第48回忘バワンドロライ「地味はろうぃん」

「どういうことだよ」
氷河高校野球部寮の食堂に大きな声が響いた。
前に練習試合をした小手指高校の金髪も声が大きかったなと思いながら巻田を見る。コイツのは音量調整が壊れているデカさだ。
「何ゆうてんの」
側にいた桐島さんが優しい口調で答えた。
ヤバい。桐島さんがちょっと優しい。ヤバい。これは目を合わせてはいけないパターンだ、ヤバいぞ。巻田に任せよう。

数週間前に「地味ハロウィン」をすると聞いた。
「仮装とか面倒くさいやん?」と桐島さんが提案したらしい。つまり毎年ハロウィンパーティーは行われてるってことだ。
そして今年は地味ハロウィン。桐島さん発案ってことは、いかに仮装に頼らず面白くできるかということだ。桐島さんに「センスないなぁ」と思われたくはないが、ヘタにツボに入って気にいられるのも厄介だ。まぁ巻田がいるから大丈夫か。
どう “地味ハロウィン” しようかギリギリまで考えて、濡れたエプロンをつけることにした。「洗い物をしていたらお玉に蛇口の水が当たってビショビショになった人」だ。1週間悩んだ末の結果だがこれは正解なんだろうか。となりの奴は腕に少し紫色のペンで落書きをしている。おそらく「ゾンビになりかけの人」だ。首から懐中電灯をかけてる奴は「夜のウォーキング」だろう。昔、じいちゃんも夕方の散歩のときにつけていた。

そのチームメイトたちも皆、今は桐島さんと目を合わせないように視線を泳がせている。巻田がんばれ。おまえだけが頼りであり最後の砦だ。桐島さんの犬としてひざまずけ。
「どういうことだよ、ハロウィンだろ」
「してるやん、みんな地味ハロウィンしてるやん」
「…じ……じみ?……何だよそれ」
え? 巻田おまえ聞いてなかったのかよ。
「吸血鬼とか着ぐるみは渋谷スクランブルが担当やん?そんなんいらんねん」
「……だからどういうことだよ?」
桐島さんがため息をついた。
「もうええわ巻田クン、ハウスや。バナナ取り上げるで」
おい巻田、早すぎだ。もう少し桐島さんの相手続けろ。
尻尾を振って靴を舐めて腹を見せてかしずけ。
「バナナ関係ねェし。っつーかその制服は何だよ」
桐島さんはいつもの学校の制服を着ている。どういうことなのか俺も気になっていた。
「普段よりシャツのボタン多めに開けてるやろ? わからん?」
うさんくさい、笑顔になればなるほどうさんくさい。
巻田は黙って首を傾げている。
「ホストやん、俺みたいなんおるやろ」
あー、いるな。いる。けど何というか。
微妙な顔をして黙っていた巻田が口を開いた。
「桐島さん、なんか……おもんないッスよ」
言った。巻田が言った。言いやがった。
たしかに俺もそう思ったけども。
あんまり面白くないなと思ったけども。
巻田の野郎、あのクソバカ。
俺は心拍数が上がるのを感じながら視線を床に落とした、横目で見ると他の1年生も皆顔をひきつらせてうつむいている。
おいおいおいおいおい、誰かなんとかしてくれ。
少しの間のあと、桐島さんが口を開いた。
「……なんて? 巻田クンさっきからモゴモゴ喋ってるからよぉ聞こえへんわ。ハロウィンやゆうのにいつもとおんなじ格好やし」
「いやおかしいだろ!見ろよ、めちゃめちゃ仮装してるだろ!」
そう言って猿のかぶりものを頭からとった。猿の惑星の全身コスプレセットだよな、気合入れてたんだな巻田。汗だくじゃん、着ぐるみって暑いって言うもんな。
「桐島おいこれ見ろよ、コスプレしてるだろ。仮装してき…ゴホッ」
桐島さんのワンパンが入った。キレイに入った。
巻田が泡をふいて倒れた。
その巻田の上に桐島さんが座る。玉座だ。
「ほなハロウィンパーティー始めよか」

こんな地獄から始まるパーティーでの正しい振る舞い方を誰か俺たちに教えてくれないか?

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