第57回忘バワンドロライ「3」

 日本人は「3」という数字が好きらしい。日本三景に日本三大祭、日本三名園と世界三大美女。なんでも三つあわせてくる。

 千早くんもまさに今、クソみたいな先輩たちに「三点だけトレーニングすれば格段に飛距離が伸びますよ」と指を三本立てて説明している。
「まずは背筋です。ボールは背筋で跳ばすと言っても過言ではありません、背筋を鍛えてください」
「次にバットを支える腕力です、鍛えられた背筋の力をフルスピードでバットに乗せれば怖いものナシです」
「最後に鍛えるべきは背筋を支える下半身です。強くなった背筋のフルスイングをしっかり支えればボールが飛ばないはずがないんです。これだけで先輩たちもホームランバッターです、と言うより」
 ここで一拍あけてメガネを押し上げ
「ホームランバッター以外にあり得ますか?」
 アゴを上げ、ドヤ顔を決めた。
 智将みがすごい。智将が溢れている。完全に智将だ。ちょっと氷河の桐島さんにも見える。
「そんだけいいのかよっ」
 智将味あふれる姿に先輩たちも完全に惑わされている。
「背筋と同時にを腹筋を鍛えると効果は倍増ですよ」
 と、つまり全身鍛えろと言われているのにクソみたいな先輩は「ラクショーだわ」とマエケン体操をしながら笑っている。それどころか「マジ猟友会にも入れるんじゃね?」とますます盛り上がっている。

 練習着とまちがえて持ってきたユニホームを鞄から取り出す。つけられている背番号の「3」にはまだ慣れない。
「山田くんにはこれ以上ない背番号ですね」
 千早くんが声をかけてきた。どうして考えていたことがわかったんだろう。
 千早くんの表情は逆光でよく見えないけれど、きっと微笑んでいる。千早くんは少し弱っている人にはとても優しいから。
「日本人が『すきな数字は?』と尋ねられたときに答える数字であり、内野の捕手である一塁手を示す数字。背番号『3』は山田くん以外にありません」
 あまりにストレートなもの言いに驚いていたとき
「瞬ピーの数字は4だよね」
「大体の日本人が避けたがる数字だよな」
 要くんと藤堂くんが部室に入ってきた。話はいつから聞かれてたんだ。
「そんな風に背番号を考えたことなかったけどさ、瞬ピーの死の番号ってばピッタリじゃん」
 ちょっと待って。僕さっきまで泣きそうなぐらいに感動してたのに。
「千早テメェはダサいから“孤島に舞い降り死を司る神タナトス”とか考えてんだろ」
 だからさっきまで泣きそうになってたんだってば。
「藤堂くんこそ恥ずかしいセンスと知性ですから“悪魔に魅入られし堕天使ルシファー”とか言っちゃってんじゃないですか。悪魔のダミアンは666であって6ではないですからね」
 あれ、なんでそんなにムキになってんの。
「ハァ? ンなワケねェだろうが」
「俺だってそんなこと考える訳ありませんね」
 これは……この二人とも必死になってる様子は二人とも恥ずかしいことを考えてるやつだ……これは……この二人とも必死になってる様子は二人とも恥ずかしいことを考えてるやつだ……

 五巻の裏表紙で右腕に包帯を巻いていた山田は、目の前で繰り広げられる恥ずかしい言葉の応酬に、腕の疼きと開きそうな邪眼を必死に堪えていた。

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