第58回忘バワンドロライ「飛高翔太」

 飛高くんです。
 “帝徳”のエース、飛高くんです。
 飛高という姓を最大限に活かして命名された「翔太」という名前。ご両親の「飛べ」という思いが込められています。バレーボールをするカラス高校と同じですね。飛翔イズナンバーワン。

 そんな飛高くん、今日も元気にモリモリとゴマを食べてます。ゴマが消化にいいのかどうか知ったこっちゃありません。食べたいと思ったものがゴマだっただけです。ゴマがあったらだいたい大丈夫。

 入学してすぐの頃は【すりゴマ】を食べてました。
 【すりゴマ】ってスプーン2杯でも口に入れるとボソボソしちゃって口の中の水分も全部もって行かれちゃうんですが、それでも飛高くんは【すりゴマ】を食べ続けました。だって帝徳寮の食堂には【すりゴマ】しかないんですもん。
 口の中をボソボソさせながらボソボソボソボソとゴマを食ってました。ボソボソするのでいつも食べ終わるまで時間がかかります。ある日、いつものようにボソボソとゴマを食ってると近くに座っていた千石が無言でめっちゃ見てきます。
 気持ち悪いなぁ。オマエなんかがゴマを食うなって思ってるんだろうな。そうだよな俺がゴマを食ってもゴマは喜ばない。俺には友だちもゴマだちもいない。ボソボソボソボソ。何だよ、何でそんなに見てくるんだよ。オマエの無表情さもゴマ級じゃん? ボソボソボソボソ。
「……なに?」
 いたたまれなくなって声に出したらゴマがのどの変なとこに入ってムセてしまって、テーブル一面にゴマだらけ。
「だろう? それだけ口に入れてたらこうなるだろう?」
 千石は満足そうにそれだけを言って、テーブル一面のゴマと俺を放ってどこかへ行った。千石、オマエ何だ? 千石、オイ千石?  
 そこに当が通りかかった。
 「翔太はスゴいなぁ、こんなにたくさんのゴマを口に入れてたんだ」
 少しだけ驚いたように笑顔をみせている。当はこんなときでも俺のことを褒めてくれるんだな、眩しすぎるよ。俺は自分が吹き出したゴマで、顔もジャージもゴマだらけなのに。
 ゴマまみれの飛高に監督が近づいてきた。
 「……散らかしたゴマは自分で掃除するんだぞ」
 やや目を逸らされている気がしつつ、飛高は小さな声で「はい」と答えた。
 常勝軍団“帝徳”を率いる名将、岩崎監督。長い監督人生で「ゴマを片付けろ」と口にしたのは初めてであった。ましてや「炒りゴマならもう少し早く食べ終わるんじゃないか」などと考えることがあろうとは。

 ……この日からですね、帝徳の食堂に置かれるゴマが【炒りゴマ】になったのは。
 ゴマは栄養価が高いと言われていますが、【炒りゴマ】はそのまま身体の外に排出されるので栄養が吸収されないんだそうです。つまりゴマの栄養をしっかり吸収したいなら断然【すりゴマ】。とは言っても毎日毎食ボソボソボソボソちんたら食ってられては練習にも差し障ってきます。以前なら「食事は15分以内!」と監督権限コーチ権限で決めることができましたが、今は「成長期の子どもの食事時間がうんたらー」「食事時間を制限されるのはかんたらー」と言われる時代です。本人が満足するまで食べさせてあげなくてはなりません。【すりゴマ】にそう時間は割けられません、一分一秒もね✨

 バリバリガリガリ。炒りゴマは噛み砕かなくてはいけません。
 飛高が今日もやる気なくゴマを噛み砕いています。歯の隙間にゴマが入り込むのでデンタルフロスが欠かせません。飛高が「デンタルフロス」の存在を知ったのは昔テレビで見たハッピー映画「プリティーウーマン」でした。
 洗面所でコッソリとデンタルフロスで歯のお手入れをしようとしたジュリア・ロバーツを、クスリでもするんじゃないかと勘違いしたリチャード・ギアが「手に持ってるものを出せ!」と迫るシーンです。
 リチャード・ギアが、泡風呂でシャンパンを飲むジュリア・ロバーツに山盛りイチゴを差し入れる、あの超有名シーンの少し前だったかと思います。ジュリア・ロバーツの手の中に隠されていたのがデンタルフロスだったと知ったリチャード・ギアが「おもしれー女」と言ったシーンです。いや、おもしれー女とは言ってなかったか。

 その以前から飛高は歯の隙間にはさまるゴマに困っていました。
 そこで知ったNEWアイテム、デンタルフロス。ミンティアサイズの小さなタブレットから、必要な長さだけ引っ張り出して使います。その1連の作業すべてがオシャレ映画の世界です。こんなクズな俺でもジュリア・ロバーツ。

 帝徳の寮にも当然持って行きました。
 ある日洗面所に行くと、驚いたことに陽ノ本が器用な手付きでデンタルフロスを使っていました。デンタルフロスを使っているだけなのに発光している陽ノ本当。30年前の映画よりも目の前にいる195cmの眩しいチームメイトです。ピカピカだよ当、今の君はピカピカに光ってるよ。ピカピカすぎて歯に俺の顔も映りそうじゃん。俺の歯なんて毎日歯磨きしてるのにお歯黒みたいだしさ、ツイッターはいいねを押しても色が変わらないしトイレの紙はいつもなんか湿ってるしスパイクの紐は絶対縦結びになるし。絶対。俺なんかがデンタルフロスを使うなんておこがましいよな。そうだ。うん、そうだ。
 その日、飛高は当の「どうしたの?」の声にも答えずそのまま部屋へと帰りました。そしていつからか、食後には「歯間つまようじ」を使うようになっていました。岩崎監督とおそろいです。しーはーしーはー。デンタルフロスもついています。しーはー。しーはしながら監督が呟きました。
「この歯間つまようじ使いやすいな、安藤にも教えてやろう」
 やったね飛高くん、3人でおそろいだお。クソメガネと4人でおそろいになるのもすぐだお。がんばれ宇宙だお☆

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