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Q.酒井さん、新しいことへの原動力って何ですか?

 

酒井咲帆さんは写真家でありながら、写真館《ALBUS》の代表であり、《いふくまち保育園》と《ごしょがだに保育園》の園長でもある。もし仮に僕が「酒井さんってどんな人?」と聞かれると、きっと、常に問題提起をして、それに対するアクションを起こし、必ず形にする人、と答えると思う。それほど酒井さんはバイタリティに溢れている。一体、その原動力はどこから来るんだろう?いつもそう思わせる人である。

 
 

変わっていいと思うことを
信じている。


伊藤 最初に酒井さんときちんとお会いしたのは、2015年に写真家のホンマタカシさんが太宰府天満宮のアートプロジェクトに参加した時だったと思います。その時、酒井さんは写真を撮られたり、ご自身の写真館《ALBUS》でホンマさんのワークショップを開催されたりして。お名前は知っていたのですが、その時、やっとお会いできた感じでした。

酒井 そうでしたね。ホンマさんの世界観が大好きで、展覧会をさせてもらった時は写真って何なんだろう?と問い直すきっかけになりました。今でもあの時のことをよく思い出しています。

伊藤 その後、写真の周辺をやっている酒井さんが《いふくまち保育園》を作られて、「すごいなあ」と思っていたら、今度は《ごしょがだに保育園》を作られて、「もう一軒?」って思って、酒井さんのお話を聞いてみたくなって、今日、お邪魔しました。

酒井 (笑)

伊藤 単刀直入な質問になるんですが、《ALBUS》《いふくまち保育園》《ごしょがだに保育園》と展開されていますが、これは当初からの予定だったんですか?

酒井 あと何施設作るとか、そういう目標のようなものはありませんでした。今、《いふくまち保育園》で16家族と一緒にいて、《ごしょがだに保育園》ができてプラス29家族、計45家族ぐらいと毎日会うわけじゃないですか。保育園では0歳から6歳まで大体5~6年間一緒にいることになるので、コミュニティがどんどん深くなっていくと言うか、日々の暮らしの解像度が高く見えてくるようになるんです。するとだんだんその人たちの小さな困りごとも見えてくるようになったり、その家族に困りごとがなくても、その人たちの隣人だったり、友人だったりの困りごとが見えてきて、暮らしを形づくっている制度を踏まえた構造のようなものが見えてくる。もしそれを変えていくことで困りごとを一緒に乗り越えることができるんだったら、私たちの会社を活用して次に向かえばいいって考えているんです。そういうことをコツコツとやっているうちに新しいことが立ち上がる感じです。最近だと、《ごしょがだに保育園》の取材記事を読んでくださった方が障害児のグループホームを作りたいという相談に来られました。なぜうちに来られたのか伺うと保育園の在り方や公園の作り方に興味を持たれたということで。そういうふつふつ湧いて、芽が出る瞬間を楽しみたいと思っています。

伊藤 酒井さんが以前noteで、《ALBUS》も最初の思惑からどんどん変えていって、今の形があると書かれていました。

 

変わっていいものと
変わってはいけないものがあると思うのですが、
酒井さんの中でそこに信念みたいなものって
あるんですか? 


酒井 変わっていいと思うことを信じている感じです。昨日言ったことと違うかもしれないですけど、まあいいじゃん、人間だし。みたいな感じなのかな(笑)。

伊藤 僕は勝手に酒井さんの原動力って、社会の矛盾とか、自分がちょっと違うんじゃないかと思ったことにあるんじゃないかと思うんですが、どうですか?

酒井 それはありますね。そういうシーンにいっぱい出会うんですよね。でもすぐ忘れちゃうんですよ。例えば、妊娠した時の不条理とか違和感とか産んだら、すっかり忘れちゃう。いろんな人生の経験の中で、いろんな見過ごされてきたことがあって、でもその時々で声をあげて変えてきた人たちの苦労があり、今がある。だから、やっぱり発信しておかないといけないっていう気持ちがあります。

伊藤 以前、酒井さんとお話をした時も保育園の制度自体が納得いかないとおっしゃっていました。当事者としては当たり前の気持ちだと思うのですが、門外漢の僕からすると、その憤りっぷりから「酒井さんの正義感はすごい」って思っちゃったんですよね。

酒井 普通に「えっ?」って、思うことが本当にいっぱいあるんですよ。例えば、同じ市民を受け入れているのに、認可保育園と企業主導型保育所だと、予算の出どころが違うという理由もあって、保育士に対する補助に違いがあったり、入園児の保育料補助制度に区別があったり、回り回って子どもに皺寄せが来てしまうことについては行政と共に考えることが必要ではないかなと。

