映画『ひとりぼっちじゃない』を観て江戸川乱歩の芋虫を思い出した話
宮子がエレベーターの近くで車椅子を傍らに、
にっこりしながらススメを待っている顔を見て
わたしはなんとなく江戸川乱歩の『芋虫』を思い出した
宮子は芋虫に出てくる時子みたいな人なんじゃないかなって直感的にそう思った
映画を最後まで観終わったあともその印象は変わらなかったし、パンフレットを読んだらますますその気持ちは強まった
だから芋虫を軸にわたしが
『ひとりぼっちじゃない』
に対して抱いた感想を綴ってみようと思う
芋虫を読んだことがないという方もいると思うので、あらすじのリンクを貼っておきます
いくつかあったけど1番上に出てきたやつを…
わたしは高校生の時にはじめてこの芋虫を読んだんだけど率直な感想は気持ち悪い、だった
めちゃめちゃショッキングで面食らった
でも裏腹に、人間の欲望の極地を見た気がして
妙に興奮してしまった自分もいた
前置きが長くなってしまった
ここからが本題です
⚠️映画本編とパンフレットの内容のネタバレあります
■弱いものいじめで悦に浸る時子と宮子
松葉杖を突きながら不便そうに歩いているススメを通り過ぎるのを見ながら、宮子はにっこり笑った
思い返してみると宮子がこんなに嬉しそうに笑ってたのはここが一番だったんじゃないかな?
それを見てわたしはなんだかゾッとした
人が不自由そうにしているのを見てこの笑顔はちょっとおかしくないかなって違和感が凄かった
ここでふと頭をよぎったのが
江戸川乱歩の芋虫だった
手足がなくて耳も聞こえない、口もきけない旦那を虐める時子と宮子の姿がわたしの中でリンクした瞬間だった
だからわたしはススメが車に轢かれたのって、
宮子が仕組んだことなんじゃないかと思ってる
それが呪術的な何かを使ったのかどうかは分からないけど
■ 不自由な須永中尉とススメ
そう考えると、戦争で両手両足を無くして五体不満足になってしまった須永中尉と
足を骨折している、いや足を骨折していない時でも不器用で上手く生きられないススメ
こちらもリンクするのではと自然な流れで行き着いた
須永中尉は不自由な身体になった反動からか
食欲と性欲が旺盛になったけど、
ススメも中華料理屋さんでご飯を食べたり
自分の気持ちを吐き捨てるようにゴミ箱に向かっていた姿が印象的だった
■勲章と承認欲求
はじめのうちは、与えられた勲章と自分を讃えられた新聞記事で満足していた須永中尉も
だんだんとそれでは欲を満たせなくなって、
食欲と性欲というシンプルな欲だけが残っていく
身についていた軍隊的な倫理観と欲望のせめぎ合いに苦しみながらも、結局時子に落ちていく
ススメにとっての勲章はきっと
宮子の存在そのものであったんだと思う
自分を称賛して受け入れてくれて、
自分も知らない自分を引き出してくれる人
宮子は不器用にもがき苦しみながら生きるススメの姿に、掻き立てられるものを感じていたのかもしれない
■食べる者と食べられる者
カマキリがいるな〜とは思っていたけど、
パンフレットを読んでいたらあれは
宮子のメタファーだったんだそう 気付かなかった
宮子と時子がカマキリで
ススメと須永中尉が芋虫だとするならば
芋虫は完全に捕食対象になってしまうね
セミの亡骸がアリに食べられるカットもあったけど同じこと指しているのかな
そして劇でもキリン男が、脳を満たす食糧を探す人々に捕食されていた
劇を観終わったあとの2人の口論がこの物語のキーポイントだったんじゃないかなと思う
あと宮子は「お腹すいたね」って
わたしが覚えている限りだと
ススメ、謎の男、うさぎに向かって
少なくとも3回は言っていたと思う
人間のシンプルな欲求はやっぱりテーマの一つなのかもしれない
■支配欲とススメの部屋の植物
ススメが宮子にもらって部屋で育てていた植物は宮子の支配欲の具現化に思える
その植物の根がだんだん広がっていくように
ススメの心を奪って巣食っていく宮子
そういう風に見えていたので
「挿し木をしたら増やせるよ」っていう一言は
ますますあなたを支配しますって宣戦布告をしているみたいで怖かった
もともと挿し木は宮子が「わたしがここに来てやってもいい?」って言っていたけど、
劇を観終わって口論になったあとにススメが
挿し木のやり方を尋ねた時は、
今までにないくらい早口で
(普段がゆっくりすぎたので普通の速度だったかもしれない)
挿し木のやり方を教えて、鉢も大きいものに変えるように投げやりで勧めていた
これを見て宮子は怒っているんだと思った
宮子は捕食対象であるキリン男に対して
かわいそうという感情を抱いたけど、
ススメは両者に腹が立ったと言っていた
(嫉妬心からそう言っただけに見えたけど、宮子はススメの話をよく取り違えていたのでススメがムキになっていたのには気づかなかったのかもしれない)
宮子の脳を満たすために見つけた捕食対象のススメを哀れだなあと思いながら食い尽くしていく、
ススメは喜んで食べられてくれる
そうなると宮子は思っていたのに
どちらもおかしい!と言ったススメに対して
自分の思い通りに支配できると思っていた気持ちが覆されて
むしゃくしゃした宮子の感情が露わになったシーンだと思った
■井戸での自害とずいずいずっころばし
戦争で両手両足を失い、残っていた視覚までも奪われて古井戸で自害することを決心した須永中尉
はるかの地の底から、トボンと、鈍い水音をたてながら落ちていく
それは"まるで胎内のコポコポ音"の音に近かったかもしれない
両足を攣って床に倒れながらずいずいずっころばしを歌うススメ
でも最後の2フレーズ
「おっとさんがよんでも
おっかさんがよんでも行きっこなしよ
井戸のまわりでお茶碗欠いたのだあれ」
は歌わなかった
お母さんにちゃんと会って話す
自分が壊れてしまう前に宮子さんに別れを告げる
それがススメの決断だったのだと思った
ススメが言いかけた「僕が───」に
続く言葉は何だったんだろうか
もしかすると、
「僕が君を許す」
と言いたかったのかもしれない
■おわりに
他にも気になった箇所や描写はもちろんたくさんあったんだけど、上手くまとめられなかったので断念しました
わたしは原作はまだ読んでいなくて、
映画とパンフレットを見てこれを書いたけど
原作を読んだら全然違う印象を抱くかもしれない
映画の映像だけでも、
ホラーとして捉えることもできるし、サスペンスとして観ることもできる
母体を想起させる描写とトカゲのマークから
キリスト教的な視点から考えても面白いかもしれないとも思った
10人が観れば10人それぞれの物語になる
作品の受け取り方は人それぞれっていうのは
もちろんどの映画にも言えることだと思うけど
それがこんなに色濃くでる作品はなかなかないんじゃないかな
わたしはこの作品のラストはハッピーエンドだったと思う
新天地に向かったススメが
芋虫から綺麗な蝶々になって羽ばたいていけることを願う
おしまい