第50回忘バワンドロライ「ど」
“足りないんじゃないか?”
“人のをバカにするの禁止な”
“結果がついてくるわけじゃない”
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「俺はまぁツラいときにこそだな」
「藤堂くんらしいですね、俺は楽しめばいいんじゃないかと思いますけどね」
いつもの放課後、いつもの練習後。いつもの二遊間。
「まぁでも藤堂くんはそういうの好きそうですよね」
千早くんが少し笑いながらメガネを押し上げた。
「あ?バカにしてんのか」
「いえ、まさか。外見通りに昭和っぽいなと思ったまでです」
「テメェ、やっぱりバカにしてんじゃねぇか!」
どうしてこの二人のロッカーを隣にしちゃったんだろう。
練習が終わって着替えをするほんの短い時間に、相変わらず二遊間が二遊間している。
「おいヤマ、おまえどう思う?」
藤堂くんは分が悪くなってくると話を振ってくる。
「いや、僕も嫌いじゃないよ。やっぱりすべての基本だと思うし」
千早くんがニヤニヤとこっちを見ている。言いたいことあるならはっきり言っておくれよ。
「要くんは当然…」
メガネを押し上げる千早くんに、要くんがかぶせ気味に答える。
「何?瞬ピー何が言いたいの?人のをバカにするのは禁止だかんね。それにクールぶってる瞬ピーの方が実は…」
負けじと千早くんがかぶせる。
「何言ってるですかやめてくださいそんなワケないでしょう」
少し早口になった千早くんを要くんがニヤニヤと見ている。この鋭さ。この感じ、やっぱり要くんは智将なんだ。
「たださぁ」
要くんが続ける。
「頑張ったからって結果がついてくるワケじゃないんだよな、それどころか報われないことの方が多くてさ。何ていうかさ、世界は残酷だよな」
そんな悲しげな顔をするなんて。
どう声を掛ければいいのだろう。僕だけじゃない、みんな言葉を失って黙り込んだ。
「わかるぜー、俺も中坊の頃まではすがってたからな。けど無理なモンは無理なんだよな。そうやって割り切っていくんだよ、それがオトナってモンだろ」
クソみたいな先輩が話に入ってきた。おかげで少し空気が変わりました先輩ありがとうございます。中学生まではそうだったんですね。となりの先輩が少し驚いた顔してますよ。僕も驚きました。そしてまだ名前を覚えてなくてごめんなさい。
「清峰はどうなんだ?」
藤堂くんが黙って着替えている清峰くんに聞いた。
十年に一度の逸材、怪物と言われる清峰くんがすがるようなことはあったんだろうか。
「ア、アニキに…無理やり…」
あー、そっちでしたか。天才も怪物も兄貴の前ではただの弟になってしまうんだ。仕方ないよねあのお兄さんじゃ、馬だもん。それにしても「アニキに無理やり」って何だかいかがわしいぞ。
「どうであれやっぱり全炭素生命体のヒーローだし絶対的時空間だよね」
さすかですつっちー先輩。言ってることが意味不明ですしオタクらしく主語が大き過ぎます。
「僕なんかが評する間でもない作品なんだけど結果がついてこないもの報われないのもひたすら道具が使いこなされていないだけであって使い手が悪いせいだし山田くんの言うとおり本当にすべての基本なので」
使い手って言うんだ。デュクシの使い手とか聞いたことあるな。
「そうですよ」
千早くんが後を続ける。千早くんはつっちーさんの言葉はよく肯定するよね。藤堂くんだって間違ったことは言ってないのに。
「そんな話で世界は残酷だとか言われても俺たちも返答に困ります。アホ過ぎて言葉が出てきませんでした」
背筋を伸ばしメガネを押し上げながら一刀両断だ。要くんは何も言い返せずに口をパクパクさせている。
「千早オマエも子供の頃は見てたろ?うちの妹なんか令和の今でも夢中だぞ」
「いえ、俺は青いネコ型ロボットよりどちらかというと海外の、そうですね “シンプソンズ”など見ていたので」
「そーゆーとこだよなテメェはよぉ」
そーゆーとこだよね千早くん。
ところで清峰くんの「お兄さんに無理やり」ってどういうことだろう。
清峰くんが青い顔をしたまま答える。
「アニキはジュースを飲みたいときもジュースをこぼしたときもジャンプの発売日も笑って“なんとかしてよぉ” って言うだけで、アニキがそう言ったら俺は…」
あーそういうことかぁ。清峰くんが不憫でならないよ。
「そーゆーときこそ、もしもボックスがあればと思うよなー」
千早くんにアホ過ぎると言われた要くんの言葉に、藤堂くんが深くうなずいている。
藤堂くんも幼いころはお姉さんにいじめられてたんだろうか。弟ってのは大変なんだな。その会話に千早くんが入ってきた。
「清峰くんのお兄さんは馬ですからね、“桃太郎印のきびだんご”でいいんじゃないですか」
ハハ…と笑いかけて慌てて手で口を塞いだ。
皆が黙って千早くんを見た。
もう遅いよ千早くん。
ネコみたいな顔をして口をふさいだまま耳まで赤くしている。
藤堂くんと要くんが盛大に吹き出した。
「桃太郎印かよっ」
「瞬ピー言っちゃったねー」
お腹を抱えて笑い転げている。
シンプソンズに桃太郎印のきびだんごはないよね。結構マイナーな道具だしね、千早くんすごい見てるんだ、楽しんでたんだね。うん、いいよね。
藤堂くんがここぞとばかりに千早くんをからかっている。
一度は野球を辞めた、トム&ジェリーのような二人を眺めながらふと考えた。
もしも、本当にもしもボックスがあったらあの二人はどんな“もしも”を言うんだろう。僕は何と言うだろうか。そして要くんはどんな“もしも”を言うんだろう。
アンアンアン、とっても大好き〜♪