【識者の眼】「3種類の死」西 智弘
西 智弘 (川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)
Web医事新報登録日: 2021-10-12
「緩和ケアは何を緩和するのか?」とは、基本的なことのようで意外と多くの人が気にかけていない点かもしれない。緩和ケアというと、多くの人はがん性疼痛とか術後痛、また呼吸苦や食欲不振などいわゆる「身体的苦痛」を思い浮かべるかもしれない。また、不眠やうつ、不安といった「精神的苦痛」も、緩和ケア医がよく依頼される内容ではある。一方で、患者が抱える苦痛はもちろんこれだけではなく、いわゆる「全人的苦痛」と呼ばれる中には、他に「社会的苦痛」と「スピリチュアルな苦痛」が含まれる。多くの医療者にとって、この2者は見過ごされているか、自分たちの扱わないもの=社会福祉士や宗教家の扱うもの、と考えられていないだろうか。
人が「もう死なせてほしい」と言う時はどのような時か。身体的に苦痛が強いときはもちろんだろうが、「自分が生きている意味を見失ったとき」「自分が周囲に迷惑をかけていると感じたとき」などもこういった言葉が出てくる。一般に「死」という概念は肉体的な死を指すことが多いが、実際にはその前に「精神的な死」と「社会的な死」がある。病気の進行に伴い、社会での仕事はもちろんのこと「父や母」「○○さんにとっての友人」などの役割も失われていく。そして、その社会的な役割の喪失が長く続けば「自分はもう生きている価値が無い」という「スピリチュアルな苦痛」が増大していく。それによって希死念慮や無気力といった精神的な衰弱に陥っていく。これが、病気による「3種類の死」である。
もちろん、この「3種類の死」は終末期においては普通のことであり、「無くす」ことはできない。ただ、社会的な死および精神的な死と、肉体的な死のタイムラグをなるべく最小にして、前2者の苦痛を感じる程度や時間を和らげることはできる。この「3種類の死間のタイムラグをなるべく最小にする」ことが抜け落ちている現場は多々あるのではないだろうか。「どうすれば患者ができる限り長く社会的役割を保てるのか?」「どうすれば患者ができる限り長く心の平穏を保てるのか?」を改めて考え直すことは医療者に求められる重要な視点である。
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