6.完全放置の京都会議(2017年1月)
JC年明け最初の大イベント、「京都会議」
そして年が明け、めでたく東京・日本の財運メンバーとなった僕は、東京JCの新体制がお披露目になる1月例会を颯爽とスルーし(知り合いがほぼゼロなもので…)、新年度早々始まる日本全国のJCの一大イベント、「京都会議」に向かうことになりました。
入会したばかりで右も左もわからないのに、なぜ京都に行く必要が?
と、僕も思っていたのですが、なんとこの京都会議の前日に、日本の財務運営会議の第一回目の委員会があり、そこで他のメンバーと顔合わせしないと、その後の活動ができないため、行かざるを得ないのでした。
動員と実益を兼ねたその強行スケジュールに、今後の不安を覚えたのは言うまでもありません。
京都会議は、全体で行くと4日間ほどある長いイベントなのですが、本丸の日は1日で、それ以外は各種行事や、今回僕の参加する日本JCの最初の委員会が開催されます。
まだ子供も小さく、妻に長時間ワンオペを強いるのは厳しいので、僕は日本JCの財運のキックオフ委員会のみ出席して一泊し、京都会議をほぼ全く経験することなく帰るという謎のスケジュールを立てました。
初めて新宿区委員会のみんなと京都へ!
この時、京都に行く新幹線には、新宿区委員会のメンバーとご一緒させていただく機会に恵まれました。
たしか、Facebookの委員会のスレッド(これがめちゃくちゃ多くなります)で、一緒に行く人ー、みたいな呼びかけがあって、便乗させてもらったと記憶しています。
その時一緒になったみんなは、その後東京JCの委員長になったり日本JCで活躍したりする意欲のあるメンバーばかりで、それでいて新会員の僕にもとてもやさしく接してくれました。
つい楽しくなってしまった僕は、新幹線の中でみんなと大きな声になってしまい、乗務員さんに注意されてしまいました…(周りに座ってらっしゃった方、すみません)。
その後、京都についたあとは、そのままみんなで京都に江戸時代からある由緒あるすき焼き屋さんに行き、緊張しながらも楽しく食事を囲みました。
このメンバーと、ここでもっと仲良くなっておきたい!と思った僕は、日本JC財運の委員会の担いが終了したら、新宿区委員会の夜の懇親会に合流することを約束し、会場に向かったのでした。
まさかの締め出されプレイ
会場は、京都国際会館という建物なのですが、詳しい資料を持っていなかったため、入り口がどこにあるのか、一見してわかりづらいほど巨大でした。
そのため、なにやらJCメンバーっぽい人の流れについていき、どうやら別館みたいなところに入るらしいぞ、という雰囲気を察した僕は、ガラスドア越しにJCメンバーがたくさんいる建物を発見しました。
よし!と思いドアをあけようとすると、ビクともしません。
ん?おかしいなと、何度も引いたり押したりしますが、やはり開きません。
ドアの向こうにメンバーがいるので、確かにこの建物には入れる気がする。
試しにぐるっと建物を半周してみますが、どの入り口も締め切られています。
いやいや、おかしいやろ。
何箇所か開けておいてもいいやん…。
場所を聞こうにも、東京JCですら知り合いがほぼいないのですから、リアルタイムでこんな細かいことを聞ける日本JCの知り合いなど、もちろんいるはずがありません。
やばい、これは初回から遅刻するぞ…。
あせった僕は猛ダッシュし、結局、またグルーっと大回りして、ようやく開いている入り口を探し当てましたが、こんなに大きな建物で、空いている出口がほとんどないというのは問題だと思いました(笑)。
委員会には結局間に合いましたが、なにやらやたら汗だくで肩で息をしている新メンバーをみた財運のみなさんは、何を思ったのでしょうか。
日本JC財運のお仕事
日本JCの財運は、日本JCに協賛していただける企業を探し、協賛契約を締結し、その協賛企業をフォローすることがメインの仕事となります。
それ以外には、永田町にあるJC会館のメンテナンスという仕事も地味にあります。
この日は、全体の顔合わせののちにチームごとのキックオフミーティングを行い、そこで役割分担がされます。
普段は日本全国に散らばっているメンバーですので、このように一堂に集まる機会は貴重です。委員会以外の日の連絡は、主にLINEが使われます。
この日は、委員会終了後は、協賛企業を集めての懇親会が夜に行われました。
京都にある、これまた由緒ある中華料理レストランにて、名だたる企業の部長クラスの方と懇親を深めさせていただくことができました。
公益性を重視しながら、自社の利益にもなる座組はどうすればよいかという、普段は絶対に話すことのできない話をさせていただき、まだ右も左もわからない自分ですが、これはすごい世界に来たぞ!と、アドレナリンがだいぶ出た夜でした。
京都における新宿の夜は長い
その後、さらに財運メンバーのみでの懇親会が開かれたのですが、新宿区委員会の懇親会に合流する予定でしたので、そこは早々に切り上げ、土地勘のない京都の町を、新宿メンバーのいる店まで移動していきました。
そこは、関西弁を話すお姉さんのいるガールズバー的なところで、明らかに昼間よりもテンションの高いメンバーが、すでに泥酔していました。
実はもうすでに疲れていたのですが(そりゃそうだ)、ここは最後まで行くか!と覚悟を決め、席に座りました。
しかし、ノリノリのメンバーに比べ、明らかにテンションが低い僕(笑)。
せっかくの関西女性との会話ですが、ただでさえ疲れているのに、「ガールズバー的なノリ+関西のノリ」についていけるわけはありません。
お姉さんもそのあたりを感じ取ったのか、僕のことはそっとしておいてくださり、僕はただメンバーの強引な攻め→撤退の繰り返しを眺めつつ、ボーっとしておりました(笑)。
その後、今度は他の店にいた新宿区委員会のメンバーも合流し、カラオケにて2,3時ごろまで騒いでいましたが、そこでみんなの解放された姿を見、素の部分に触れられたことで、やはりその後の心の距離がぐっと近づいた夜でした。
元々、飲みの激しいJCと聞いていましたが、実際は僕に激しい飲み方を強要することはなく、各自が楽しんでいる感じで、これならお酒の苦手な僕でもやっていけるかも、と思いました。
そんなこんなで激動の一日が終わり、僕はちょっと後ろ髪をひかれながら、翌朝東京に戻るのでした。
つづきます
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