伊藤 こうやって聞くとわかるんですが、それが酒井さんのように自分の行動としてつながるっていう人はそうはいないと思います。

酒井 なぜ、それを感じて発信しているかと言うと、それ自体が保育や教育だと思うからです。子どもたちが違和感を感じたことに声を発することができない社会だったら、生きてる価値が見出しにくいじゃないですか。自分の意見を伝えることで相手の意見も聞くことができて、「確かにそういう考え方もあるよね」って思ったりすることも大切だと思います。そういう意見を交わす場を保育園や社内でも作りたい。大人にも子どもにも学ぶ場として現場があればいいなと思っています。

伊藤 子どもの教育だけではなくて大人も学ばなきゃいけない。子どものために、ではないんですよね、きっと。酒井さんにとっては、“みんなのため”なんですね。

  

常にそこにあるものに
記憶を置く。


伊藤 酒井さんが福岡の街に対して思うことってありますか?今、盛んに再開発とか言われていますが。僕自身も東京と福岡を行き来していて、よく聞かれる質問なんですが、僕から見て、リアルに街作りをしている酒井さんに聞いてみたいと思いました。

酒井 今、福岡で再開発って言われているような場所に、子育て世代って行くんですかね?総研さんが携わっていた東京で公園を作った企画があったじゃないですか。ソニーパーク。あんな風にいろんな場所に緑と公園があればいいなって思うけど、あれって、期間限定でしたよね。

伊藤 僕も企画で参加させていただいているGinza Sony Parkプロジェクトは2018年から3年間、銀座の真ん中で建物を建てずに“公園”として開園していました。今、2024年に向けて、建物を建てていますが、よくある高層ビルにはならず、同じ“公園”というコンセプトで活動を再開する予定です。あのプロジェクトはSONYの中に心ある人がいて、都市の在り方やその中でのブランドの在り方などを真摯に考えて、あの“公園”が生まれたという背景があります。

酒井 そうなんですね。それと同じ形ではないにせよ、市民に信頼して委ねてもらうような場所があればいいなあと思います。きちんと自分たちの記憶になっていく街がいいですよね。開発しないと発展はないでしょうし、周辺の環境に合わないといけないのでスクラップ&ビルドみたいな感じになってしまうのはしょうがないんだと思うんですが……、思い出が短いスパンで更新されちゃうのがもったいない気がしてしまいます。私的には子どもができてからそんなに街で開催されているイベントには行かなくなったんですが、代わりに山登りに行ったり、常にそこにあるものと共に体験を通して記憶を置くようにしています。

伊藤 変わらない場所に記憶を置く。

酒井 そうですね。じゃないと子どもが思い出しにくいし、体験として引き継ぐこともできない。自分自身も子ども時代の自分と大人になった今を行ったり来たりできる豊かな記憶にしたいなあと。

伊藤 なるほど。その視点は持っていませんでした。

酒井 しょうがないですけどね、建物自体は朽ちていくものだから。私たちの保育園は2園とも建物に使う木を山にいただきに行きました。山を豊かにするために NPOいとなみさん主催の皮むき間伐ワークショップにも参加しました。子どもたちは園に使いたい木を選ばせてもらい木こりの人が木を切るところから見ているんです。だから、みんな、大切なものをいただいてできているということを頭で考えているわけじゃなく、実体験で記憶に残しています。園がそういうひとつひとつの事象をプロセスから見たり、参加するというのがすごく大事だと思っています。

伊藤 本当に記憶頼りになっちゃうことがありますよね。記憶頼りが悪いわけではなく、きちんとした記憶を残していくことが大事。僕らの時代より、子どもたちの時代の方が変化も速いから大変ですよね。

酒井 そういう時代だし、それでいいんだと思うけど、大事なことは何?と聞かれたら、心も身体も覚えていたいと思えるような健やかな経験が伴う記憶なのかな。山や海などの自然に惹かれていくのはそういうことだと思っています。

 

教育や福祉に関わる部分は
放っておけない。


伊藤 酒井さんの中で、自分の思いと実生活との折り合いをどのようにつけてきたんですか?

酒井 こんな話をしておきながら、私は結構都会好きなんですよね(笑)。田舎に住みながら、とかも理想だったりするんですが、なぜかこの辺りに帰ってきてしまう。それは先ほど話をした違和感みたいなものを感じる場所にいることが大事だったりして、そこにいると本来あるべき姿が見えてくることがあるんです。保育業界も表面的には穏やかでも、中で何が起こっているかわからない状況に違和感を感じたりするんです。すごくおこがましいんですけど、教育や福祉に関わる部分の違和感は放っておけないんです。絶対に良くしなくちゃいけないと思っています。

伊藤 変な言い方ですが、酒井さんは頼まれてもないじゃないですか。だけど進んで自分から行くって、よっぽどな気がするんですが。

酒井 目の前で倒れている人がいたら、大丈夫?と手を差し伸べる人の方が多いと思います。子どもも誰からも教わっていないのにそうやって助けたいという思いがどこからか生まれる。それと同じで誰かに助けてほしいと思っている社会的養護が必要な人はたくさんいて、その声を少しでも拾って支えられるようなチャレンジをチームで行っていきたいし、そうやって目指される社会に近づけたいです。

