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人と植物と風景の応答#イケフェス大阪
服部緑地 花と緑の相談所 1983年 設計:瀧光夫(1936-2016)
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建築形態
建築の形態は、フラワーホールと呼ばれる吹き抜けの温室に建築側部の曲面部が組み合わされた格好をとる。斜面下側から見ると、水盤に面した二層吹き抜けガラス張りのファサードが目を引くが、主要な構造をRCと耐候性鋼の柱梁にまかせて、高さ6.4mの吊りガラスが壁面をめぐる。構造と意匠、リトルスペースどうしの合間、植物スペースと人のスペース及び同居など、細やかに生み出されたズレや浸透が複雑化とは言わないまでも空間を多様化させ、豊潤な緑の空間の中で緑のレイヤードが複雑に起きていることに気づく。
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一筆書きシークエンスの空間体験
外から温室上階部に入ってスロープで降りたあとまた温室に戻り、芝生広場へ続く屋外へ抜けて行くという一筆書きするようなシークエンス体験ができる。高低差のある斜面地の建築に2階からアクセスすると、フラワーホールと呼ばれるガラス張りの大きな吹き抜けの温室がある。視線の先に建築外部の水盤、芝生広場と木々の連なりが続き、内外が一体化している。設計趣旨によると以下のようなことが書かれている。
さりげない広場を通って入口を入ると、パッと視界が開ける。温室越しに主園が見える。周りは花にあふれている。相談コーナー。多目的室(研修・講習・展示などに使われる)も中央において。部屋から温室と、温室越しの主園と、中庭やアプローチ広場が同時に見えるようにした。
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建築側部の曲面部は温室から下階へのスロープであり、温室を見せるシーンから一度屋外を見遣るシーン、その後曲面の先で折り返し、下るにつれて植物にも目が向くシーンへ移行する。シークエンスの中で明確に視線を誘導し、視界が次第にスケールダウンしてゆくアーキテクチャとなっている。
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再度温室に戻り、水面の照り返しを天井が受け止める背の低い橋の下のような空間を抜け、吹き抜けの下で大空間に覆われる。池を望む屋内デッキ、大きなプランター、年配夫婦が紅茶を愉しんでいそうな丸いテーブルと椅子。上を見やると連なるヴォールトのトップライトからふんだんに光が注いでいる。
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外に出ると池側にはさらに丸テーブルと椅子。斜面側には色とりどりの鉢植え。順路の脇にはカスケードを含む水路が設けられ、この建築が一貫して流れるような空間の変化を意匠していることが感じられる。
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場の価値
ビルディングタイプとしては、「都市緑化植物園」というらしく、緑化に関する普及・啓蒙・相談、技術開発、研修、講習を目的にした施設である。植物園の観賞用温室と緑化相談所、展示・研修の3つの機能をもつ。芝生広場ではガーデンヨガ、演奏会、ダンスイベント、ワゴンカフェなどが行われ、研修室ではヨガなどの日常的な利用をはじめ、ハーブ展、昆虫展、門松づくり、木の実アートのワークショップなどが行われているようである。
新建築で竣工してから間もない写真を参照すると、屋外テラスにも階段にもプランターは見当たらず、植物の扱いが利用者に浸透していく中で後から置かれたものだということがわかる。手入れも行き届いていた。手入れをしているのは事務所の人もしているだろうが、植物園での多様な活動の存在から鑑みるに、花と緑の世話をするサークルもあるとみていいだろうと思う。
当日、イケフェスサイトで覗いた情報をもとに建築のガイドツアーを聞きにきたつもりだったが、自分の認識不足だったのか、実際は植物園の中の植物の紹介と植物にまつわる歴史と地理のお話をボランティアのおじいさんに1時間かけて一対一でしていただいた。本来の目的は叶わなかったものの、おじいさんはおしゃべり好きでそれを実践するガイドツアーのために勉強し、生きがいを見出しておられた。自分の普段の活動もそのようなものなのでかなり共感することができた。
新建築の中での建築家の解説は以下のような文言で締め括られている。
周りを見まわすとマンション、学校、病院、高圧線など都市的要素は、いやでも眼に入ってくる。早く周りの緑が育ってくれれば、と思うのだが、10年先か、20年先か、もっとも建築家が周りの建築が緑に隠れてほしいと願っているのも、なんだかおかしな気がしないでもない。(瀧光夫)
竣工後約40年経って、周囲の植物は育ち、豊かな自然の風景、植物との親和性が感じられる空間に見事に変貌していた。
しかし植物だけではなく、おじいさんをはじめ、さまざまな市民がこの場所に集い、手間暇をかけながら場所に対する愛着が育まれてきたことは想像にかたくない。これこそ建築家冥利に尽きるのではないだろうか。人と植物と建築の応答関係が涵養され、場の価値を維持してきたとみて良さそうである。
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参考:
『新建築1984年10月号』