第19回忘バワンドロライ①「小手指体育祭」

「もうそろそろ体育祭の時期ですが、みなさん出場種目は決められてますか?俺はリレーや徒競走には出ない予定です。ええそうです。何故?みなさん忘れてるかもしれませんが、この都立小手指には消えた怪物バッテリーがいるんですよ。怪物バッテリーがいる野球部です。校内にも気付いている人がちらほら出てきています。俺も藤堂君も、高校野球をこよなく愛するよくわからないおっさん達には顔を知られています。そういう立場を楽しむタイプの人もいますが、俺は面倒くさいのは避けたい方ですね。知らない間に知らないところでインスタやツイッターに載せられるなんてまっぴらごめんです。体育祭でヘタに目立ってしまうようなことはやめた方が…おや、藤堂君も同じことを言おうと思っていた?さすが小手指の知性派。いえ?バカになんかしてません、素直に感心してるんです。ニヤニヤ笑ってなんかいませんよ、ネコみたいな顔は生まれつきです。…山田君大丈夫です。二遊間の連携に問題はありません。
 とは言ってもまったくヤル気のない態度は反感を買います。” 野球部は学校行事に非協力的だ ” などとレッテルが貼られてもロクなことはありません。幸いにもここはクラブ活動の盛んな高校です。俺たちが出場しなくても個人競技に出場を希望する陸上部やサッカー部もありますし、騎馬戦などもスクラム上手なラグビー部に任せておけば大丈夫です。それどころかもし藤堂君が騎馬戦などに出場してうっかり本気のワンパンでもしてしまったら今後の公式戦への出場も危うくなります。えぇ学校行事ですからそんなことはないはずですが…何故でしょう、藤堂君の騎馬戦を想像してみると運動会のワンシーンとしての騎馬戦とは明らかに違うんですよね。藤堂君にスポーツマンシップが欠如しているワケでもないのにスポーツに見えないというか爽やかさが不足しているというか、そもそもバットを肩に担いでいる姿も鉄パイプにしか見えないんですよねぇ。…そんな大きな声を出さなくても聞こえてます、“なんだとてめェ” 今日2回目ですね。そういうところなんですよ。あ、山田君ありがとうございます。鼓膜がおかしくなるかと思いました。山田君はスペインに生まれていたら、いい闘牛士になったでしょうね。
 話がそれました。そんなワケでみんなそこそこの感じでそこそこに楽しみましょう。なんですか要君?どういう競技がいいか?…そうですね、要君なら借り物競走なんてどうですか?“ 女子のハンカチ ” や “ 野球部のキャッチャー ” なんかあるかも知れません。女子と話ができるチャンスですよ。清峰君は綱引きがいいんじゃないですか?しっかり腰を落として踏ん張るので筋トレにもなりますよ。え?藤堂君の出場種目も俺が考えるんですか?メンドクセ…いえ、何もありません。藤堂君ならムカデ競走などどうですか?ムカデ競走。ご存知ない?みんなで縦1列に並んで前後の人と右足をロープでくくる、左足も同じようにくくります。二人三脚の変形バージョンですね。みんなで転ばないように「右!左!右!」と声を掛けあって進んでいくので声の大きな藤堂君にぴったりじゃないでしょうか?いえ、バカになんかしてません。声がデカいだけのバカだなんて言ってませんし思ってもいません、いちゃもん付けて絡んでくるのはやめてください。これ以上山田君を困らせてどうするんですか。俺ですか?俺は目立たないように玉入れにでも出るつもりです。高校の、運動会の思い出は必要ありませんから。俺たちは野球部です。高校生活の思い出は野球部で作りましょう。
 え?この話は先輩たちにはしてません、俺たち1年生だけの話です。土屋さんには是非リレーに出てもらいたいですね。運動会や体育祭のリレーには足が自慢の体育会系が出るもんですし、土屋さんのような文化系タイプでしかも本人でさえその速さに気づいてなかったんですから運動会でリレーなどに出場したことはないでしょう。以前とは違って、最近は体力もついてきてますから100mならあの速さもキープできるはずです、陸上部にも負けませんよ。自信さえつけば土屋さんは大きな戦力です。そのためにもリレーに出てもらいたいですね、いっしょに思い出を作っていく仲間として。え?クソみたいな先輩?…知らねぇよ、勝手に運動会で楽しい思い出でも作りゃいいだろ」

そう言って千早瞬平は中指を高々と上げ、いつものようにメガネを押し上げた。

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