第36回忘バワンドロライ「かるた」
今日はノークラブデーだ。
私立校にはないのだろうが、ここ都立小手指高校には「生徒の健康のため又、学問を疎かにしないため」という名目のもと月に1ー2度、全部活が活動が休止となるノークラブデーが設けられている。
今回のノークラブデーはいつもと少し違う。要くんが「吉祥寺行く?」とみんなに声をかけ、千早くんに「予定があるので」と断られ「えぇええ~」とスネるまではいつも通りだったが、今日はそのあと藤堂くんが口を開いた。
「今日はオレんちでカルタしねェか?」
藤堂くんの話によると、最近ひらがなを覚えた妹さんとよくカルタをするようになったのだけどどうにもそのカルタが気にくわないのだという。
千早くんが首をかしげてからメガネを押し上げる。
「言ってることがサッパリわからないんですが…?」
まったく藤堂くんは何を言ってるんだろう。
「いいから来りゃわかるって、グレープフルーツのゼリーも作ってるから来いよ」
「普通の“いろはかるた”ですね」
藤堂くんお手製のグレープフルーツゼリーだ。
ほどよい苦味とすっきりした酸味で、一口食べるとシャワーでも浴びたような爽やかさが全身に広がる。
「葵ちゃん美味しすぎんだけど⁉」
要くん一口ごとに「おいしいおいしい」とうるさい。でもこれは仕方ない。本当に美味しいゼリーだ。
「もう1ついただきたいところですが、先にカルタの話を聞きましょうか」
ネコみたいな顔をしてゼリー食べていた千早くんがカルタを手に取った。
「なんつーかムカつくんだよ、そのカルタ」
ムカつく?カルタに?
「それは…ひらがなが読めなくてわからないってことですかね?」
こんなに美味しいゼリーを作れるのにひらがなが読めないとは残念ですとブツブツと続ける。
「しばくぞテメェ!いいからやってみりゃわかるつってるだろ」
そう言いながらテーブルに絵札を広げ始めた。あいかわらずネコみたいな顔の千早くんと、小学生以来のカルタに楽しそうな要くんとヤル気のない清峰くん、必然的に僕が読み手をすることになる。
「じゃあ読むね」と声をかけて一枚目を声に出す。
『袖ふれあうも多生の縁』
「あった!」
目の前に札があった要くんが一番に取った。
一枚目を取って「これって俺たちのことだよね」と嬉しそうだ。
「だな」
「ですね」
テーブルの上の札から目をそらさずに、でも少し笑いながら二遊間も答える。
確かににそうだ。
野球部もなかった都立でこんなメンバーに会えるなんて、どこかで縁があったとしか思えない。
「ことわざに限らず映画や本にある言葉に共感する時っていうのは、自分自身がそう考えている時なんですよ」
つまり要くんも藤堂くんも千早くんも、僕と同じように思ってるんだ。うれしいな。
次の札を読もう。
『飛んで火に入る夏の虫』
千早くんと藤堂くんのちょうど真ん中にあるカードを、二人とも取りかけて止まった。
野球部に入った経緯を考えると取りたくない気持ちはまぁわかる。「飛んで火に入る夏の虫」そのものだったもんね。とはいっても負けず嫌いの二人がカルタの札を取らないなんて相当だ。
「ノーカン…だな」
「…ですね」
二人のやり取りを見てから3枚目の札を読んだ。
『烏合の衆』
「また俺の前にあるんですけどー⁉これも俺たちのこと?ヤマちゃんどういうこと?」
「変わった“いろはかるた”ですね…」
メガネを押し上げながら千早くんが僕をちらりと見る。僕が選んで読んでるんじゃないのに。
「な?ムカつくだろこのカルタ。終わったら作ってるプリン食べようぜ」
「プリンまで作ったんですか♡」
あ、よかった。千早くんがうれしそうだ。
「瞬ちゃんってよく食べるよね。葉流ちゃんや葵っち並に食べるよねーそんなに大きくないのに」
要くんの言葉に千早くんの顔がこわばったように見えた…のは気のせいかな。
じゃあ次のカルタ読むね。
『過ぎたるは及ばざるが如し』
「俺の前にあったので取りましたが、何か意図でもあるんですかね?」
え?何で?なんで千早くんそんなイライラした口調なの?今、舌打ちしたよね?「過ぎたるは及ばざるがごとし」に怒るような要素あった?
わかんないから次を読もう。
『急がば回れ 過食は禁物』
「山田くん、もう一度尋ねますが何か意図でもあるんですか?」
どうしよう、言葉は丁寧なのにとても恐い。こんなことわざは聞いたことがないけど千早くんの言ってる意味も全然わかんない。舌打ちの音が響いた。早く次の札を読まなきゃ。
『気をつけよう、自転車は急に曲がれない』
「…そんなことわざありませんよね?」
ゆっくりとメガネを押し上げる。
どうしよう、千早くんの声がますます静かに低くなってる。理由はわからないけど怒ってる。どうしようもなく怒ってる。もうやめたいけど「終わりにしよう」なんて言えない。
どきどきしながら次の札を読んだ。
『人生は、1に努力 2に誇り 3に信頼 4嫉妬 最後にいいなぁ』
千早くんが崩れ落ちた。
藤堂くんは「な?ムカつくだろ?」と笑っている。
「ここまでとは…思っていませんでした」
千早くんが息を荒くしながら姿勢を立て直す。
僕は聞いたことがないことわざだけど、千早くんは知ってるんだ。やっぱり千早くんは物知りだ。
「もう止めにするか?」
藤堂くんが聞いてきた。
僕は次の札を見て「そうだね、もう終わりにしよう」と答えて、今度、妹さんに新しいカルタをプレゼントしようと思った。
5人がプリンを食べている側にはカルタが出しっぱなしにされている。
その一番に上に置かれている札、山田が最後に読まなかった札にはこう書かれてあった。
『さるも木からバナナ』