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【小説/未完】大阪バイオハザード

こんばんは、ヨルノです
昨夜から親知らずの痛み止めに飲んだ薬の副作用で体がちょっとしんどいんですが、食欲と創作欲はあるので記事書きます……カクヨムで今連載中の作品なんですがしばらく更新止まってるので修正入れながら書こうと思います。では、本編をどうぞ

ルビなどは()で、強調したいところは《》を使っています

執筆中に描いたスケッチ(3月15日追加)

執筆前に描いた絵

大阪バイオハザード(本編) 1日目-土曜日/2日目-日曜日/3日目-月曜日

①1日目-土曜日
なんでもないような毎日が、ある日突然非日常に変わる……大量発生した《ゾンビ》によって

「……動かないでください、今傷口拭きますから」

ネオンカラーの照明が照らすバーのような雰囲気の部屋の中。白い前髪を左目を隠すように長く伸ばした男が、目の前に俯《うつむ》いて丸椅子に座っているパステルカラーのパーカー姿の少女に声をかける。市松模様のハンカチを穿いている黒のスラックスのポケットから取り出して水で濡らし、それを上半身のみパーカーを脱がせた少女の肩にくっきりとついた《《歯形》》の上から押しつけた。

「い……たい」

男がハンカチを押しつけた瞬間、少女がぶるっと身を震わせた。弱々しい声がもれる。傷口につけられた歯形は切られたかまぼこのような形で赤く腫れ上がっていて痛々しい。

「ほら動かない、動くともっと痛むよ」

ハンカチで傷を押さえたまま、少女の肩を動かないように男が空いているほうの手で上から強めに押して椅子に固定させる。さらに男は周囲にある棚や引き出しの中から消毒液、脱脂綿、ピンセット、大きめの絆創膏を取り出してきて手際よく傷の処置を終わらせた。

「ふう。あとは病院に任せましょう……ってもう夜ですけど僕開いているところ知ってますから」
「あ……ありがとう、ございます。助かりました」

男は少女のお礼の言葉を聞きながら、後ろから顔の前にかかってくる白髪をうっとおしそうに掻き上げる。一瞬だけ覗いた右目のあたりは特に傷などがあるわけではなかったが、小さな薔薇のタトゥー(刺青)があった。よく見ると彼の着ているサーモンピンクのシャツの捲った袖から見えている腕にもタトゥーがある。

「いやー……それにしても災難でしたね。まさかあのテーマパークに《本物のゾンビ》がいたなんて、誰も予想できませんよ」
「で、ですよね。私も……びっくりしました」

少女は傷の処置のため男に脱がされていたパーカーを再び着直してから立ち上がる。男のほうはすでに店の入り口のドアに手をかけており、少女が来るのを待っていた。

さて。なぜ彼らはこのような状況になっているのかを説明するため、ここで少し時間を巻き戻してみよう。

4時間ほど前ーー大阪市内の有名テーマパーク・通称USJにて

季節は秋、10月も半ばにさしかかろうかという時期。このテーマパークでは季節に合わせたイベントを行なっており、今はちょうどハロウィンシーズンになっていた。
今年で大学1年生の平坂ひろ子は週末の休みを使い、家の近くにあるテーマパークへ遊びに来ていた……たった一人で。なぜか。それはたんに一緒に遊ぶような仲の良い友だちがいなかったから。

「寒っ」

ひろ子は巻いていたチェック柄のマフラーで口のあたりを覆う。吐いた息が白く煙のように残る。手袋もしているがとにかく寒いのですぐにでもこの場から去りたかった。上着のポケットからスマートフォンを取り出して現在時刻を確認する。午後5時30分……あと5分ほどで始まる時間だ。

(やっぱりこのまま帰ろうかな。 怖いの苦手だし)

本当はこの後始まるパーク内で行われるハロウィン限定のショーを見てから帰るつもりだったのだが、今になって怖くなってしまったのだ。自宅には今から帰ると電話しておこう。ショーを待つ人の列に圧倒されながら、ひろ子は着ているパーカーの裾ポケットからスマホを取り出すと自宅の電話番号にかける。

『あ、もしもしお母さん?今からUSJから帰るから。え?うん、うん……じゃあね
夕ご飯楽しみにしてる』

弾んだ声で通話を切ったひろ子は裾ポケットにスマホを戻して顔を上げたーーいつの間にか人がさらに増え、壁に厚みが増している。並んだ人々の間から時おり聞こえてくるはしゃいだ声や動画撮影をしている姿から、すでにショーが始まったことを知る。

