Fateシリーズの舞台「冬木市」のモデルは大分市か? それとも別府市か?
冬木市最大の謎
『Fate/stay night』(以下SN)の舞台であり、後の【Fate】シリーズ作品にも登場する架空の地方都市「冬木市」。そのモデルが「大分市」なのか「別府市」なのかについて考察する。
さすがに全作品から冬木市に纏わるテキスト(地の文、会話、コメント)及びグラフィック(背景、全景、地図)を検め直すのは骨が折れるため、先人の知恵に与るとしよう。
冬木市のランドマークや背景のモデルについてはSN体験版の頃から特定されているので詳細は省くが、つまるところ全国からの寄せ集めであり、冬木市のモデルを特定する手掛かりにはならない。確かに兵庫県神戸市にはモデルとなった建築物が数多く存在するが、それは千葉県も同様である。
背景が当てにならない以上、全景や地図といった面から傍証を追っていくこととする。
Fate/side material
2004年に発売されたSN初回限定版に付属する小冊子『Fate/side material』(以下サイマテ)及びその復刻版である『Fate/side material ±α』には簡略化された冬木市地図が方位記号入りで掲載されている。
SN作中の描写と合わせて、この時点で冬木市の基本設定は出尽くしていると言えるが、18禁ゲームということもあり、地元感情に配慮してか、冬木市の所在地を直接示唆する情報は頑なに伏せられている。
だが、当時すでに気候と空港の関係から冬木市が大分に位置する可能性に言及したファンサイトが存在していたことは特筆に値するだろう。
Fate/hollow ataraxia
2005年に発売された『Fate/hollow ataraxia』(以下ホロウ)では冬木市の詳細なカラーマップが用意され、プレイヤーはこの上に表示されるシンボルを移動してゲームを進行する。
ゲームの要所を一枚絵に収める都合上なのか、アインツベルンの森がある郊外のマップシンボルが北西から南西に動かされている。これが後に「アイツベルンの森は冬木市の南西にある」との誤解を生むことになる。
Fate/stay night(DEEN版)
2006年1月から放映されたスタジオディーン制作のTVアニメ『Fate/stay night』(以下DEEN版SN)の第24話では、アニメ映えする立体感のある俯瞰図が登場。背景美術の腕の見せ所か。
Fate/stay night Visual Story
2007年8月に発刊されたムック『Fate/stay night Visual Story』(以下Visual Story)にはサイマテ収録の冬木市地図が文章加筆の上で再録されている。
それに加え、カバーを外した表紙と裏表紙にDEEN版SNを思わせる冬木市の俯瞰図が一色刷りされている。私の知る限りではこのムックで初出の画のはずだが、それにしては地味な扱いだ。
Fate/complete material III World material.
2010年に発刊されたムック『Fate/complete material III World material.』(以下コンマテ3)にはVisual Storyのカバー裏に一色刷りされていた俯瞰図がフルカラーで収録されている。手書きのメモが残る縮小版(P.8)と方位記号の付いた大判(P.54-55)の2パターンだ。
SN本編で使われていないグラフィックにも関わらず細部まで入念に書き込まれている。そこまでの手間を掛けて制作された経緯は不明だが、シリーズ作品が増え始めたことから外注先への資料として用意されたのだろうか。
なお、同ムックの「奈須きのこ・一問一答」では初めて冬木市の所在地に関するヒントが明かされる。
『月姫』の三咲町は千葉県もとい関東にあると見られているため、そのまま冬木市は九州にあると捉えることができる。
……というのは今だから言えることであって、FGOで冬木九州説が確定するまでの5年間、ファンはこの「きのこ節」に惑わされることになる。
Fate/Zero
2011年10月から放映されたTVアニメ『Fate/Zero』(以下アニメ版Zero)の第9話には冬木市の地図が登場する。
映像では「八津」「天台」「西天台」「宮品」「東宮品」「東新都」「深山」「西深山」「南深山」「清澄」「南清澄」といった町名が確認できる。
「深山」「新都」以外の町名はこれが初出だが、その後再登場した例を知らないため、アニメ版Zeroの制作スタッフが適当に考えたその場限りの設定である可能性が高い。
「深山」の海側に「南深山」が位置し、「清澄」の海側に「南清澄」が位置しているということは、海側が南ということになるが、これは北側が海に面するという従来の設定とも矛盾する。
この南北の逆転に気付いたファンサイトに称賛を送りつつ、町名は見なかったことにして忘れた方が良さそうだ。
2007年7月にTYPE-MOON BOOKSから発売された小説『Fate/Zero 第三巻』では、哨戒任務にあたっていたF15戦闘機が冬木市警察より災害派遣要請を受けるのだが、パイロットである仰木一尉によると「冬木市が帰投空路上にある」、隠蔽工作を行った言峰璃正神父によると「二機のF15は今夜中に築城基地に到着」する予定だったことが伺える。福岡県にある築城基地の防空圏を考えると、冬木市は九州に位置する可能性が高いことがコンマテ3の発売前から明らかになっていたと言える。
氷室の天地 Fate/school life
2011年に「まんが4コマぱれっと」で連載中だった『氷室の天地 Fate/school life』(以下ひむてん)の#60(単行本第5巻 P.91に収録)にて『冬木は「掘れば湧きだす」と言われるほどの隠れた温泉地!』との台詞がある。