伊藤 僕自身、酒井さんのいう違和感までは気がつくかもしれませんが、そこから仲間と一緒に……までは、正直かなりのジャンプをしないと行きつけない感じがしてしまいます。

酒井 小さなきっかけを見つけて楽しみながらトライしている気がします。私の保育園の場合だと、子どもを保育園に連れて行く道中になんかちょうどいいサイズの公園があって、隣に空いている物件がある。うわ、これ。こうなって、こうなって、こうなったら、めっちゃ面白くなる!みたいな風景が先に見えて。じゃあ、まず、公園の木を切って、見晴らし良くしたら、誰か来るだろし、錆びているところはペンキ塗って、コンクリートは芝生にできたらいいなあとか、そんな感じ(笑)。木を切って花を植えるのも子どもとやると遊びの延長だから楽しみながらできますよ!

伊藤 日常から少しずつ良くしていく感じなんですね。

酒井 すべてを自らやるのは難しいので、今あるチームを活かしながら、学びながら少しずつ次のステージを目指せるといいなと思います。福祉が継続的に成り立つ仕組みをしっかり作るのが目標です。

伊藤 その積み重ねでここまで……。

酒井 本当はもっと若い時から始められたらよかったなと思うんですよ。10代から起業している人もいるだろうけど、もっと「がんばれ、がんばれ」って起業を応援してくれる社会があればスタートダッシュが速いからいろんなことにトライできる。私は《ALBUS》を始めたのが27歳の時。それが5年、10年遅れていたら体力的にできなかっただろうし、いろいろと考えてしまって立ち上げていないと思うんですよ。起業や組織づくりなど自分から生み出して社会を作っていけることを勉強できる環境が小中学生ぐらいからあって、それを身につけることができれば、自分も社会をつくっている一員であるということが意識できると思います。

伊藤 そういうことまで気になってきているんですね。そういう土台を作るためには?という部分。

酒井 だからこそ、乳幼児の保育や教育は重要なんです。人生の中で最も著しい発達を遂げるこの時期にどれだけ健やかでしあわせな記憶に残る体験ができるか。それが将来の経済にも関わると解く専門家もいたりするんですよね。

 

特技や才能を
自然に発揮できる場を作る。

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伊藤 日々、酒井さんが大事していることってありますか?

酒井 友人からいい言葉を教えてもらったんです。「問いを駆動する」。子どもから「これなあに?」という問いをもらった時に思わず答えを出そうとしてしまう自分がいたりしますが、それに対して、新たな問いで返したり、問いをどんどん駆動させてお互いに学び合いながら答えがない領域に広げていく。どうやって質の高い問いを返せるかをいつも考えたりしています。

伊藤 すべてに答えがあるという前提で考えちゃいがちですよね。 

酒井 答えを作っちゃうとどんどん制限しちゃってそれ以上発展しづらい。脳みそが温かくならないというか。だから考えることやめちゃうなって感じはしますよね。子どもの会話を聞き取りながら、大人自身がそこに問いや学びを見出すみたいなこともあって子どもから学ぶことはとても多いです。

伊藤 10年前、今の自分を想像していましたか?

酒井 10年前ぐらいから保育園をやりたいと言っていたらしいんですが、その時にイメージしていた保育園と今の保育園は違っている気がします。

伊藤 他にやりたいことはありますか?

酒井 今、うちの会社には32人いるんですけど、その方々の困りごとや違和感みたいなことを集めると山ほどあるんですよね。それを会社として解決できるような仕組みを作りたいと思っています。例えば、今、働いている仕事はカテゴリーとして保育士や調理師など、資格や役割で構成されていますよね。でも保育士だけど、ミュージシャンとして活動している人や、調理師だけどデザインもできる人とか、カテゴライズされなければ多様な特技や才能を持っている人はいっぱいいます。その特技や才能を活かすことのできる、あえてそこにはまらなくて良い環境を作ってあげたいと思っています。

伊藤 大なり小なり、みんな特徴や才能を持っていますもんね。

酒井 保育って暮らしだから、暮らしをどう作るかっていうところで、すべてのことが関わってくる気がして、どんな才能でも活かしてもらえる。家庭菜園が好きなんだったら、「じゃあ、土作りからどうするか一緒に考えよう」って言って、コンポストを作るとか。興味があることを子どもと一緒にどんどん深めてほしいと思います。与えられた暮らしではなくて一緒に作る暮らしを楽しみたい。そういうのがすごく面白いです。

伊藤 そういう人材と出会っていくことも大事ですね。 

酒井 頑張って出会わなくても、みんな、いろんな才能を持っているんですよ。必要なのは、その人が輝く場所を作り出すことです。地球にとっても自分にとっても良いと思える暮らしと目指される社会を作っていきたいです。

伊藤 ますますいろいろな動きがありそうですね。

酒井 あればいいですね。体力が続く限り頑張りたいと思います。

edit_Mayo Goto
photo_Yuki Katsumura


 

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