お城のお猫さま


*幻
    ある国のお城に、王様から大変かわいがられた「アシュベル」という名前のオスのお猫様がおりました。
目は透き通った緑色、なめらかで艶のある毛はアッシュグレー。
    アシュベルは、宝石がちりばめられたネックレスをして生まれてきました。
でも、生まれてほんの少しの間にネックレスは、アシュベルの首もとでスッと消えてしまいました。
    アシュベルが、宝石のちりばめられたネックレスをつけて生まれてきたことを家臣からお聞きになった 王様は、アシュベルが普通のねこと同じようになんら変わりなく育ち、無邪気に遊ぶ姿をご覧になって
「一向にそのネックレスとやらがアシュベルに出てこぬ。またアシュベルに、特別な才も見られぬ。きっと家臣が私を喜ばそうとして、空言を申したのであろう」と、次第に思うようになられました。
    そして王様は、 王家の家紋が刻印されたベル(鈴)付きの純金製のネックレスをアシュベルの首もとにおかけになられたのでした。

*憧れて…
    アシュベルは毎日毎日、お城の中で遊んでおりました。でもアシュベルはそんなお城での生活が退屈になり、お城の窓から外の景色を眺め
「一度、お城の外の世界を見てみたい」という望みを抱くようになっていたのでした。

    ある暖かなクリスマス・イブの日のことでした。アシュベルがお城の中を歩いていると(リンリンリンリン…鈴の音)、いつになく美味しそうな匂いが漂ってきました。アシュベルはその匂いのする方へ足を向けると(リンリンリンリン…)そこは厨房で、ドアは半開きの状態でした。
    アシュベルはそのドアごしに厨房をそぉーっと覗くと、料理人たちが今夜のクリスマスパーティーのごちそう作りの準備に大忙しの様子でした。

「八百屋でーす!果物お届けにまいりました~」と、厨房の奥のドアが開いて、八百屋さんが太陽の光とともに厨房に入ってきました。
アシュベルは
「あっ!あの奥のドアから外に出られるかも」と、思いました。
アシュベルはお城の外の世界を見たい一心で、太陽の光が射し込む奥のドアに向かって走り出しました。
(リリリリンリリリリン…リリン…リンリン)
「キャーッ、ネコよ!!」
「なんでネコがここにいるんだ!」
料理人たちは驚きました。
「あれは、アシュベル様だ!」と料理人の一人が気づき、
料理長は
「みんな!アシュベル様にお怪我をさせないようお捕まえするんだ!!」と料理人たちに言いつけました。
アシュベルは料理人たちの間を逃げ回りました。(リリリリ、リリリリ、リリン、リリ…)
「わっ!そっちに行かれた!」
「あっ!あっちだ!奥のドアを閉めて!」
「全く、アシュベル様はスバシッコイ!」
(リンリンリリン、リリリリリリ、リリン…)
料理人たちは右往左往。
アシュベルは、料理人たちを手こずらせながら厨房の外へと出ることができました。
(リリリ、リリン、リリリリ、リンリン…)

    アシュベルはお城の門近くまで走りました。門の所には門番兵たちがいて、お城の門は閉じたままでした。アシュベルは、門からほど無い所にある背の低い木に身を潜めて様子をうかがおうとしていると、急に門の扉が開かれました。お役人が馬に乗って、お城に来られたのでした。
「お城の外に出られるチャンスだ!」と、アシュベルは思いました。
「アシュベル様!お待ちをー!」
「お待ちくださーい!アシュベルさまー!」
「そのお猫様、つかまえてー!」と、
お城の家来たちがだんだん近づいてきたので
アシュベルは、お役人や門番兵たちが唖然とするほどの物凄い勢いでお城の門を走り出たのでした。
(リリリリリリン、リンリン、リリン…)

    お城を出たアシュベルは、追ってくるお城の家来たちの目をくらましながら、民家やお店が建ち並ぶ街まで逃げ走り続けました。
(リンリンリンリン、リリン、リンリン…)

    やっとの思いで街に着いたアシュベルは、
追ってきていたお城の家来たちの姿や声が無いことを知ると
「うん?いない…な。やったー!お城の外の世界にやってきたぞ!!」と大喜びし、これから独りでお城の外の世界を見聞きすることに胸が高鳴るのでした。

