第40回忘バワンドロライ「巻田広伸」
うちの野球部には、誕生日は王様ゲームの王様になれるって伝統がある。
つっても指名したヤツに歌を歌わせるとかそんな話だ。
ある先輩は「トランプゲームの大富豪で俺にいいカード5枚寄越せ」って桐島さんに王様命令したんだけど、結局よわよわカードしか持ってない桐島さんにバチボコに負けていた。
そんなかわいい王様命令の伝統なんだけど、ここに来て巻田だ。ここに来て巻田の誕生日なんだよ。
アイツって「誕生日になって桐島さんと同い年になってもタメにはならない」って何回説明しても理解しねーんだよ。
何でだよ、理解力いる話じゃないだろ?
だから俺らみんな怖がってるだよ。
桐島さんを指名すんのは確実だ。それは分かってる。
問題は“何を命令するつもりかわからない”ってことだ。
相手桐島さんだぜ?桐島さん相手にどんな命令するのかわかんないんだぜ?怖すぎだろ?
アイツ訳わかんないとこで昭和なんだよ。
“王様命令、裸踊り!”とか言いかねないんだよ。
桐島さん相手に、な。
俺らができる自衛なんて退部届を用意するぐらいだろ。
俺たちがどれだけ心配しても巻田の誕生日はやってくる。
16年前の今日、巻田は生まれたらしい。産声もデカかったろうな。
つまり今日が巻田が王様になる誕生日だ。
「今日、オレ誕生日なんッスよ!」
練習後、グローブの手入れをしている桐島さんの前に巻田が立った。
俺たち1年生の間に緊張が走った。
桐島さんがゆっくりと視線を上げる。
「そうなんや。ほんなら俺と同い年やん、もう敬語いらんのんちゃうん?」
巻田がものすごい勢いで俺たちの方に顔を向けた。
桐島さんフィッシング詐欺かよ。存在がトラップじゃねーか。
みんなで必死で両手でバツの形を作る。
そんな言葉にだまされてタメ口きくんじゃねェ!
俺たちの必死さが伝わったのか巻田はまた桐島さんの方を向いた。
「だから、桐島さん!」
次に出てくる言葉次第ではすぐに取り押さえなければいけない。
いつでも飛びかかれるよう身構えた。
「バナナ食べさせてほしいッス!」
毎日5本は食べているであろうバナナの房を取り出した。
「……バナナ?この皮をむいて?」
「そうッス」
「巻田クンに食べさせんの?」
「そうッス」
「アーンって?」
「そうッス」
バナナかよー、笑わせんじゃねーよー。
巻田のくせにちょうどいい感じの王様命令じゃん!巻田のくせにな。
桐島さんも楽しそうにバナナの皮むいてるじゃんよお。
そうだよな、おまえ桐島のこと大好きだもんな。
大好きな桐島さんに大好きなバナナを食べさせてもらったらいい思い出になるよな。写真撮っといてやるよ。
俺はスマホを構えた。
だが俺たちは見た。
「誕生日やもんな、ええよ」
そう言いながらバナナの皮をむく桐島さんの桐島スマイル。
桐島スマイル、別名キラースマイル。インテリヤクザ、マーダー桐島。
野球部内であの笑顔に気付いてないのは巻田だけだ。
さっきの微笑ましい気持ちは一瞬にして消えてしまった。
「立ってたら届かへんなあ、巻田クンしゃがんでくれる?」
「こうッスか?」
巻田が少し腰を落とす。
「巻田クン大きいねん、圧がコワいから座ってくれへん?」
どの口が「コワい」なんて言ってんだ。
「これぐらいッスか?」
巻田が膝をついて座った。
「まだ高いわ、そのまま座りいや」
膝をついたまま座ると必然的に正座になる。
「それでちょうどいいぐらいやわ」
いつの間にか桐島さんは机に片肘をついてアゴを乗せて、長い脚を組んでいた。
ホストか?
ホストがユニフォームを着てるのか?
その足元にいるのはダンゴムシ、いや首輪をつけられた忠犬。
今日の王様のはずの巻田が。
「巻田クン食べや」
ホストではなかった、圧倒的魔王だった。
巻田が魔王から差し出されたバナナを嬉しそうに食べている。
何でだろうな、直視できねーよ。
もう何が起こってるのかわからないが巻田、お誕生日おめでとうな。