《短編小説》社員マスカット
部長「それではこれより、今年度から新しくこの会社の仲間となる新入社員の三名を紹介していきます。」
どうやら今年は三人の新入社員が入ってくるらしい、去年は募集もしていなかったのに今年は三人、たぶん俺の同期の企画が大成功を収めたからだろう、まぁ大成功と言っても俺が入れるくらいの小さな会社だから世間から見たら大したことはないのだが、この小さな会社にとっては設立以来の大成功と言っても過言ではないくらいの出来事らしい。
そんな大成功を収めたのが俺の唯一の同期…
それに比べて俺ときたら、何のアイデアもなく言われた仕事をただこなすだけ、嫌われても無いが決して好かれてもなく、プライベートもこれといった趣味はパチンコぐらいで、家では基本YouTube、仕事で稼いだ僅かな金と仕事以外の時間をただただ無駄に溶かすだけの毎日、友達がいない田舎を出れば何かが変わるかもしれないと思い上京しては見たものの、結局田舎にいる頃とさほど変わりのない毎日、たまに連絡をしてくる親には、元気で楽しくやってると見栄を張る、まぁ自分で言ってても悲しくなるくらいつまらない男だ。
そんなつまらない人間のつまらない日常に飛び込んできた非日常が今、目の前に起こっている。
今日入社する新入社員の一人がどこからどう見てもマスカットなのだ
これは比喩表現で言ってる訳じゃなくて、実際にマスカットそのものなのである
ちなみにマスカットを知らない人のために補足しておくと、ヨーロッパ原産のぶどうの一種で色は俗に言うぶどうとは違い緑色をしている、大粒で香りがある上品なフルーツである。
そんなマスカットが新入社員として紹介されている。
まったく理解はできないが、部長はもちろん他の社員達までまったく気にするそぶりはない、それがさらに不気味で、自分にだけ幻覚が見えているのではないかと疑った。
そんな中、新入社員一人一人の自己紹介が始まった。
正直最初の二人の、ネットで調べたテンプレートの様な自己紹介などまったく耳にも目にも入らない
ただただ新入社員に並ぶマスカットだけを見つめていた。
長いようで短い、退屈な二人の自己紹介が終わって、とうとうマスカットの自己紹介が始まろうとした
その時、遠い遠い、何億光年も離れた宇宙のどこかで一つの星が死んだ
その星が死んだ瞬間、そのまわりの次元ごと一瞬のうちに収縮して、そして一気に膨張した。
そしてそこに新しい宇宙が産まれた。
そしてその宇宙の中の一つの星が、何十億年という一瞬のうちに、水が生まれ、生命が始まり、文化が栄えた
奇跡が起きた。
そんな奇跡がこの広い広い宇宙では当たり前の様に日々繰り返されている。
(ピーンポーン)
インターホンが鳴った
配達員「お届け物でーす」
日曜日の午前指定の実家から届く突然のみかん箱、毎回箱と内容があっていたことはない。親から見れば子供と言うのは何歳になっても子供なのだろう、実家を出てからもう何十年もたった90歳を過ぎた息子に、未だに過保護な仕送りをしてくる。中には懐かしい地元新聞に包まれた野菜やフルーツ、こっちのスーパーでも買えるお菓子やレトルトカレー、そして実家で栽培している米と手榴弾
その時、遠い遠い、何億光年も離れた宇宙のどこかで…