(ーーせっかくだし、このまま見ていこう)

それから数十分後。ひろ子は周囲の人たちの熱気と歓声に気圧《けお》されてクタクタになっていた。もうダメだ、早く家に帰ろう。母の作る今夜の夕ご飯のメニューはなんだろうかと疲れた頭が勝手に想像を始める。

(今日の夕ご飯、オムライスが食べたいな……外側がふわふわで半熟のやつ。よし、帰ろう)

脳裏に浮かんできたオムライスのイメージに思わず口の中に唾液がたまってきたので慌てて飲み込み、ひろ子はテーマパークの出入り口のゲートへ向かって歩き出した。



「良かったですね。どこにも異常がなくて」

男に連れられて行った夜間でも診療を行なっている医院で肩の傷を診てもらった。穏やかそうな顔の医師はひろ子の肩へ貼られた正方形の絆創膏をはがして傷を見てから、いくつか質問をし「怪我をされてからの処置が早かったので問題ないと思います」と言った。その後、念のためと消毒液を塗られ再び新しい絆創膏を貼られた。

「もし何か不安なことや体に異常を感じたらうちに電話してください」
「あ……はい。あの、ありがとうございました!」

会計を済ませ、自動ドアから外へ出ると冷たい風に思わずくしゃみが出た。隣にいる男も着ている黒いコートの襟を立てている。手袋をしていない両手の指先が赤くなってきており、寒そうだ。

「あ、あの。手当ありがとうございました……えっと」

お礼を言ったのはいいが、相手の名前をまだ聞いてなかったことを思い出したひろ子は言葉に詰まってしまう。男はそんなひろ子の様子を見て「安達和美《あだちかずみ》。なんなら和美で結構ですよ」と助け舟を出す。

「か•ず•みさん……ですね。ありがとうございます。じゃあ私このまま家に帰ります。親が心配するので」
「ええ、ひろ子さんも道中お気をつけて」

男ーー安達和美はひろ子にそう言って小さく片手を振る。ひろ子も手を振り返してその場で別れた。

②2日目-日曜日
その翌朝。キッチンで朝食を食べながらなんとなくテレビ画面のニュースを見ていたひろ子は思わず目を見開き、手に持っていたスライスチーズを乗せたトーストを皿の上に落とした。

緊急速報:大阪市内にゾンビが大量発生⁈

今日は日曜日だが、両親は朝から二人とも仕事に出かけていて家には今ひろ子しかいない。試しに自分の頬をつねってみた。痛い、これは現実だ。そんな時、どこからか携帯電話の着信音が鳴った。
ひろ子は席を立ち、着信音の出どころを探す。音はテーブルの隅に置かれた中型のリュックサックの中からしていた。ひろ子が昨日、テーマパークへ出かける際に持って行ったものだ。

「ーーーーもしもし?」

おそるおそるひろ子が通話ボタンを押して電話に出ると、聞き慣れた声がする。

『もしもし?安達ですけど。ひろ子さん今朝のテレビのニュース見ました?』

それは昨日テーマパークの帰りに出会った白髪の男・安達和美からだった。

「ああ……よかった。知らない電話番号からだったので出るか迷ってしまって。昨日はありがとうございました」
『別に構いませんよ。あ、そうだ。今から会いませんか?』

電話口の安達の声が少し焦っているように感じたのでひろ子は「はい」とだけ答える。

『ありがとう、じゃあ……今から純喫茶アメリカンまで来れるかな?場所は調べればわかるから』



安達に指定された純喫茶アメリカンはひろ子の家からかなり離れた場所にあったため、自分のスマートフォンのマップ機能なしではたどり着けなかっただろう。入口のドアを押し開けて中に入ると黄色い大理石のような壁や花びらを逆さまにしたかのような照明が目に入り、奥のテーブルに安達が座っているのが見えた。
見知った顔に「安達さん!」と思わず声を出しそうになったが店内に客が数人いたのでぐっと堪えた。