*はじめてのひとり歩き
    アシュベルは、クリスマスムードの街中を見て歩きました。
(リンリンリン…リンリン……)
    街中の賑わいはもちろん、とても大きく綺麗なクリスマスツリー、サンタクロースの格好をした人、お店屋さん、ショーウィンドウやビルなど、初めて目にするアシュベルに驚きと楽しさを与えるのでした。

    しばらく歩いていると
「あっ、ねこちゃんだ」
アシュベルは、ピンクのコートを着た小さな女の子に出会いました。
アシュベルが歩みを止めると、女の子はアシュベルに駆け寄ってしゃがみこみ
「ねーこちゃん、ねーこちゃん」と言って、アシュベルを撫でて可愛がりました。
アシュベルも小さな女の子を見て
『可愛らしい人間の子どもだなぁ』と思いながら
「ニャ~ン、ニャ~ン」と、やさしく返事をしました。
女の子は
「ねぇ、ママ。このねこちゃん、おうちにつれてってもい~い?」と言うと、女の子の側にいた母親はアシュベルを一瞥して
「だめよ!このねこちゃんは、ネックレスをしているから、よそのおうちのねこちゃんなの。つれてはいかれないの。さっ、帰るわよ!」と言って、女の子の母親は女の子の手をグイと引っ張り、急いでアシュベルの前から去っていきました。

『もう少し、あの小さな女の子と一緒にいたかったなぁ』と、名残惜さとひとときのふれあいでの温もりがアシュベルの心の中に残りました。


*出会い
   アシュベルは母親に連れられた小さな女の子の後ろ姿を見送ると、また歩き出しました。
(リンリンリンリン……リンリン)
「グ~ッ」アシュベルのおなかが鳴りました。
「おなかが空いたなぁ。何か食べたいなぁ」
いつもはアシュベルのおなかが空いた頃になると、お城の家来たちがアシュベルに食事を運んでくるのでした。
アシュベルは
「いったい、どこで食べればいいんだ?」
そう思いながら歩いていると、ポーンとアシュベルの前に小ぶりの尾頭付きのお魚が飛んできました。
アシュベルは立ち止まり、お魚が飛んできた方向を見ました。
「その魚、食べな」と、にっこり顔のお魚屋のおじさん。
アシュベルはお魚屋さんの前にいました。
お魚屋のおじさんが、アシュベルにお魚をくれたのでした。
アシュベルは、尾頭付きの魚を見たのは初めて。
「これ、どうやって食べるんだ?」と思いながら、少しだけお魚に鼻を近づけましたが食べようとしませんでした。

  「その魚、いただきっ!」
突然アシュベルの前に、アシュベルに似ている一匹のネコが現れました。
アシュベルに似ているネコは、すばやくお魚を口にくわえて、民家がある方へと走っていきました。
    アシュベルは、お魚をとられたことよりも、自分に似ているネコにビックリ。
    アシュベルはそのネコに興味を引かれ、後を追いかけました。
(リンリンリリンリンリリリリン…)
     アシュベルは
「まって、まって、まってくれー!そこのネコさ~ん」
「ぼくに、お魚の食べ方を教えてくれないか~」と、自分に似ているネコに向かって大きな声で呼び止めました。
    アシュベルに似ているネコは立ち止まって振り返り、お魚を地面に置いて
「魚の食べ方って…食い方のこ・と……か?」
アシュベルに似ているネコは、少し拍子抜け
した言い方をしました。
 アシュベルが頷くと
「そんなのおやすいご用さ!でもお前、食い方を知りたいって何者なんだ?」
「俺と似ているし、どこから来たんだ?」
「俺、こう見えても元は貴族のお屋敷で飼われていたんだぜっ。でも、ご主人様が代替わりしてから、追い出されてしまったのさっ」
「お前もこんな感じなのか?」と、アシュベルに似ているネコはいろいろと話してきました。
でもアシュベルは黙っていました。
「まぁ、いいさ」
アシュベルに似ている元貴族のネコは、それ以上アシュベルに訊いてきませんでした。
そして
「魚の食い方を教えてやるよ」と言い、
「自分の好きなところから食べていいんだぜぇ」
「魚の骨には気をつけろよ!ささると痛いからな」と、元貴族のネコは、魚を食べながら魚の食べ方を教えました。
    元貴族のネコは、あまりにもおいしそうにお魚を食べるので、アシュベルもそのお魚が食べたくなりました。
でも元貴族のネコは、アシュベルに一口もくれようとしないでペロリとお魚をたいらげてしまいました。
    元貴族のネコはアシュベルに
「くれた食い物は、早く食うに限る。あーっ、うまかったー。ごちそうさまー 」と言って口舐めずりすると
「昼も過ぎたことだし、お前も早くウチに帰るか、今夜の寝場所を見つけることだな。
じゃーな!」と告げて、機敏な動きでどこかに行ってしまいました。
    アシュベルの前に、お魚の骨を残して……。


