【ネタバレあり】「のび太と空の理想郷」の巧みな構成と飛躍気味なメッセージ
SF 作品・ドラえもん映画として整った構成
「のび太と空の理想郷」、めちゃくちゃおもろかった。
この物語は「理想郷」を自称するパラダピアなる社会を舞台としている。
のび太は最序盤には「ダメな自分も労せず優秀になれる場所」ということでパラダピアでの生活に理想を抱いていたが、ドラえもんはSFなのでこのパラダピアは当然ディストピア的である。
パラダピアにはなんと人間の心を奪う洗脳光線が降り注いでいた。
パラダピアで過ごす内に友人たちが洗脳されていく様を見て、のび太はパラダピアをぶっ壊して洗脳を解除しようとするわけだ。
このようにわかりやすい話ながら
のび太の興味や憧れから非日常世界を目指す冒険を始める(起)
非日常世界に到達し、そこでの生活を始める(承)
非日常世界の問題を発見する(転)
問題を解決し日常へ帰還する(結)
というドラえもん映画らしい構成で安心感があった。
更にタイムトラベル SF らしい構成上のギミックも用意されていた上、ゲストキャラとの交流による物語の展開も多く、単発の SF 冒険活劇としても楽しめる良作だったと思う。
描写不足で説明的なメッセージ
一方で、SF・ドラえもん映画としての物語構成に比べて、制作陣の思想的なメッセージについてはあまり整理されていないように感じた。
インタビュー記事内で
と脚本家が述べているので、制作陣の意図するメッセージは「周りの目を気にせずありのままの自分でいて良い。全ての人に良いところがある」といったものだろう。
しかし、物語上は洗脳解除によって「人間の自由意志は奪えない」ことが示されているだけであり、上述のメッセージは示されていないように感じた。
物語終盤の洗脳解除において、のび太の以下のセリフが入るので、これを以てメッセージの表明としたいのだろうとは思う。
しかし、しずか・スネ夫・ジャイアンが洗脳されてしまうという物語構成上彼らの「とっても優しい」「仲間思い」「誰よりも勇敢」なところは描写されなかった。
また個人的な思想として、私は「人間の自由意志は奪えない」ことは「周りの目を気にせずありのままの自分でいて良い」「全ての人に良いところがある」ことを表さないと思う。
「周りの目を気にせずありのままの自分でいて良い」と思えるように日々を全力生きたり「全ての人に良いところがある」つもりで他人の良いところを探したりしようと努めるのは、奪い難い自由意志を礎に何らかの価値観や信念を獲得した結果なので。
物語構成と私個人の思想を踏まえると、制作陣が意図しているメッセージは終盤のセリフで天下り的に説明されており上滑りしているように見えてしまった。
ゲストキャラの魅力も含め総合的に良作
とはいえ、こういう類のメッセージについて SF 冒険活劇で表現する挑戦は良かった。
悪役を打倒する王道冒険活劇っぽさが逆に個性的として際立っていた。
というのも、悪役打倒をしない構成はドラえもん映画内の「ひみつ道具博物館」だったり、近年だとクレヨンしんちゃんの「花の天カス学園」だったりでかなり上手くやってしまっていたので。
また、ゲストキャラの悪役・レイ博士は物語世界から否定された故に生じる魅力があり、かなり好きになった。
こいつは意味不明の理屈で洗脳光線を大量の人間に浴びせて自分の住みやすい社会を作り、その割に自分は顔出しせずなぜか 3 人分のアバターを作って人々と交流する頭の狂ったゴレイヌみたいなジジイでおもしろい。
私のような偏屈な人間はレイ博士に魅力を感じると思うし、ちゃんとした人間はゲストキャラのソーニャの方に魅力を感じるし、ていうかそもそもちゃんとした人はこの映画のメッセージに疑問を持たない。
どちらにせよ多くの人が楽しめる良作だと思うので、是非この映画を多くの人に観てもらいたいと思った。