ひむてんはSNの世界観に忠実なことで知られ、ここで初めて明らかとなる公式設定も多い。SNでの「バルハラ温泉」やトラぶる花札道中記での「聖杯温泉」など、やたら温泉が湧くのはそういうことなのだろう。
Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
2013年7月から放映されたTVアニメ『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』(以下アニメ版プリヤ)の第3話における冬木市の全景は、コンマテ3の俯瞰図を基にトレスしたように見受けられる。
プリヤ世界では第4次聖杯戦争による冬木大災害が未然に防がれたことで、冬木市民会館と周辺の住宅街も焼失しなかったため、冬木市民公園は存在しない……はずだがバッチリ描かれてしまっている。
ちなみに上記シーンに相当する原作コミックス第1巻第3話のコマはホロウのマップを加工したものに見受けられるが、故意か偶然か、冬木市民公園は台詞の吹き出しで隠されていた。
Fate/Grand Order
2015年7月に配信開始された『Fate/Grand Order』(以下FGO)にて登場する特異点F「炎上汚染都市 冬木」。FGO世界の冬木市というよりは、SN世界における第5次聖杯戦争中の冬木市が何か異質なものに擦り替わってしまった結果として描かれている。
ゲームマップはホロウの平面図をリファインしたものと言って良いだろう。ホロウ同様、冬木市郊外のアインツベルン城に相当する未確認座標X-Gのマップシンボルが南西の麓に表示されている。
また、FGOのゲームターミナルに表示される疑似地球環境モデル「カルデアス」上で特異点F「炎上汚染都市 冬木」を指し示す赤いビーコンが九州にあったことで、冬木市九州説が確定する。
更にゲーム画面を録画してコマ送りで見ると、ビーコンの中心地は熊本県熊本市付近にあることが確認できる。しかし、熊本県にしても熊本市にしても、瀬戸内海に面していないため、冬木市熊本説を支持する声は非常に少ない。
Fate/Accel Zero Order
2016年4月に開催された、ZeroとFGOのコラボイベント『Fate/Accel Zero Order』では、第4次聖杯戦争中の冬木市が舞台となる。緻密に書き込まれた街並みと静謐な夜の空気を感じられる一枚。
第5次聖杯戦争の10年前とあって、実はホロウや特異点Fとは街の区画が一部異なる。そこまで徹底的に創り込むなら当時存在しないはずの冬木中央公園を真っ先に消すべきだったのでは……。
Fate/Grand Order -First Order-
2016年12月31日に放映されたFate Project大晦日TVスペシャルの長編アニメ『Fate/Grand Order -First Order-』(以下First Order)の冒頭5分20秒付近における問題のシーン。
空間特異点Fを指し示す赤いビーコンは、兵庫県姫路市~赤穂市に掛けての位置にある。一般に勘違いされやすい神戸市ですらない。一度確定したかに思われた冬木市九州説が瓦解、人理定礎こわれる。
2017年3月に発売されたFirst OrderのBlu-ray版では、しれっとビーコンの位置が修正された。キャプチャ画像を拡大するとわかりやすいが、ビーコンは明らかに大分県、しかも別府市の位置にある。ここに冬木市別府説が誕生する。
Fate/Apocrypha
2017年7月から放映されたTVアニメ『Fate/Apocrypha』のオープニング映像においては、聖杯戦争の舞台が冬木市からルーマニアに移ったことを示す演出として一瞬だけ大分県がアップになる。その中心は大分市である。連なる山記号は九重連山だろうか。
この頃からFirst Orderでの演出ミスを払拭するかのように公式が大分県を猛プッシュし始め、コアな型月ファンの間では冬木市大分説が定説となる。
Fate/Grand Order -mortalis:stella-
2017年8月に「月刊コミックZERO-SUM」9月号で連載開始した『Fate/Grand Order -mortalis:stella-』の第1話では、大分県の大分市・臼杵市付近を中心としたビーコンが確認できる。
なお、連載版と単行本版の両方を確認したが、台詞の写植(数字表記)が異なるのみで、ビーコンの位置は同一だった。
Fate/Grand Order -turas realta-
2017年8月に「別冊少年マガジン」9月号で連載開始した『Fate/Grand Order-turas realta-』の第1話では、大分県の大分市・臼杵市付近を中心としたビーコンが確認できる。
なお、連載版と単行本版の両方を確認したが、台詞の写植(数字表記)が異なるのみで、ビーコンの位置は同一だった。
氷室行進曲 冬木Game Over
2017年9月に「まんが4コマぱれっと」11月号に掲載された「ひむてん」と「FGO」のコラボ作品『氷室行進曲 冬木Game Over』の(実質)第1話では、「汚染都市冬木#」として大分県付近を図示している。
ひむてんの主人公サイドのキャラは現在の大分県を中心に活躍した大友氏家臣に因んだ名が多く、主人公・氷室鐘の父であり冬木市長でもある氷室道雪は大友家の武将・立花道雪が由来と見られている。
最近はオフの場で冬木市のモデルが大分だと話していたようだ。
冬木市大分説
「おんせん県」を標榜する大分県は火山由来の観光資源に恵まれている。火山を龍に例えるならば、地下を奔る活断層はすなわち「龍脈」、鍾乳洞やキリシタン洞窟礼拝堂は円蔵山の大空洞「龍洞」に通じるものがある。
大分県もとい豊後国(ぶんごのくに)は戦国のキリシタン大名「大友義鎮」の庇護下でポルトガルとの南蛮貿易で栄えた歴史を持ち、キリスト教とも縁深い。フランシスコ・・・ザビ・・・!?