*冷たい風
    アシュベルは空腹をかかえたまま、近くの民家の軒下でひと休みをしました。
アシュベルはそこで食べ物や今夜の寝るところのことなど考えていると、眠気がさしてきていつの間にか眠り込んでしまいました。

        アシュベルが肌寒さを感じて起きると、あたりは夕暮れになっていました。
     アシュベルはハッとして、食べ物と寝場所を探し始めました。
(リンリンリンリン………リンリン……)
     今日はクリスマス・イブ。
     夕方の通りを行き交う人は、アシュベルに知らん顔。
     家々からは、夕飯の匂いがしていました。
(リンリンリンリン…リンリンリン…リン)
     あたりは薄暗くなり、街灯がともりました。
     食べ物と寝場所はなかなか見つかりませんでした。
(リンリンリンリンリン…リンリン…リン)

    アシュベルがある家の前を通りすぎようとすると、家の中から家族の笑い声と陽気なクリスマスソングが聞こえ、窓辺のポインセチアの赤い花も家族と一緒になって楽しんでいるようでした。
「今ごろお城にいたら、僕だって楽しいクリスマスを過ごせたのに…」
アシュベルは冬の冷たい風を感じながら、ポインセチアの花が羨ましくそして、侘しい気持ちに駆られるのでした。
    (リン…リンリン…リン…リリン…リン)


*自分って…
    探し疲れ、寒く空腹のアシュベルは街の公園の街灯の下に佇みました。
     「もう、お城に帰ろうかな……」
アシュベルは食べ物と寝場所を探せないことで弱気になり、つい呟きました。
   でもアシュベルはその呟きで、辛いことから逃避しようとする自分に気づきました。
アシュベルは
    「今ここで辛いことを放ってお城に帰ったら楽になるかもしれないが、心の中では辛かったことがいつまでも蟠るばかりだ。辛いことがある時こそ自分の持てるさまざまな力を引き出して取り組んでいけば、必ず解決できるんじゃないのかなぁ。今の懸命な行動が未来の自分を作るんだ!」と思ったのでした。
    アシュベルは
    「もう少しばかり、歩いて探してみよう。そうだ!お昼にお魚をくれたお魚屋さんへ行ってみよう。」と心持ちを新たにして、再び歩き出しました。
(リンリンリンリン…リリリリリンリン…)

    期待を寄せていたお魚屋さんは、アシュベルが着いた時には既に閉まっていました。
    アシュベルは、今度は弱音を吐くこともなく、寒さを防げそうな所はないかとお魚屋さんの周りをつぶさに見て回りました。
「あっ!これなんかはどうだろう。案外、寒さを凌げるんじゃないのかなぁ」とアシュベルが見つけたのは、体が丁度入るくらいの大きさの段ボール箱でした。
   アシュベルはその段ボール箱の中に入ってみると
「これだったら、多少の寒さなんかへっちゃらだ。今夜はここで寝よう!」と、探していた寝場所が決まり心嬉しくなりました。
そしてアシュベルは
「次はこの近くで食べ物を探してみよう!」と勢い込み、空腹の辛さと闘いながら歩き出したのでした。


