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小説「パンゲア紀行文」 壱•続
高塔に登る。危なっかしい、ギシギシと軋む螺旋階段を一歩一歩注意深く踏みしめながら、登ること5、6分。20メートル程の高さを登り切った。
四方を見渡す。この時私は初めて旅に出たのだと実感した。丘の此方に、煌々として揺らめく天使のカーテンを見つけた。雲間から漏れ出る光は、崩れた家の残骸や、まだ荒んでいない道の跡のコンクリートを優しく撫でている。気付けば私の意識はそこに、その天使のカーテンが撫でているその場所にあった。私は想像した。瓦礫に座って古書を読み、かの道に大の字に寝転がって蒼蒼とした空を視界いっぱいに広げる……。なんて素敵なことだろうか。
私は胡座を掻いて瞳を閉じる。久方ぶりに私の頭は休むことを知った気がした。
辺りが少しづつ暗くなってきた。西の方に目を遣ると、太陽が見事グラデーションを描いていた。
いわゆるマジックアワーである。
水色、青の中に淡い桃色が溶け込んで、青と橙、黄色との境目は線びくことができぬほど自然で滑らかであった。
髙塔を下りたすぐのところに腰掛けて、焚き火をする。周りの草木は雨に濡れて使い物にならぬから、この旅の道中で集めた木々を焚べて火を点ける。辺りの闇が濃くなり狭まり私に寄って、明と暗との境界線がぼんやりと浮かんでくる。
銀紙に包んだ握り飯を少し火で炙り、はふはふとと口に運ぶ。いつの間にか霧雨は止んでいた。
詩的な暖かさを孕んだその空間の中で、
一人歌を口遊み、詩を吟じる。
自らのために紡がれた詩歌たちは美しい焚き火の養分となって、私を暖めてくれた。
明日の昼にはここを出て、またどこか遠いところに歩を進めよう。
私が倒れ膝をつく旅路の果てにうまれる私の墓に
朽ちることのない詩歌がありますように。
遥か先を征く未来の旅人が、私を見つけてくれますように。
1人のせいか、焚き火のせいか、私は突拍子もなくそんな青臭いことを思ったが、それはそれで
旅の醍醐味なのかも知れないと思い直した。
『躍動』
「これで終わっているんですか?」
小さな図書館の一角に、やや低い、ざらざらとした少年の声がスッと響いた。
「おん、そうさ。」
良く通る、逞しげな男の声。
「2000年以上前の旅人が遺した記憶さ。この年代のが残ってるのは珍しいんだよ。」
大柄な身体をこちらへ向け、続けて言った。
彼も別の旅人の記憶を見ている最中だった。
「でも、こんな昔にコンクリートの道なんてあったんですかね?少なくともこの国にはなかったでしょうに。」
少年は疑問をぶつける。コンクリートで道が舗装されたのは、この国では200年ちょっと前だったか。
「あったんだろう、確かに俺らからしたらそりゃぁもう驚きだけれども。」
「この記憶は、どこで見つかったんでしょうね。」
「知らん、司書なら知ってると思うがなぁ、どうだろう。」
「聞いてくる。」
少年は椅子から立ち上がった。
「パンゲアは広いなぁ。本当に。」
大柄の男は緑が茂る窓の外を見つめながら言う。
「未だ果知れず、ですもんねぇ…。」
少年の目は輝いて。
「おん。」
仰々しく男は頷く。
続けて、
「出発が楽しみだなぁ。すぐ死ぬかも知れないが。」
男の目も輝いて。
がははは、という汚い笑い声をあげながら、
年の離れた男2人、確かに心を躍らせている。
パンゲア大陸北東部、ラルルという名の国の、
ある図書館での談笑。
どうやら2人は旅に出ようとしているらしい。
彼らはこれからの旅で何を得て、何を失うのだろうか。
全ての大陸が集まると言われる、
このパンゲア大陸にて、
今日も今日とて、旅人が征く。
……続く