第41回忘バワンドロライ「水着」
「ねえみんな、この水着ギャルたちでどの子が1番タイプか“せーの”しようぜ☆」
練習が終わった小手指野球部の部室に要圭の明るい声が響く。
「隣の席のヤツが読み終わったからってくれたんだよ」
要圭は嬉しそうに机に雑誌を置いた。
「そういう“せーの”って本当にみんなしてんのかよ」
「またくだらない深夜アニメでも見たんじゃないですか?」
あいかわらず手厳しい二遊間だ、冷めた目で相手にもしない。
「いーじゃん、“せーの”だよ。青春時代の思い出に“せーの”は外せないじゃん?」
広げられた雑誌グラビアにつっちー先輩とクソ先たちが興味ありそうに近づいてきた。
「僕は三次元の女性はちょっと苦手なんだよね…」
「レベルの低いデルモばっかじゃねーか」
どの立場から言ってるのか、“デルモ”の言葉に二遊間が顔を見合わせる。
「じゃあ行くよ、せーの!」
要圭のかけ声に合わせてみんな一斉に指をさして…いなかった。
要圭一人だけが力強く、人差し指を突き立てている。
「なんでぇえええ?!」
要圭が大声をあげた。
「なんでー!なんでなんでー?先輩がたも何で“せーの”してくれないんですかあ⁉」
「あ…ごめんね…僕…やっぱり三次元はみんな同じに見えて…」
申し訳なさそうにつっちー先輩が答える。
「スタートが早すぎんだよ、もっとじっくり考えさせろよー」
「この中なら俺は全部アリだぜ」
そんなに真剣に選んだところで何も起こらないしそもそも要圭の意図が全く理解されていない。
「要くんのお母さんに似てますね」
要圭が指さしたモデルを見て千早瞬平がつぶやいた。
「そういやお前、アホになる前におふくろさんと二人でプール行ってたんだよな」
「あー、要くんのお母さんの水着がこんな感じだったんですね」
人を小バカにするときの千早瞬平は饒舌だ。
「記憶にない覚えてなくても頭の片隅に残ってるんですね。なんだかんだ言って要くんはお母さんのことが大好きですよね」
「おまえ顔そっくりだもんな」
要圭をからかうときの二遊間はあうんの呼吸、グラウンド以上に息がぴったりである。
「なんだよなんだよなんだよー!」
要圭が顔を真っ赤にしている。
「瞬ピーも葵っちもなんで“せーの”しないんだよ!」
「何故と言われましても…」
スカした様子でメガネを押し上げている千早に清峰が口を開いた。
「千早はかなり特殊な性癖だ、って兄貴が言ってた」
飲みかけていたお茶を盛大に吹き出して千早が膝から崩れた。
「おま…!特殊っ…!!」
倒れこむ千早を見て藤堂が腹を抱えて爆笑している。
「かなり特殊って!!」
要圭も指をさして笑い転げている。
「え…千早くんそうなんだ…」
つっちーさんが軽くショックを受けている。
千早瞬平は頭を抱えてうずくまったまま、時おりピクピクと痙攣を起こしている。
「藤堂は…」
清峰が言いかけたとき、顔から笑いを消した藤堂が清峰の胸ぐらをつかんだ。
「テメェくだらねェこと言いやがったらその腕へし折ってやんぞオラ」
もはやただの どチンピラ である。
実の兄やチームメイトから狙われるエースはなかなか珍しい。
清峰は黙って目を反らした。
「葉流ちゃんは?葉流ちゃんだって一人ぐらい、いいって思うギャルいるでしょー?」
“いるわけねーだろ” 野球部員全員がそう思ったとき、清峰がグラビアの一人を指さした。
「テメェとうとう色気づきやがったか!」
驚きの声を上げた藤堂に清峰が答えた。
「お尻が大きい、肩周りが鍛えられてる。この中で一番速いボールを投げる」
清峰以外の全員が完全にシラケた顔で無言になっている部室に、トイレに行っていた山田太郎が帰ってくるまであと5秒。。