「こんにちは。随分遅くなったね、もしかして道に迷ったりした?」
「あ、はい。私、方向音痴なので。それで……何の用ですか?」

ひろ子がそう質問するなり、安達は何かを気にするように素早く視線を店内に走らせ「……さすがにいないか」と呟いた。

「え、どうかしたんですか?」
「ああ……実はねこの店に来る道中に変な連中に後つけられたのよ」
「変な連中?」

ふと、ひろ子の頭に昨日自分の肩を噛んだゾンビの姿が浮かぶ。寒気がした。

「も、もしかして……ゾンビですか。昨日みたいな」
「いいえ違うわ、黒スーツでサングラスのメン・イン・●ラックみたいな二人組よ」

安達が首を振った。それを聞いたひろ子は胸をなでおろす。

「ぴったりつけられてたから、この店にもいるんじゃないかって思ってさっきから警戒してるんだけどーー心配なさそうね」
「これでゆっくり話ができるわ」

安達は両手の指先を組んでテーブルに乗せる。

「あ、あの……」
「ん、なあに?」

ひろ子は先ほどから気になっていたことを指摘してみた。安達が不思議そうな表情でひろ子を見る。

「和美さんってもしかしてーーーー《《オネエ》》ですか?」
「え」

安達が間の抜けた声を出して「今さら何、気づかなかったの?」と言って小さくため息をついた。

「は、はい。だって……その、昨日会った時は口調が普通でしたし」
「あっだからって嫌ってわけじゃないんです。なんか……その、気を悪くされたらごめんなさい!」

一気にそこまで言い切ってからひろ子は顔を伏せた。頬と耳のあたりが火照って熱い。

「別にいいわ、アタシは気にしてないから。それよか今朝のニュースについて話をーーーー」

安達がそこまで言ったあたりで店の外からドンッという何かがぶつかるような音が数回した。ひろ子はびくっと体をこわばらせる。安達もドアのほうを注視した。再びぶつかる鈍い音がする。店の中にいた客も一体何事かとドアのほうを見ている。

「…………ひろ子、今すぐテーブルの下に隠れなさい」
「え?どうしてですか」
「いいから、さっさと隠れる‼︎」
「はっ、はい!」

その直後。店のドアが外から勢いよく開き、何かが群れになって雪崩れこんできた。店内のあちこちで悲鳴が上がる。照明が照らし出したのは……肌が青白く変色し、口のまわりが血でべったりと汚れたまさしく《《ゾンビとしか言いようのないもの》》だった。

(あれ、例のゾンビよね。絶対そうに決まってる)

安達はソファとテーブルの間から先ほど入ってきたものを見つめながら声に出さずに呟く。ひろ子も同じようにし、その場から動けずにいた。

(ど、どうしよう……安達さん)

ひろ子は助けを求めるように安達へ視線を送るが彼は気づいていない。

「ぁ……安達さん!」

ひろ子が小さな声で呼びかけると安達が振り返り右手の人差し指を唇にあて、静かにというジェスチャーをした。

「しいっ、アイツらに気づかれちゃうから静かにして。何?」

安達も小声で応じる。

「あのど、どうすればいいですか。このままだとここから出られないですよ」
「うーん……そうねえ」

ひろ子の言葉にしばらく安達は何事か考えていたが、やがてこう言った。

「ゾンビなら頭が弱点なはずだから《《頭、潰してみましょ》》」
「いや……それはそうですけど」

さらっと安達の口から飛び出した物騒なワードにひろ子が何か反論しようとしているうちに、安達はテーブルの上に置いてあったナイフを素早く取り柄を片手で握って構える。

「ひろ子はそのままここにいて。いいわね?」

ひろ子は黙ってうなずく。安達はその様子を確認すると、テーブルの下から飛び出して一番近くにいたゾンビのこめかみに握っていたナイフの刃を思いっきり突き立てた。

カチッ

小さくボタンを押すような音がして、安達が刺したゾンビが床に倒れて動かなくなった。同時に店の中にいた他のゾンビも動きを止め、床に次々と倒れてゆく。

(な、何これ。どういうこと)

安達は目の前で起きたことが信じられず、自分の頬をつねる。不意に背後から乾いた拍手が聞こえ、安達は振り向く。向かい側のテーブルにいつの間にか黒服の二人組が椅子に座っていた。