*再会
    「おーい。おーい。」と、誰かが呼ぶ声がアシュベルの耳に聞こえてきました。
アシュベルは声がする方へ見やると、昼に出会った元貴族のネコが走り寄ってきました。「お前まだここに…?」
元貴族のネコが訊くとアシュベルは
「今までいろいろな所を歩いてやっと寝場所を見つけることができたけど、食べ物はまだなんだ……」
元貴族のネコは
「そうだったのか…。昼は俺ばかり食ってしまってごめん……。よし、昼の魚のお礼だ。俺についてこい」と言って、アシュベルをレストラン街の裏に連れて行きました。
それぞれのレストランの裏には、捨てられた食べ物が入っている袋が幾つもありました。
「今日はクリスマス・イブだから、一段と旨い料理にありつけるぜぇ」
元貴族のネコは、捨てられた食べ物が入っている袋を口や爪で引き裂いて見つけ出した肉や魚また、顔見知りのコックの見習いから貰ったチーズやフルーツなどをアシュベルの前に置いてくれました。
「これ旨いぞきっと。食べてみろ」
「これなんかもどうだ」
「こういうのもあるぞ。食べるか?」
「クリスマス・イブの夜を二匹で楽しもうぜぇ!」
    元貴族のネコは昼とは打って変わって、アシュベルが外の世界で初めて知った辛さを察してアシュベルに優しく接してくれました。
    元貴族のネコの思い遣りは、アシュベルの心に沁みたのでした。

   しばらく二匹でクリスマス・イブの夜を楽しんでいると、小雪が舞い降りてきました。
   元貴族のネコはアシュベルに
「そろそろ帰ろうぜぇ。今晩は俺のところに来いよ!まだ話もしていたいし…」
そして
「この道路の向こうに、ちょっと用事があるんだ。すぐ戻ってくるからここで待ってろよ」と言って、元貴族のネコは車のヘッドライトが交錯する車道に飛び出していきました。

「ドンッ!!」
元貴族のネコは、車にはね飛ばされてしまったのでした。
元貴族のネコをはね飛ばした車は、止まることなくそのまま走って行きました。
「おい!!大丈夫かー!!」
アシュベルは走行する車を避けながら、向こう側の道端に横たわる元貴族のネコに駆け寄りました。
(リリリリリン…リン…リリリリ…リンリン)
アシュベルは
「おい!!しっかりしろ!!」と声をかけると、
息も絶え絶えに元貴族のネコは
「お前と出逢えて…良かった…。以前の自分に戻れた気が……した。いい…クリスマスイブ…だった……」と言い残し、死んでしまいました。
   「こんなことになるなんて………。いい友だちを喪ってしまった…………」
    アシュベルは元貴族のネコの死を悼み、芽生えたばかりの友情を心の奥に大切にしまっておこうと思いました。     
そしてアシュベルは、元貴族のネコが野良ネコに身を落とし悲哀をあじわって生きてきたことを思うと切なくなり、一層哀しくなりました。
「ぼくに寄り添ってくれてありがとう……」
アシュベルは、元貴族のネコにそっとお別れのキスをしたのでした。

    アシュベルは元貴族のネコの死を哀しみながら独りしょんぼり、雪が降る中トボトボと歩きました。


*灯り
    雪は止むことなく降り続き、一段と冷え込んできました。
  「あれっ?!ここはどこだ?それにベルの音がしない」
アシュベルは元貴族のネコの死を哀しむあまり道に迷い、ベル付きのネックレスを失くしたことにも気づかなかったのでした。
「どう行ったら寝場所があるお魚屋さんへ行けるかなぁ?そしてネックレスはどこで落としたんだろう?」
    アシュベルは周りを見渡しましたが、雪が降りしきりお魚屋さんへ行く道が思うように見えなくまた、ベル付きのネックレスも見えませんでした。
「どうしよう………」
アシュベルはふと、自分を守ってくれていたお城から見離されたような予感がしました。

  「バタンッ!」
ドアを閉める音に、アシュベルは顔を上げました。
    アシュベルは、三階建ての建物が三棟コの字型に並ぶ団地の前にいました。
   団地の各棟には、数件のお家の灯りしかついていませんでした。
「そうだ!今さっき音がしたお家に行ってみよう」
アシュベルは直感的にそう思いました。

