2024/10/8 袴田さんおめでとう㊗️

この日、畝本直美 検事総長談話

※10月9日に正式に控訴放棄し、無罪判決が確定する。

結論として「控訴断念」に至ったことについては、昨年東京高検検事長時代に東京高裁の再審開始決定に対して「特別抗告断念」を行なったときと同様、英断であると感じる。その限りで畝本さんが組織のトップであることを喜んでよいと思う。

しかし、やはり、その理由はいただけない。

○ 令和5年の東京高裁決定を踏まえた対応

本件について再審開始を決定した令和5年3月の東京高裁決定には、重大な 事実誤認があると考えましたが、憲法違反等刑事訴訟法が定める上告理由が見 当たらない以上、特別抗告を行うことは相当ではないと判断しました。

他方、 改めて関係証拠を精査した結果、被告人が犯人であることの立証は可能であり、 にもかかわらず4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯につき、立証活動を行 わないことは、検察の責務を放棄することになりかねないとの判断の下、静岡 地裁における再審公判では、有罪立証を行うこととしました。そして、袴田さ んが相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことにも配意し、迅速な訴訟遂行に努めるとともに、客観性の高い証拠を中心に据え、主張立証を尽くしてまいりました。

まず、昨年「特別抗告断念」の経緯・背景に触れつつ、今回の再審公判での「有罪立証」については、「被告人が犯人であることの立証は可能」であり、矛盾しないとの自組織の擁護から始まる。しかしその内実は、特別抗告では主張できなかったことを、再審公判では主張できたといっているようなものでもあり、争点の蒸し返し・やり直しが許されていることを端的に示していると思われる。いかに迅速な訴訟遂行に努めたとして、袴田さんに及ぶ不利益を正当化できるほどの理由なんてあるのだろうか。そうすることの理由を、「袴田さんが犯人であることの立証は可能」であり、被害者の犠牲に対する責任と正義の追及のためには、袴田さんには有罪・死刑が相当であると(検察官は死刑求刑した)判断したのだとする。証拠上、袴田さんが犯人であると判断されるから、というのが、袴田さんに何度でも有罪立証と死刑求刑が許される理由だとしているのである。検察官は、控訴断念といいながら、一方で、袴田さんを犯人だと言っているのだ。逆にいいたい。それほどまでに有罪を信じているのであれば、控訴したらいいじゃないか。犠牲者に対する正義の実現を振りかざしながら、これ以上時間をかけるのは忍びないって、検察の無能・無力をさらけだしているだけではないのか。それとも自分たちの主張立証を認めてくれない裁判所が無能・無力だとでもいいたいのだろうか。こんな玉虫色の決着を記録に残すのか。袴田さんにはまっさらな無罪判決がふさわしいと思う。こんな談話なんて出さないでください。むしろただ無言のまま潔く断念します、くらいの方がよかったのではないか。

また、「5点の衣類」に関する「赤み」の問題に関し、「多くの科学者による『赤み』が必ず消失することは科学的に説明できない」という見解等に触れ、十分に検証されていないとする。また、1年以上もみそ漬けした衣類についた血痕は、赤みを失って黒褐色化するものと認められる」と「断定」したことに大きな疑念を抱かざるを得ないとした。証拠の捏造評価にも「強い不満が残る」らしい。

しかしもっと大きな視点で考えるべきだ。そもそも「4名もの尊い命が犠牲となった重大事犯」において、被害者・遺族に対して正義をもたらすべき職責に対し、科学的な捜査を行って十分な検討を加えずに的外れな犯人検挙と非人道的な取り調べ等を行なったのはだれだ。袴田さんの尊い命と人生、時間はどうなるのだ。もう戻ってこないではないか。こんな言葉尻や論理の不完全さ・ほころびをあげつらうような、専門家の自己満足的なテクニカルな議論を重ねて、大局を見失い、不毛な弁を垂れるから、時間だけが過ぎて多くの人の人生が浪費されたのだ。

司法の罪は重い。司法の権力に関わるエリートの罪は重い。

〇 控訴の要否
このように、本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないも のであり、控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容であると思われます。しかし ながら、再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより、袴田さ んが、結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてき たことにも思いを致し、熟慮を重ねた結果、本判決につき検察が控訴し、その 状況が継続することは相当ではないとの判断に至りました。

これは混乱する内容だと思う。先ほどの通り、検察官はなおも自分たちの論理が正しいと主張する構えなのだ。反省がないと言われても仕方がないと思う。「結果として相当な長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきた」という言い方。司法判断における判断が区々になったのはどういう経緯・背景があったからなのか?その過程で検察として判断が関わっているときに、「結果として」そうなってしまったと言って片づけてよいのか。

残ったことは、検察が有罪だと信じる人が無罪放免されたという事実だ。

しかし、他方で、無罪だと信じる多くの人々がいる。

こうした分断は、裁判官が後者を勝たせたからそれでよいのか?

深い深い闇が横たわっていると感じる。また、この検察の狂気にとらえられて人生を狂わせられる人がでてくるだろう。止まないだろう。いまえん罪を晴らすため闘っている人たちにも引き続き重たい扉、高い壁として検察は情け容赦なく権力をふるい、襲い掛かってくるだろう。権力は自制することを知らねばならない。闘いはなおもつづく。。

○ 所感と今後の方針

先にも述べたとおり、袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その 法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、 刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております。 最高検察庁としては、本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだこと などにつき、所要の検証を行いたいと思っております。

この方は、検察を代表して、袴田さんを不安定な地位においたことに対して「申し訳ない」といっているのである。冤罪に対してではない。「検察庁」として、「長時間に及んだこと等」について所要の検証を行いたいとしている。冤罪を起きないようにではないのである。

よくよく今後の議論も注視する必要があるだろうと思う。


ひで子さんへのインタビュー。ひでこさんはそれでもいう。「ありがとう」と。

検察に対しては「特別に思いはない。ほっとしていらっしゃると思う」と話すにとどめたが、再審制度に関する法改正については「私は巌だけが助かれば良いとは思っていない。これからは再審法改正に大いに協力したい」と力を込めた。

「巌、静かに長生きして」 袴田さん姉、区切りに安堵:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

検察もそういうべきではなかったか。
「袴田さん、お姉さん、ご安心ください」と。


NHKのまとめ


ひで子さんへのインタビュー(2023年の特別抗告断念前)


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