「いやあ、お見事です」

二人組のうち右側にいる髪を七三分けにした顔が異様に長い男性が、立ちつくしている安達に話しかけてくる。

「ーーあんた誰?もしかしてアタシのこと後からつけてた人?」

安達は警戒心むき出しで黒服の男性の言葉に噛みつく。

「嫌だなあ、僕らはストーカーなんてしてませんよ。ちょいと様子を見にきただけです」
「あっそう。それで様子見って?」
「あなたの足元に今倒れているそのゾンビです。正常に《《稼働》》しているかを運営に報告しないといけないので」

今度は黒服の男性の左側に座った黒髪をボブカットにした女性が安達の質問に答え、色白の指先で床を指さす。

「それはウチの会社がゲーム用に開発した特殊な《《ロボット》》なんですよ。さっきあなたがリーダーを停止させたので、他の個体も機能停止したんです」
「え。じゃあの時、私を噛んだのは」

テーブルの下に隠れていたひろ子の口から驚いた声が漏れる。それに気づいたボブカットの女性と隣にいる七三分けの男性がほぼ同時にテーブル下のひろ子を見た後、安達に向き直って尋ねる。

「あれ、あなたお一人じゃなかったんですか?」と男
「テーブルの下の子、娘さんですか?」と女

何を言ってるんだこいつらは。今さら彼女の存在に気づいたのか。

「そうよ、ってか今気づいたの?あとその子はアタシの娘じゃないわよ、知り合い 」
「「ああ、なるほど」」

少しずつ自分の中にイライラがたまってくるのを感じながら、安達が黒服の言葉を訂正する。二人組はうんうんと大きくうなずく。

「ひろ子、もう出てもいいわよ」

安達は小声でテーブルの下に声をかける。ゆっくり出てきたひろ子の片手を握って、自分のほうに引き寄せた。

「さっき、アタシが倒したゾンビがロボットだって言ったわよね」
「ええ」
「こいつらUSJにもいたのかしら?昨日の夕方、この子が肩を噛まれて怪我したんだけど」

安達がそう言うと黒服の二人組は怪訝そうな表情で顔を見合わせる。

「いえ……それはないと思います。USJはテーマパークですし、ゲームのエリア対象外なので」
「それから、このゾンビ型ロボットは人に危害は加えられないようにプログラムされてますし、歯はゴム製なので噛めません」

黒服の女性が床に倒れたゾンビうちの一体の口を親指と人差し指でかぱっとこじ開けて、安達とひろ子に中が見えるようにした。よく見ると歯の先は鋭くなく、丸みをおびている。

「なるほど……。じゃあアタシとひろ子が遭遇したアレは《《本物》》だったと言うわけね」
「どうもーーそのようですね。私たちも今の話は初耳なので、全く状況の把握ができてないんですが」

黒服の女性は困惑した様子で安達を見上げる。

「この件は一度、運営側に連絡します」
「ですが……本物がいるとなると厄介ですね。田嶋《たじま》さん、どうします?」

床にしゃがんだ体勢のままで女性がもう一人の黒服の男ーー田嶋に呼びかける。
田嶋は首を傾げて考えてから「じゃあ彼らにゾンビ退治してもらいましょう。本来なら企業秘密なことも少々、久里山《くりやま》が話してしまいましたし」と言う。

「お二人ともいいですよね?」

安達とひろ子に拒否権はないようなので、田嶋の言葉に黙ってうなずくしかなかった。



夕方。黒服の二人組・田嶋と久里山からゲーム参加者専用の携帯端末を渡されたひろ子と安達は純喫茶アメリカンから出て一緒にそれぞれの家に向かって歩いていた。不意に二人の持っている端末が振動する。

「……何か来たわね」

安達がスラックスの腰ポケットから端末を引っ張り出して画面を見るなり、わかりやすく眉をしかめる。隣を歩いているひろ子が横から覗きこむとゆるいデザインの猫?のようなキャラクターが表示され、頭の上に「通知 1件」と吹き出しが出ていた。

「通知、見ないんですか?」
「いや、見るけどその前にこのマスコットキャラクターのデザインなんとかならなかったのかしら……かなりダサいわ」

安達は眉を寄せたまま、通知タブを指でタップして開く。メッセージは例の二人組ではなく、ゲームの運営からで内容はこうだ。

運営
『はじめまして。多人数参加型エンターテイメント・大阪バイオハザードへの参加まことにありがとうございます』
『今回が第13回目の開催となりますが、現在想定外の事態の発生のため問題の解決に取り組んでおります。なおゲームは《《通常どおり進行》》しますのでご了承ください』
『ゲーム時間は朝6時から午後22時まで。22時を過ぎるとターゲットの稼働を停止するので、参加者の皆様は帰宅していただいて結構です』