     アシュベルは、ドアの閉める音がしたお家がある建物の方へ向かいました。
    
     建物の中は薄明るく狭い階段があり、  アシュベルはその階段を昇り三階へ。
    アシュベルのなめらかで艶のあった毛は、雪と汗で濡れていました。
    アシュベルは三階の通路を通り、ドアの音がしたお家の前にようやくたどり着きました。
    お家の玄関ドアにはクリスマスリースが飾られ、外灯がついていました。
そして外灯の下では、黄色いプリムラの花たちがまだ起きていました。
  「あら、こんな夜にどうされたのですか?」
プリムラの花たちは、初めて見るアシュベルに不思議そうに聞きました。
アシュベルは少し言いにくそうに
「よかったら、今晩このお家に泊めてもらえないかと思って…」と話しました。
「それだったら大丈夫だと思うわ」
(そうそう、だいじょうぶ。ダイジョウブ)
「このお家のおじいさんとおばあさん、とっても優しいんだよ」
(そうそう、やさしい。ヤサシイ)
プリムラの花たちは、アシュベルがこのお家に泊まることを歓迎しているようでした。
    「クションッ!」
アシュベルはとても寒くなり、くしゃみをしました。
「さっ早く、おじいさんとおばあさんを呼んでお家の中に入れてもらわないと、風邪をひくわよ。早く、早く」
プリムラの花たちは、アシュベルを急かしました。
    アシュベルは最初照れくさがって
「ニャン」と、小さな声で鳴きました。
プリムラの花たちは
「声が小さい。そんなのじゃ、おじいさんとおばあさんに聞こえないわよ。もっと大きな声で」
アシュベルは、今度は幾分大きな声で鳴いてみました。
「ニャーン、ニャーン」
プリムラの花たちはアシュベルに、
「もっともっと大きな声でそして、続けて鳴くのよ」と薦めました。
アシュベルは、プリムラの花たちに言われたとおりに鳴きました。

    すると、お家のドアが開いて中からおじいさんが出てきたのでした。
アシュベルは、おじいさんを仰ぎ見ました。
おじいさんはアシュベルに
「おー、可哀想に…。毛が濡れて寒くて震えているじゃないか…。さっ、中にお入り。」
そう言って、ドアを大きく開けてくれました。
    アシュベルはプリムラの花たちに
「ありがとう。プリムラさんたちのお蔭だ」
とお礼を言って、お家の中に入りました。
    お家の中は暖かく、ポカポカでした。
    おじいさんは、雪と汗で濡れたアシュベルをタオルで拭いてくれました。
   
「お前は飼いねこだな…。きっと」
「逃げてきたのかい?それとも、道に迷ったのかい?」と、おじいさんが「ニャ~」としか言わないアシュベルに話しかけていると
  、「さぁ、おあがり」とおばあさんがアシュベルに、ほんのり温かい鶏肉入りのリゾットを出してくれたのでした。
    アシュベルは暖かいお家で、おじいさんとおばあさんの優しさにつつまれながらご飯を食べられることに幸せを感じました。


*迷いねこ
    クリスマスの翌日、おじいさんはアシュベルを抱いて、近くの交番に迷いねこ届けを出しに行きました。
     お巡りさんはアシュベルを見ながら
「目の色は緑色、毛色はアッシュグレー、オスのねこ」と言いながら記録簿に書き込み、
「このねこ、王様のお猫さまと似ていますね」と、おじいさんに言いました。
そしてお巡りさんは
「実は、王様のお猫さまがおとといのクリスマス・イブの日お城を抜け出され、街の道路で車にはねられてお亡くなりになったんです。切れたお猫さまのネックレスが、横たわったお猫さまから少し離れた所にあったらしくて……よっぽど車の衝撃が強かったんだと言われているんです。明日、お城でお猫さまの葬儀が行われるそうなんです」と話しました。
    アシュベルはお巡りさんの話を聞いて、自分のベル付きのネックレスが事故が起こった場所にあったことはわかりましたが、明日自分の葬儀があることにはとても驚きました。
『ぼくはまだ生きているのに、明日葬儀だなんて………』
    アシュベルは今からお城へ帰ろうと思いましたが、お城の門前で王様の猫である自分を知らない門番兵に追い払われるだけだと考え、思いとどまりました。
「もう、あの慈愛に満ちた王様にはお逢いできないんだ…………」
アシュベルは、身勝手な行動をとってしまったことをとても後悔したのでした。


