から話す事ではありません。時間が経てばきっと思い出しますよ。」
いったい俺はあいつに何をしたんだ?命でも救ったのか?いや、それでもお釣りがくるくらいの恩返しだ。まったく思い出せない…
そのとき、空から光が差し、自分の体が空に吸い込まれるようにゆっくりと浮かび上がった。
奇妙な生物「そろそろお時間のようですね。」
男「時間?」
奇妙な生物「あなたの不運の多かった人生は終わり、これから生まれ変わって新しい人生を送ることになります。安心して下さい、これからも私がここからあなたを見守りますからね。」
ゆっくりと空に吸い込まれながら記憶が蘇る、今までの不運な人生、何をやっても上手くいかない、肝心なところでいつも悪い方に転ぶ。
死にたくても、死ねない…
誰かが俺の人生を操っているかの様に…
奇妙な生物のこともすべて思い出した、見た目は別人の様に変わっていたが、何故か間違いなくあの人だと確信できた。
俺はあいつを殺していた。
俺は人気のない夜の山道をバイクで飛ばしていた、兎に角スピードを出したかった、信号なんてあってない様な交通量の少なさ、赤信号の点滅を当たり前の様に直進したら、ハイビームの車のヘッドライトが俺を照らした、そのライトはすぐに俺から光を外して道の横の杉の木を照らし、そのまま衝突した。
俺はブレーキを握り数秒固まったあと、すぐに車の中を確認した、運転手はどう見てももう助からない、後部座席にいる運転手の妻と子供であろう二人はまだ息があった、恐怖が全身に走るのを感じて、状況を理解するために頭が勝手にフル回転している、気づいたら俺は自分の心拍音を隠す様にエンジンを吹かして帰路についていた。
おそらくこの選択が、自分で自分の運命を変える最後の選択だったのだと今ならわかる。
あの家族の安否より自分のこれからの人生の方が心配で、そんな自分が嫌になった。
翌日の夕方のニュースで息があった二人も命を落としたことを知った。
あそこで救急車を呼んでいたら、死後の世界で、あいつに会うことは無かったかもしれない。後悔してもしきれない。
あの日からの救いようもない人生を、今度は0歳から始める事を理解しながら、だんだんと遠ざかるあいつを見つめ絶望し、涙が溢れた。
涙でぼやけたあいつの口が動いた様な気がした。
奇妙な生物「5周目、いってらっしゃい。」