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【識者の眼】「母体保護法指定医の憂愁」中井祐一郎

中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
Web医事新報登録日: 2021-08-19

指定医師は「本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」と、母体保護法第十四条に記される。その条件として、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがあるもの」と「暴行若しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶できない間に姦淫されて妊娠したもの」が挙げられている。また、第2項には「前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示できないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる」と記載されている。

「経済的理由により…」という、いわゆる経済条項の適用に関する指定医師が行う判断の限界については論じたことがある(比名朋子,中井祐一郎:生命倫理.2015;25(1):13-21.)が、それでは「暴行若しくは…」の条件については、妊娠女性による主張だけによって実施して良いのかというと判然としなくなる。不幸な女性を疑うなど…と批判もあろうが、司法介入があればともかく、強姦の告発を否定した判決もある。また、条文を素直に読めば、「暴行若しくは…」の場合であっても、既婚女性であれば配偶者の同意が必要となる。

また、2項についても問題がある。そもそも配偶者がなければ、女性だけの同意によって人工妊娠中絶は可能となるかもしれないが、母体保護法指定医には目の前に現れた女性が既婚か未婚かについて確認する術はない。自由診療である以上、保険証による確認はできないし、そもそも確認ができるのは夫の扶養に入っている場合だけである。埋葬の必要がない妊娠12週未満であれば、偽名であっても判らない。その中で、母体保護法の条件を満たしているかどうかの判断を指定医に押し付けられても、「知らないよ…」と言いたくなる。

この解決法は唯一つ、女性自身の意思のみによって人工妊娠中絶を可能とすることだけだが、その日がやってくることは期待できないように感じる…而して、指定医の憂愁には解決の見込みがない。

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