*チェンジ
    アシュベルは、おじいさんとおばあさんのお家で暮らすようになって数ヶ月。
    おじいさんとおばあさんは、アシュベルがクリスマス・イブの日に現れたことから
「アシュベルは、ねこのサンタクロースだ」と言って、アシュベルを「ニャンタ」と名づけました。
    ニャンタは、この団地に住んでいる人たちのお家を訪れるのが日課になっていました。
    ニャンタのすることといえば、お家の人の話をジィーッと聴いたり、お手をしたり、ネコジャラシで遊んでもらったり、抱っこされたり、お家の人と一緒にひなたぼっこ。
そんなニャンタの何気ない行いが、皆を笑顔にしました。
     ニャンタは、皆の笑顔を見ることが楽しみになっていました。


*本当の春は…
   ニャンタが団地に来て初めて迎えた春のある日のことでした。
   ニャンタは、少し暖かくなってきた外を散歩していました。
   「ニャンタさん、ニャンタさん、すみません」
誰かがニャンタを呼び止めました。
   「誰だい?呼んだのは…」と、ニャンタが言うと、
   「わたしです。花壇の…」
ニャンタは花壇の方を見ると、団地の花壇のバラの木がニャンタを呼んでいたのでした。
花壇は荒れて、元気のないバラの木が何本もありました。
   「どうしたの?」と、ニャンタは自分を呼び止めたバラの木に近づて聞きました。
バラの木は
「実のところ、私たちのどがカラカラなんです。どうか、お水をいただけませんか…。死んでしまいそうなんです。」と話すと、
ニャンタは
「待ってて。今、おじいさんを呼んでくるから」と言って、すぐさまおじいさんを呼びに行き連れて来ました。
    ニャンタはバラの木の傍に行き、おじいさんの顔を見上げながら
『水をバラの木にあげてください』といわんばかりにバラの木に寄り添って
「ニャー、ニャー」と鳴きました。
「水をバラの木にあげてくれということだな」と、おじいさんはわかった様子でバラの木々たちに水やりをしました。

    おじいさんはニャンタに
「ニャンタ、この団地はとても古くなってきていて、5年後には取り壊しになるんだよ。この花壇だってそうさ。今、この団地に住んでいる人たちは皆、この5年の間にここから出て行かなければならないんだよ。だから、こんなふうに水やりをしても何にもならないんじゃないのかなぁ」と言いました。
   ニャンタは、そんなおじいさんの話などお構いなしに、次の日も又次の日もおじいさんを花壇のバラの木の水やりにひっぱり出したのでした。

    そしてそうこうしている内に、バラの木々たちは元気を取り戻し始めました。
    おじいさんは、バラの木々たちを育てることが楽しくなり
「もうちょっと、水の吸い上げを良くしてあげなきゃなぁ」と言っては、草とりを。
「今度はバラの木々たちの形を美しくしてあげよう」と言っては、バラの木々たちを剪定して肥料を与えるのでした。
    花壇のバラの木々たちは、おじいさんが手をかければかけるほどより一層生き生きとしていき、そしていくつもの可憐な赤いバラの花、白いバラの花を咲かせました。
    団地の人たちは、可憐に咲く数多くのバラの花に目を細め、口々におじいさんのバラの育て方を称えたのでした。
    おじいさんは以前ニャンタに、この団地が数年先に取り壊しになるため、団地の花壇のバラの木々たちに水やりをしても無駄になると言ったことを思い出し、当時枯れがかっていたバラの木々たちの命を軽視していた自分を恥じ入りました。
    おじいさんの心は、ニャンタの些細なはたらきかけで変わっていきました。


*噂に引かれて
    ニャンタが団地に来て三年の年月が過ぎ、バラは花壇だけではなく団地全体を囲むように色々な種類のバラが植えられ、バラの手入れを手伝ってくれる人が二人ほどいました。
    あと一年半で取り壊される団地にもかかわらず、バラの花が咲く時期になると団地はバラの花で美しく豊かに輝きました。
   団地のバラの花のことは町の噂になりまた、バラを蘇らせる切っ掛けをつくったニャンタのことまで噂にのぼり、バラの花とニャンタは町の人々から愛され、親しまれているようでした。
   そして、団地のレトロな雰囲気が気に入ってこの団地に住みたいと希望する人たちが増えたため、町で団地の修繕が行われ団地の取り壊しはなくなったのでした。