「え、これってもう13回も開催してるの?全く知らなかった。ひろ子は知ってた?」
「いいえ。今初めて知りました」

(ゲームは通常どおり進行……普通はしないわね。ここの運営大丈夫なのかしら)

「そういえば今って何時?」

安達の呟きにひろ子が自分の端末を持っていたバックのポケットから出して確認する。

「……18時30分です。たしか22時までがゲームの時間でしたよね」
「ヤダ、あと8時間もある」

安達はひろ子の返事を聞いて元気がなくなったのかがっかりしている。

『現実はそんなに甘くないにゃ。わかったらさっさと隠れるところなり、武器なり探すにゃ
ぼーっとしてると噛まれるにゃよ』

どこからか声がした。安達はひろ子に視線で「今の何?」と問いかける。ひろ子は首を横に振る。

『ボクを探してるにゃら、ケータイの中にゃよ。ホラ』

再び声がして、ひろ子は自分が今手にしている端末の画面を見た。そこには例の安達が微妙だと評した猫のキャラクターが正面を向いている。口がぱくぱくと動いて頭の上に紫色の吹き出しが出る。

(今喋ったのってこの子?)

『そうにゃよ〜。自己紹介遅れたけどこのゲームのナビゲーション用AI(人工知能)の《《ゾンビにゃん》》にゃ、ヨロシク』

ゾンビにゃんと自ら名乗ったAIはひろ子の頭の中を見透かしたかのように言う。次の吹き出しが表示される。

『早速で悪いけど、12時の方向からゾンビが来てるからとりあえず逃げるにゃ。ルートを今からナビするからその通りに移動してほしいにゃ』

③3日目-月曜日
その翌日。祝日で大学が休みだったひろ子は再び安達と連絡を取り合い、近所の喫茶店で朝食を共にしていた。
こんがり焼けたトーストの上には黄色い正方形のバターが乗り、添えられたサラダのレタスとミニトマトが瑞々しい。コーヒーの良い香りがいかにも《《朝》》という雰囲気だが、ゆっくり味わっている暇はなかった。
これは昨日分かったことなのだが、例のゾンビたちには朝も夜も関係ない。ゲーム時間の間ならいつでもどこでもプレイヤーを追跡してくる。よって、今二人のいるこの喫茶店にも押し寄せて来ていた……ざっと10体ほど。

「安達さん、まずい状況ですよねコレ……」

ひろ子はトーストをかじりながら窓の外に目をやる。

『うーんそうにゃね。先に突撃してきたゾンビはカズミが撃退したけど、まだ外にいるにゃ』
「ちょっと静かにしてよ、せっかくの朝ごはんが不味くなるじゃない」

安達が苛立ちの混ざった表情でテーブルの上のスマホスタンドに置かれた携帯端末から報告を入れてくるゾンビにゃんの顔を睨んでいる。険悪なムードだ。2人のいるテーブルの床には倒れたゾンビ(ロボット)が転がっている。喫茶店にはカウンターにいる店の主人を除いて客はゾンビが突入してきた時点で退去していた。

「ーーごちそうさま」
「ごちそうさまでした」

顔の前で揃って手を合わせた二人はカウンターの主人に食事代を払ってから外に出た。現在7時半ちょうど。今日もまたゾンビから逃げる一日が始まる。



「うーーむ……。本物のゾンビの出現してる理由、まだわからないの?」

都内のビルの屋上から双眼鏡で町の様子を眺めながら、田嶋がぼやく。少し離れたところにいる久里山はスマホ片手にゲーム運営側と連絡をとっている。

「今運営に電話してるので待ってください。……あ、もしもし?」

久里山はやっと繋がったスマホに向かって用件を述べ始める。

「田嶋さん、代わりますか?」

久里山が振り返り、田嶋に向かってスマホを差し出してくる。

「いや、いい。後から君がかいつまんで説明して」
「え、いいんですか自分で聞かなくて」
「うん、頼むよ」

そう言うと田嶋は再び双眼鏡を構えなおす。久里山は小さくため息をついてスマホを再び耳にあてた。



ピコン。ひろ子と安達の端末がほぼ同時に鳴った。

『この辺りにゾンビはいないにゃ。ちょっと休憩する?』
「ねえ、どうする?」

安達が隣を歩くひろ子に声をかける。

「そうですね……そろそろお昼近いですし、休憩しましょうか」

安達がうなずく。すると端末の画面上のチャットが更新される。

『ここから一番近い食事処に案内するにゃ。地図出すからあとはヨロシク』
「え、アンタが案内するんじゃないの?」
『AIにも休憩が必要にゃ。しばらくしたら戻るからそれまでグッドラック』

