ATPの起源:ATPは他のヌクレオチドのリン酸化をサポートする
アデノシン三リン酸(ATP)はアデノシンというヌクレオシドにリン酸が3つ結合した分子で、リン酸が一つ、或いは二つ外れてアデノシン二リン酸(ADP)、アデノシン一リン酸(AMP)になる際にエネルギーを放出します。このエネルギーは多くの生化学反応の駆動力として全生物に共通して利用されています。この、ATPのエネルギー通貨としての役割はいつ・何をきっかけに始まったのでしょうか。
この発祥の原因となったかもしれないATPの化学的特徴が、フランス ストラスブール大学のJoseph Moran教授率いる研究チームにより見出されました。『ATP(アデノシン三リン酸)の起源:ATPはアセチルリン酸から合成された?』でも紹介しましたが、ATPの役割は、生物発生前にはより単純な構造を持つ、アセチルリン酸によって担われていたと考えられています。先行研究から、アセチルリン酸はリン酸源としてADPからATPの生成を促進できることが示されていましたが、他のヌクレオチドのリン酸化をもたらすことはできませんでした。
今回、Moran教授らはアセチルリン酸とヌクレオチドの混合水溶液にADPを加えると、ADPは自身がATPに変化するのみならず、他のヌクレオチドのリン酸化を促進することを発見しました。反応は鉄イオン(Fe3+)を含んだ温和な弱酸性水溶液中(22℃,pH5.5-6.0)で進行し、RNAやDNAを構成する様々なヌクレオチドがリン酸化されます。ヌクレオチド二リン酸の三リン酸へのリン酸化(例えばGDPのGTPへの変化)が最も効率が良く、10~15%の収率が得られました。ADPをATPに置き換えた場合も、収率が若干低下したものの(9%程度)、反応は進行しました。ADPの変異体を用いた比較対象実験から、アデニンの5員環中のN原子がリン酸を一時的にトラップし、リン酸化をもたらす重要な足場となる可能性が示されました。
このように、ADP、ATPがサポート役となって他のヌクレオチドのリン酸化を促進するという現象は、生物発生前の(有機)化学反応の発展に重要なメカニズムであったと考えられます。