    これらのことは王様のお耳にまで届きました。
    王様はアシュベルの葬儀以降、お元気をなくされておられましたが、久々にお元気そうな張りのあるお声で
「団地のバラの花とニャンタというネコを一度、見てみたいものじゃ」とおっしゃいました。   
    家来たちはさっそく王様を団地へご案内しました。
    王様はお車からお降りになると、団地のバラの花を見物しに来ていた人たちは慌てて、道端へ寄り頭を下げました。
    王様はバラの花をご覧になり
「おーっ!なんと芳しく美しいのだろう。どのバラの花もお城に持って帰りたいものじゃ」と愛でられました。
    団地のバラの花はどれもこれも見事に美しく咲き誇り、バラの香りが馥郁としていました。
    王様がバラの花をご観賞されながらお歩きになっていらっしゃると、人だかりがありました。
「皆、何をしているのじゃ?」と王様がおっしゃると、人だかりは二つに割れ一匹のネコの姿が…。
王様は
「おーっ!アシュ……いや、お前がニャンタと申すネコじゃな…。わたしが飼っていたネコにそっくりじゃ。さぁ、こちらへおいで」とおっしゃり、両手をお広げになられました。
   「王様だ!!」
ニャンタは、王様に再びお逢いできたことをまるで夢でも見ているような感じになりました。
    ニャンタは喜びで尻尾をピンと上げ、王様の前へと進んで行きました。
すると、ニャンタの首もとが急に仄青く怪しく光り出しそして、徐々に輝きを増しながらラピスラズリやアメシストなどの宝石が鏤められたネックレスが現れたのでした。
    ご覧になられた王様はハッとなさり
「お前は、アシュベルではないか!!
宝石を鏤めたネックレスをして生まれていたという話しは誠だったのじゃ。
消えていたネックレスが遂に現れたぞ。
生きていた!わたしのアシュベル!!」と驚喜なさり、アシュベルを強くお抱きしめになりました。
    ニャンタはアシュベルに戻って
『再び王様にお逢いすることが叶うなんて、これは奇跡だ…』と、王様の腕の中で喜びに浸りました。
    
「王様バンザーイ!アシュベル様バンザーイ!」
周りから歓声が湧き上がりました。


*時を知って
   王様は
「さぁ、アシュベル!お城へ帰ろうぞ!
以前のようにわたしの傍に居ておくれ」とおっしゃると、アシュベルに戻ったニャンタは王様の腕の中を抜け、おじいさんとおばあさんのもとへ行き離れようとしませんでした。
    おじいさんはニャンタの前へ膝をつき、ニャンタの前足を優しく手に取り
「ニャンタ、私たちは十分お前に幸せにしてもらった。私たちのことはもう心配いらないから、王様とご一緒にお城にお帰りなさい。いつまでも王様のお傍に……。さっ、お行き…………」と目にうっすらと涙を浮かべ、ニャンタにお別れの時を告げたのでした。
    ニャンタは別れを惜しみ
「にゃ~」と寂しくひと声鳴きました。

    そしてニャンタは、王様と共にお車に乗り込むと、開いていた窓から車内にそよ風が入ってきて
「ニャンタさん、ありがとう」
「わたしたちみんな、あなたのこと忘れないわ」とバラの木々たちの声がニャンタの耳に聞こえてきました。
「あっ、バラの木々さんたちだ!」
ニャンタの耳はピクピクッと動き、ニャンタにバラの木々たちとの思い出をはじめ、おじいさんやおばあさんとの思い出、団地の人たちとの思い出、町の人たちとふれあったことなど数多くの懐かしい思い出がよぎりました。

    ニャンタは窓の外を見ると、たくさんの人たちが見送りをしてくれていました。
    ニャンタは心の中で
「みなさん、これまでありがとう………。
さようなら………」と、皆に感謝と別れを告げ
「さようなら、ニャンタ………」と、ニャンタだった自分に別れを告げました。

    お車はゆっくりと動き出し、バラの花びらが舞う中をお城に向かって行かれたのでした。

                                                                   終り

  

                                                                   
                                                     
    
    

    
  
   
   

   








    
    

       




    






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