第73回忘バワンドロライ「繋がり」

 私立帝徳高校野球部の寮には、ミーティングルームとは別にラウンジと呼ばれる談話室がある。
 今日も就寝までのひとときを過ごすレギュラーの姿があった。

「小学校も中学校も別だった俺たちが今ここで顔を揃えてるって、よく考えるとすごい運命だよね」
 陽ノ本当がくつろぎながら眩しい笑顔を見せた。
 相変わらず脈絡もなく唐突に話を始めるなと思ったのは益村だ。
「ジュニアもシニアも別々だったのにスゴいと思わない?」
 それがどうした? 俺はこの場所を奪われないように毎日死にもの狂いだと奥歯を噛み締めたのは小里だ。
 となりでは久我が「あのとき対戦した当と一緒のチームで俺は……」と感涙にむせび泣きそうになるのをこらえている。
「運命って言葉がいいのかわからないけど、こんな繋がりって奇跡だよね」
 何を言ってるのだと、千石は陽ノ本の屈託のない眩しさに細い目をますます細めた。お前がいるから皆が集まってきたのだ、奇跡ではない。
 国都は陽ノ本の話を聞きながら、頭の中で清峰と72144回目のイメトレ対戦をしている。
「帝徳の野球部なんて毎日練習でボロボロになると思ってたんだけどな」
 俺は毎日ボロボロになっているさと小里は思った。
「毎日こんなに楽しいと思わなかったよ」
 陽ノ本の言葉に久我がとうとう感極まって目を真っ赤にする。

 当。お前は太陽だよ、俺たちはお前を中心に回っている衛星だよ。いや俺なんか衛星にもなれない宇宙のゴミだよゴミクズだよみんなは眩しい星なのに俺は宇宙のうんこだよ。うんこだ。ただの宇宙うんこだよ。
「宇宙……」
 思わず口にでた飛高の言葉は陽ノ本に届いた。
「翔太は宇宙が好きだよね、よく宇宙の話をするよね」
 そいつは「宇宙」と呟いているだけで宇宙の話をしたことはないぞと益村が思った。
 宇宙などどうでもいい、この帝徳でプレーをしていく。宇宙が消えても関係ないと小里は思った。
 久我はフルスイングで木星をバックスクリーンに飛ばしている自分の姿を想像した。
 清峰との対戦は72148回目になっている。
 千石は、どうにかしてラウンジの大画面テレビで益村秘蔵のエロDVDを見れねーかなと考えていた。

 そういや冥王星って太陽の衛星じゃないんだっけ。衛星じゃないならただの石ころなのか? みんなと一緒にぐるぐる回ってるつもりだったのに実は石ころだったのか。俺か? 俺のことか? プルートっていうんだよな冥王星って。犬じゃん。世界が認める犬じゃん。俺はうんこだから犬にもなれないし温暖化が進んでるのは俺のせいだし楽しみにしていたゴマせんべいはゴマせんべいなのに全然ゴマの風味がなくて俺はいつもそうだ楽しみにしていたことが上手くいったことがないだって俺だから、いつもそうだ想像どおりに行ったことなんかない俺なんか「翔太は帝徳に来てからすごく楽しそうだよね」
 帝徳なんかに行ったってついて行けないし楽しくないと思っていた。楽しいわけがないと思っていた。
 本当に想像どおりに行かない。
 楽しくなるワケがないと思ってたのに。

 詳しいことはわからないが翔太の機嫌がよくなっていると益村は思った。
 そろそろ消灯時間だ、小里は眠くなるといつもの数割増しに人相が悪くなる。
 久我の「大宇宙超野球大会」は土星を優勝カップ代わりに掲げたところだ。
 今日も清峰のシンカーに手が出なかった国都は肩を落として俯いている。

「バンババンバンバン」

 消灯を告げる鼻歌が近づいてきた。
 カチャリと扉が開き監督が顔を覗かせる。
「歯磨けよ」
「はーい」と返事をして皆で「ババンババンバンバン」と口ずさみながら片付ける。
「宿題やったか」
 久我と飛高が顔色を変えた。
「ババンババンバンバン」
 電気が消されそれぞれの部屋に向かった。

 上下関係の風通しの良さに定評のある帝徳野球部寮に消灯を告げるBGMが存在することは世間には知られていない。

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