画面の中のゾンビにゃんは安達の言葉を無視し、いなくなってしまった。ひろ子と安達が画面を見つめて呆然とする。

「……しょーがないわね、じゃあこの地図見ながら行きましょ。ほら、目的地っぽいのが点滅してるし」

呆れた表情の安達がひろ子に端末の画面を向けてくる。地図の上で点滅するオレンジ色の丸はおそらく、食事ができる場所だ。そう考えたらぐう、とお腹が鳴った。

「そうですね。お昼ご飯のこと考えたらなんだかお腹空いてきました」

端末に表示された地図を見ながら歩くこと数十分。たどり着いたのはアーケード街の中にある中華料理店だった。店内に客はほとんどおらず、席も空いている。ひろ子と安達は店の入り口ドアから近い席に向かい合って座った。

「何にする?お腹空いてるんでしょ、先に決めていいわよ」

安達が机の上に置かれたメニュー表をひろ子に手渡してくる。

「あっすみません。じゃあお先に」

ひろ子は安達からメニュー表を受け取ると、上からざっと目を通して「ラーメンと炒飯半分ずつのやつにします」と小さめの声で言った。

「OK じゃあアタシは……やっぱりひろ子と同じのにするわ」

ひろ子から返されたメニュー表に目を通していた安達が即答した。特に食べたいものがなかったようだ。朝は食事中に《ゾンビの襲撃》という邪魔がはいったのでゆっくり楽しめないままだった。幸いそのようなこともなく、二人は運ばれてきたラーメンと炒飯セットを食べ終えた。

『昼食はゆっくりできたにゃか?』
「あらアンタ、いつからいたの」

テーブルの隅に置かれたスマートフォンスタンドの端末の中からゾンビにゃんがこちらを羨ましそう(にみえるだけかもしれないが)な表情で見つめていた。その口の端からわかりやすくよだれが垂れている。ピコン、と頭の上に吹き出しが浮かぶ。

『実はだいぶ前からいたにゃ。ラーメンと炒飯セットボクも食べたかったにゃ』

「アンタは食べられないでしょ……で、何か用?」

追加で注文したウーロン茶を飲み終えた安達がそっけなく言うと、画面上のゾンビにゃんは明らかに沈んだ顔になった。

『…………ここにゾンビが向かってきてるにゃ。あと運営から《呼び出し》がきてるにゃ』
「呼び出し?」
『今後のゲームの《方針》について話し合いたいって書いてあるにゃ。あとはボクは知らないにゃよ』

怪訝な顔の安達が聞き返す。ゾンビにゃんはそれ以上何も言わず、黙ったままだ。ひろ子はゾンビが来ると聞いて顔がさっと青くなる。

「と、とにかくこの店から出ましょう和美さん」
「ん、そうね。一旦離れましょっか」

安達はスマホスタンドから目を離し、ひろ子のほうを向いてうなずく。そのまま肩から下げていたカーキ色のショルダーバッグにスタンドと自分の端末をしまうと席を立つ。ひろ子も慌ててそれに続いた。

視界を360度覆う広大なスクリーン。最新の機器(マシン)が配備された大阪バイオハザード運営本部はさながら、SF小説や映画に登場するような場所だ。その中で一人、熱心に目の前のスクリーンを見ながら手元のキーボードで打ち込み作業をしている人物がいた。

「音無さん、そろそろ休まれたほうがいいんじゃないですか?」

女性職員から音無と呼ばれた男性が顔を上げた。彼の首の周りにリング状の装置がついており、やわらかい笑みを浮かべると装置についているランプが緑色にチカチカと点滅しておとなしい落ち着いた様子の《合成音声》を発した。

『ああ、ありがとう斉藤さん。まだ作業が残ってるから先にあがってもらって構わないよ』

※都合によりnoteとカクヨム掛け持ちで連載するのが大変になってきたので、続きはカクヨムで…!ごめんなさい

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