サイマテの用語集によれば「遠坂の先祖は隠れて国外宗教の信徒をやっていた人」≒隠れキリシタンである。かねてより大分県章と遠坂家令呪の類似を指摘する声は多い。
冬木市大分説の認知度の低さ
これだけの傍証があるにも関わらず、冬木市大分説の認知度は低い。これには幾つかの理由が考えられる。
あくまで裏設定であり、2017年頃まで表に出てこなかったこと、アニメでは冬木大橋(神戸大橋)のイメージが強いこと、Firest Orderでの演出ミス、Wikiの記載が正確でない、といったところだろう。各Wikiの記述は次の通り。
「日本海側」って設定どこから出てきた。
九州までは特定しているが大分にまでは触れていない。あと郊外の森やアインツベルン城が位置するのは南西ではない。
直訳すると「Fate/Grand Orderの序章では冬木が実は熊本県のどこかの九州の州に位置するのが確認できる」。うん、意味不明。
なぜ大分か
これは単なる推測だが、冬木市のモデルが大分県にあるのは、前作「月姫」の頃からTYPE-MOONのホームページ管理や雑務を担当しているOKSG(オカシゲ)氏の出身地だからではないだろうか。
月姫の舞台である三咲町のモデルが千葉県にあるのはTYPE-MOON初期メンバーの出身地が千葉県だからという内情は容易に想像できるが、次回作の舞台を決めるにあたって大分県出身のメンバーの存在は好都合だったに違いない。
冬木市別府説の問題点
2018年3月4日にFGOのリアル公式イベント「FGO冬祭り 2017-2018 〜冬のファラオ大感謝祭〜」が別府市で開催された際には「公式が聖地巡礼」などと持て囃された。
Firest Orderにて円盤での作画修正という一大カードを切って提示された冬木市別府説だが、これはこれで重大な矛盾を孕んでいる。
冬木市は北側で海に面し、東側を新都、西側を深山町と位置付けているが、別府市は東側で海に面しているため、従来の設定と齟齬が生じる。
カルデアスもシバも10年選手だとか、特異点の存在証明にも揺らぎが生じるだとか、実は特異点Fではなく特異点Xだとか、ウルトラCの弁解を考える必要がある。
冬木市大分市説の問題点
最近はほぼ冬木市大分市説で固まりつつあるが、それでも矛盾点がないわけではない。
大分市は大分川を挟んで西側に役所や大分駅などの都市機能が集中しており、冬木市の東側に位置する新都とは対照的。鉄道の路線図も一致しない。
大分市の平地面積は冬木市に比べ広大に過ぎる。ただ、冬木市の「小高い丘の上に建てられた洋館」とされる遠坂邸を、大分市の上野丘陵にあったとされる大友氏の上原館に準えるならば、それより南の土地はストーリーに関わらないため山に置き換えたと考えれば大体のスケール感は一致する。
大分市は確かに隠れた温泉地である。しかし、別府や湯布院の火山性温泉とは異なり、沿岸部の大深度掘削による地熱温泉が多くを占めているため、「掘れば湧きだす」という表現は適切ではない。そこまで深く考えていなかったのかもしれないが、霊脈の豊富な冬木のイメージとは重ならない。
そもそもが神戸や千葉の建造物が存在するハイブリッドな架空都市なのだから、そこまでの整合性や関連性を求める方が野暮というものかもしれない。他に有力な候補がないのも事実、冬木市のモデルは大分市ということで良いのではないだろうか。