第79回忘バワンドロライ「抱負」

「抱負って“負けを抱く”って書くんですよね」
「なんだテメェ、気の利いたこと言ってるつもりか? メランコリックか」
 新年になって数日が過ぎ、やっと都立高校の新年初練習が始まった。
 二遊間の会話を聞くと日常が戻ったことを実感する。
「いえ、藤堂君は俺といると抱負だらけになるんだなぁと思っただけです」
「ぁあ?」
「テストの点数も、1番打者としての出塁率も全部俺のせいで“抱負”にさせてしまいますね」
 千早がピンポイントで藤堂にダメージを与えている。千早の突然の容赦ない攻撃に山田は思わず感心してしまう。
「な、な、なんだとテメェ! 胡散臭い顔でニヤニヤすんじゃねえよ!!」
「やめてください。本当のことを言われたからって怒らないでくださいよ」
 千早は自分から吹っかけてハハッと笑っている。
「っせー! テメェなんかチョ……」
 藤堂が途中で言葉を切った。
 どうしたのかと山田が首を傾げる。「チョコレート」って言いかけていたように聞こえた。一体どうしたんだろう。見ると千早は頬っぺたを引きつらせて固まっていたる。
二人の間から言いようのない緊張感が漂ってくる。山田は慌てて藤堂の顔を見た。
「テ、テメェなんか……チョ、彫刻刀もロクに使えねェくせに!」
 先日の美術の時間に千早が彫った作品は、皆から「特級呪物」と言われていた。
 藤堂の言葉で二人の間の緊張が緩んだ。「そうですね」と千早も顔を引き攣らせながらも笑っている。
「何だったんだろう?」
 今までの山田ならそれ以上追求はしなかった。
 だが山田にも新年の抱負がある。
「あいまいに終わらせたくない」
 今まで何かに深く関わることをしてこなかった。正直に言えば、深く関わることを避けて生きてきた。主張せず追求せず、衝突しないように生きてきた。わからないことはわからないままでいいと思っていた。
 そんな生き方を変えようと思った。
 そう思わせてくれたのが要くんと清峰くんと、この2人だ。
 貪欲で自己主張が激しくてカッコ悪くてもぶつかっていく、自分もそんな生き方をしたいと思った。
「疑問に思ったことをそのままにしない、曖昧に終わらせない」
 山田は思い切って聞いてみた。
「チョコレートに、何かあったの?」
 千早に緊張が走った、ような気がした。
 中指でメガネを押し上げて黙ったまま空を見上げている。
「正月が終わるとバレンタインだよな」
 藤堂が目を細める。
「山田も智将に覚えられてたぐらいだからチョコもらってたよな」
「うーん。でも義理チョコとか友チョコばっかりだったし、二人ほどじゃないよ」
 山田は素直に答えた。
「友チョコだと?」
 藤堂はそう呟くと、眉間を抑えながら千早と同じポーズで黙って空を見上げた。

「曖昧なままの方がいいことも多い」
 黙って空を見上げたままの二人の姿を見て、山田はそんな当たり前のことを思い出した。
 千早からの容赦ない攻撃を受けながらも致命傷を返さなかった藤堂の優しさを思いながら、山田は今年の抱負を改めるべきだと考えていた。

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