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会計検査院の指摘
新型コロナウイルスの影響で失業したり収入が減ったりした世帯に特例で生活費を貸し付けした制度、いわゆる「コロナ特例貸付」に対して会計検査院が抽出検査した結果が公表されました。
コロナ特例貸付は、令和2年3月から令和4年9月末の間に貸付件数約382万件、貸付決定額計1兆4,431億円超の貸付が行われたというものです。
このことについてニュースでは大きく分けて次の2つニュアンスの取り上げ方がされていると思います。
(1)一部で貸付対象外である生活保護受給者に貸付が行われていた
(2)貸付総額の約3割にあたる4,684億円が回収できず、免除者や滞納者に対するフォローアップ体制が十分でない
(1)一部で貸付対象外である生活保護受給者に貸付が行われていた件
今回の検査範囲(17都府県)で分かった限りでは、16都府県社会福祉協議会で生活保護受給者に貸付をしていたケースが4,428件、14億3,620万円あったとのことです。
残念ながら検査対象外の都道府県でも同様のケースは存在していると考えられます。
この件に対して実務を担当した市区町村社協の認識や審査が不十分であったというコメントを目にしますが実施の背景は紙面の都合で触れられていません。
ア 貸付けの概要
制度要綱等によれば、厚生労働大臣が特に必要と認めるときは、貸付限度額、貸付金の据置期間等について、特別の措置(以下、この措置に基づく貸付けを「特例貸付」といい、通常の貸付けを「通常貸付」という。)を講ずることができることとされている。
そして、貴省(厚生労働省のこと)は、新型コロナウイルス感染症の影響による休業等から収入が減少し生活に困窮している世帯に貸付けを行い、その生活を支援するために、緊急小口資金及び総合支援資金について、新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金等の特例貸付(以下「コロナ特例貸付」という。)を都道府県社協に実施させている。
ウ コロナ特例貸付における貸付審査等
貴省は、生活保護制度において保護を受けている者(以下「生活保護受給者」という。)は既に最低限度の生活が保障されていることから、「生活福祉資金貸付制度における緊急小口資金等の特例貸付の実施について」(令和2年社援発0311第8号厚生労働省社会・援護局長通知)等により、コロナ特例貸付の貸付けに際しての要件として、生活保護を現に受けることができず、生活費を賄うことができないことなどを定めている。
また、貴省は、コロナ特例貸付を必要とする世帯に対して、必要な額を迅速に貸し付けることが一層重要として、コロナ特例貸付においては、借入申請書類の記載事項や添付書類を削減するなどの借入申請書類の簡素化、借入申請に際しての面接相談や自立支援計画の策定を不要とすることなど、貸付けを行う際の審査等(以下「事前審査」という。)を通常貸付と比べて簡素化している。このため、通常貸付では、借入申請に際しての面接相談、自立支援計画の策定、自立支援計画に基づいた支援の過程等において借入申込者が生活保護受給者かどうかについて把握できていたのに対して、コロナ特例貸付では把握が困難になると見込まれた。これを踏まえて、貴省は、都道府県社協が必要に応じて借入申込者等が生活保護受給者かどうかを確認できるよう、都道府県等に対して、都道府県社協から照会があった場合には適切に協力すること、コロナ特例貸付に係る収入について福祉事務所への未申告等が判明した場合には、生活保護法(昭和25年法律第144号)に基づき適切に対応することを依頼している。ただし、貴省は都道府県等に対して、具体的な確認方法及び対応方針については示していない。
引用したとおりコロナ特例貸付は、厚生労働省がもともと都道府県社協が実施していた通常貸付の仕組みを特例的に拡張して都道府県社協(と市区町村社協)に実施させたものでした。
都道府県社協(と市区町村社協)はそれまでも通常貸付の対応はしていましたが、コロナ特例貸付はそれとは次元が異なるものでした。
迅速に貸し付けることがなにより優先され手続きは簡素化が奨励されましたし、社協には実際平常時の数十倍にも達する申請が殺到し、それに対応する体制は整っていませんでした。
そもそも窓口となる(特に地方の)市区町村社協では貸付担当者が1人であったり兼務であることも珍しくないのではないでしょうか。
しかし当時厚生労働省は貸付を急がせはしましたが、市区町村の現場の窮状を支援することはなく、簡素化してもよいのでがんばってくれというばかり。あまりの過酷さに担当者は疲弊しきっていました。
(2)貸付総額の約3割にあたる4,684億円が回収できず、免除者や滞納者に対するフォローアップ体制が十分でないとされた件
新型コロナ禍での生活支援としては、令和2年に国民1人に対して10万円の給付金の支給が行われました。また令和3年冬からは低所得世帯に対する給付金の支給が始まり、以後毎年形を変えて続いています。
生活困窮者への生活支援、経済支援として「給付」がいいのか「貸付」がいいのか。政府内でも様々議論があったのだろうと思います。
ただ対象者が生活困窮者であって審査も簡素化して良いとなると、最初から相当程度、免除や回収不納が想定されていた実質的な「給付」であったのではないかという疑念が湧いてきます。もしそうだとしたら巻き込まれた都道府県社協と市区町村社協があまりにも不憫なので、そうでないことを願うばかりです。
現在は新規のコロナ特例貸付は受け付けていませんが、都道府県社協と市区町村社協では今後20年近くコロナ特例貸付の債権回収業務が続いていくそうです。
「貸付」を選択した大きな狙いであろう、債権回収を通じた生活困窮者への継続的な関わりも重要な支援のあり方ではありますが現場の負担は小さくないと思います。
貸付件数約382万件、貸付額約1兆4,431億円とは、単純計算で一つの市区町村あたり債務者が2千人超、貸出額は8億円超ともなります。
これに、スタッフ数も債権回収のノウハウも限られる小規模の社協で対応することができるのでしょうか。地域活動や日常生活の支援といった地域福祉の推進に支障はないのでしょうか。
厚生労働省では社協のフォローアップ体制の強化のため、人件費の補助を拡充していますが、残念ですがそもそも地方ではエッセンシャルワーカーのなり手が少ないのです。
(一方、新型コロナ禍の対応で疲弊し身を引いた方は少なくありません)
教員、学童保育のスタッフ、看護師、介護職員、ケアマネージャー、ドライバー、車の整備士、大工と、身の回りでは社会を維持するために必要な人材がどんどんと確保できなくなっていることを日々実感しています。
もう国はお金を出して、地方にやらせるという図式は成立しなくなっていると思います。
ニュースでは会計検査院の指摘した不備の面がどうしても注目されますが、この指摘は持続可能な社会のあり方を考えて転換するために活かしていく必要があると思います。
今後、地方創生交付金を当初予算ベースで倍増するという報道もありました。地方にはもう、お金を受け取めることができる人がいなくなりつつあることに気がついてください。