第42回忘バワンドロライ「浴衣」

「先輩、よろしいでしょうか」
強豪帝徳高校野球部の寮の一室、国都英一郎が現れた。

「あれー、珍しいね。どうしたの?」
部屋の主、陽ノ本当が快く迎え入れる。
促されるまま部屋に入るともう一人の部屋の主、飛高翔太がベッドの上でくつろいでいた。
「国都?どうしたの?あ、当になにか相談ごと?……ごめんね俺みたいなゴミクズが部屋にいて。相談するなら当だよな、わかるよ。俺なんかに相談したってゴミが増えるだけだもんな」
「そんなことはありません、飛高さん!」
「そうだよ、翔太は片付けが上手なんだからゴミも落ちてないよ」
「いいヤツだな当、お前この先もゴミなんか寄りつかない一生を送るんだろうな」

エース二人のお約束が終わったのを確認して、国都はおもむろに背中に隠していたグラビアを出した。
「中に浴衣姿の女性たちの写真があります、いっしょに“せーの”で好みの女性を指さしていただけないでしょうか。もちろん見知らぬ女性がたとはいえ指を差して順位をつけるなど失礼なことはわかっ…」
「待て待て待て待て待て」
言い終わらないうちに飛高がさえぎった。
「言ってる内容と、そのたたずまいが全っ然合ってないんだけど?!
「うん、あまりにも国都らしくないね。一体どうしたの?」
国都は少しうつむいてから話始めた。
曰く、1年生の中でたった一人レギュラーになった国都が最近元気がない、先輩たちと上手くいってないんじゃないかと心配したチームメイトが「仲良くなるには野球以外の話をしろ、一緒に“せーの”をすればいい」と国都にグラビアを渡したとのことだ。

「……それで、俺たちの部屋に来たの?」
「はい。“せーの”は青春の思い出に欠かせない、そして盛り上がったら“早く来て来てアイウォンチュー”を踊ればいいと」
陽ノ本と飛高は顔を見合わせた。
「そのアドバイスに従ったってことは、国都は俺たちと上手くやっていけてないと思ってるんだ?」
「いえ、そんなことはありません!」
国都は力強く否定した。
「その…彼らのアドバイスを言い訳に、練習以外で陽ノ本さんと話をしたいと思い………飛高さんとも」
「今、慌てて俺の名前をつけ足したよね?俺の性格が悪いから関わりたくないと思ってるよね?」
「いえ、そんなことは!!」
「翔太のことはみんな大好きだよ。じゃあせっかく持ってきてくれたその雑誌で一緒に“せーの”しようよ」
その時、ノックもなく部屋の扉が開けられた。
「貴様らもうすぐUNO大会始まるぞ、遅れたら3枚多く配られるからな……あれ、国都?」
セカンドを守る千石が部屋にいる国都を見つけて驚く。
「千石さん、おつかれさまです」
「ちょうどよかった千石、国都が浴衣女子のグラビアを持ってきてくれたんだ。いっしょに“せーの”しようよ」
「国都が?…それは色々と交渉できるネタではないか」
「何言ってんだよ千石ー、ほら入っておいでよ」
テーブルに広げられたグラビアを4人で覗きこむ。
「わー知らない人ばっかりだなー、テレビを見てないから全部わかんないな」
「当がアイドルを知らないのも全部俺のせいだよ、全部俺が悪いんだ」
「彼女たちが涼しげな顔をしているのは冬に撮影しているからだな」
「浴衣のデザインも色々あるんですね」
陽ノ本がかけ声をかける。
「せーの!!」
皆がグラビアの写真を指さした、国都を除いて。
「おい貴様がこれを持ってきたんじゃないのか」
「そうだよな、俺なんかに好みのタイプなんか知られたくないよな。俺がいるせいだよな」
「すいません。この女性たちも仕事のために一生懸命努力をしているのだと思うと軽々しく指を差すのがためらわれて…」
陽ノ本が楽しそうに笑う。
「本当、国都ってマジメだよね。そのマジメさと優しさが国都の強さだよ」
国都は以前、陽ノ本に『みな頼りにしている、でも誰も責めない』と言われた。
迷っていた自分の背中を押された気がした。肯定された気がした。
覚悟などとっくにできていると思っていた。
それでも先輩からの言葉には励まされてしまった。
そんな言葉に励まされるほどに自分は弱いのだと気づかされた。
「はい」
また励まされてしまった。

「ところで俺たちは同じモデルを指差しているのだが…」
「多分同じ理由だよね」
「そうじゃなかったら俺みたいなクズと一緒の好みなんてイヤだろ」
先輩たちの話している意味がわからず国都が首をかしげる。
「このモデルというより浴衣のデザインだな」
「この花柄だよね、イメージなんだけど。気付いてないんだ?」
陽ノ本が尋ねた。
「国都がホームランを打つとき、背中に花が見えるんだよ。見えている気がするんだ」
「え?」
「すごいな国都、俺なんかゴミクズしか出せないのに」
「え?」
「貴様、無意識なのか。いや意識的だと言われても引くがな」
「先輩…?」
「ごめんごめん、からかってる訳じゃないんだよ。国都の気品とか華やかさが見えてるような気がするんだ、この浴衣の柄のよjな花がね。だから3人とも同じ人を選んじゃった」
「そうだ貴様のせいだ」
「…つまり、この“せーの”も野球の話だったんですね」
「うん、そうだね」
「野球以外の話をする俺に1ミリの価値もないからな、野球も下手クソだけどな」
「翔太はめちゃくちゃ野球うまいよ」

いつものやりとりを国都は笑って見ていた。
あの二人と戦うことを恐れすぎていた。
俺は一人ではない。
野球は一人では戦わない。

自分の部屋へ帰ろうとドアを開けて挨拶をしようとしたときに、陽ノ本に引き止められた。
「国都さっき“早く来て来てアイウォンチューを踊る”って言ってたよね?」
「はい、言いました」
「チアガールの振り付けで踊れるの?」
「はい、練習しました」
「それはぜひ見たい、帰る前に踊ってくれ」

思いがけずリズム感が悪くぎこちない踊りを見せる国都に、2年生たちが盛り上がった。
その様子をドアの隙間から慣れない手つきで、必死の形相で撮っている監督の姿には誰も気付いていなかった。

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