第43回忘バワンドロライ「遊撃手」
「瞬ちゃん、ちょっといい?」
トレーニングウェアに着替え終えた要圭が千早瞬平の元に声を潜めて近づいてきた。
「どうしたんですか?」
ストレッチをしている千早はチラリと要圭を見て、おざなりに返事をした。
要圭がこんな風に近づいてくるのはクソつまらないギャグがクソどうでもいい話をするときだけだ。
それは要圭が神妙な顔をしていればいるほどくだらなさの度合いも上がる。
俺の心を折った智将はどこへ行った?
「あのさあ」
要圭が耳打ちをするように顔を近づけてくる。
「葵っちって狙撃手なの?」
は?
「クラスの奴が喋ってたのが聞こえてきたんだよね」
千早は黙って要圭の顔を見た。
「視野の広さと肝の座りかたが狙撃手の中でも上位クラス、確実に刺されるって」
驚きであんぐりと口が開く。
「俺も前々からあのすごみ?はフツーじゃないとは思ってたんだよね」
何言ってんだこのバカ。
「本当かなあ。瞬ピーはどう思う?」
マジかよ本気で言ってんのかよ藤堂は遊撃手だろ何だよ狙撃手って頭が悪いにも程があるだろ俺の挫折を返せよあの年月を返せよとりあえず一発殴らせろ。
千早は殴る代わりに話を合わせてみた。
「確かに…高校生には見えない風貌をしていますね」
メガネを押し上げながらそう答えると、要圭は待ってましたとばかりに話に乗ってきた。
「やっぱりー?!そうなんだよ最初っからただのチンピラにしか見えないんだよ」
「ただのチンピラにしかみえないのがカモフラージュで、実は腕のいいスナイパー…って線ですかね」
「おおーっ、さすが瞬ちゃん!鋭すぎんじゃん絶対そうだよ、そうだよなー」
なるほどなるほどと納得している要圭の姿に千早は絶望感で溺れそうになっていた。
「高校野球をするヤツがあんなロン毛の金髪なんか明らかにおかしいもんな」
もう少しからかってやるつもりだったが、チームのキャッチャーがこれほどのバカだという事実にメンタルが持たなくなってきた。話を終わらせようと
「狙撃手ではなく遊撃手ですよ」
そう伝えようとしたとき。
「金髪ロン毛も変だけどさぁ、制服のズボンをグルグル短くして派手な靴下を見せてるのもかなりだよねー」
千早は自分の頭の血管がブチ切れた音を聞こえた。
「事実がどうであれ、藤堂くんの恵まれた体格とパワー、足の速さと瞬時の状況判断能力はスナイパーとして超一流でしょうね。要くんはどう思われます?」
千早は要圭の言葉を促した。
「うーん、超一流?確かに背は高いけど葉流ちゃんや国都っちほどじゃないし、ゴリラパワーも氷河のマッキーには勝てなさそうだし走るのだって圧倒的に瞬ちゃんの方が速いし状況判断は桐島さんの足元にも及ばない感じじゃん?」
「ほう、つまり?」
このときの千早の悪い顔に要圭は気づかなかった。
「全部、超一流の狙撃手っていうには全部中途半端っていうか…」
言い終わらないうちに要圭の身体が吹っ飛んだ。見上げると藤堂が立っている。
「ひぃいいっ、あああ葵っち」
「誰が中途半端だってテメェ?!」
その言葉の間に蹴りが一発ワンパン一発。
「ち、違うんだよ、葵ちゃんが狙撃手だから」
「はァ?テメェ寝ぼけてんじゃねェもう一回記憶喪失にしてやんぞオラァ!」
そう言う間に蹴り二発。
「瞬ちゃん瞬ちゃん!葵っちに説明してよ!!」
千早に助けを求めてる間にもわき腹に一発。
千早は静かにストレッチの続きをしていた。
「高校生には見えないただのチンピラって言ってましたよ」
足の裏を伸ばしながら口を開いた。
「その金髪ロン毛も明らかにおかしいとも言ってましたね」
要圭の「うぐっ…!」という声を聞きながら、千早は切れた血管が繋がっていくのを感じた。