第13回忘バワンドロライ「海」
「もうすぐ海の日じゃん!みんなで行こうよ」
ラブ&ピースに要くんが言った。
ウソでしょ?
そんなこと言ったらどうなるかわかるじゃん。
ほら、二遊間がニヤニヤしてる。
「そうだな」「いいですね」
要くんいい加減に学習しようよ。
「ねぇ!俺こんな意味で言ったんじゃない!」
いつものトレーニング姿の小手指野球部が分厚い雲のかかる海岸で準備運動をしている。
「たまには場所を変えるのも気分が変わっていいですね」
「おう、お前の希望どおりの海だぞ」
「全然ちがう!こんなのありえナイツ!俺の海は青い空と女子なのよ!青春のキラメキの水着なのよ!」
ストレッチをしながらもおしゃべりが止まらないのは、二遊間の二人も海を前に浮かれているんだろう。
「聞いてる方が恥ずかしくなるストレートさですね」
「この時期に炎天下でトレーニングしたらぶっ倒れちまうだろが」
「そんなこと言っちゃって。葵ちゃんだってさ、硬派ぶってるけど水着姿の女の子は好きでしょ?」
「は? ねェよ。水着姿なんか家にいる姉貴にしか見えねェからな」
「おや、じゃあ藤堂くんは大人しい感じの女性がお好きなんですね」
「いやそれも妹に見えるからムリだな」
「え?じゃあ葵ちゃんってどんな人がタイプなの?」
「…デカい女かな。タッパとケツのデカい女」
「え?」
「え?」
「待って待って! 葵ちゃん、いろいろ混ざってるから!」
「いや、大丈夫だぞ。ブラザー」
これはヤバい、早くトレーニングを始めよう。
「トレーニングといっても、この砂浜を走るだけなんですけどね」
千早くんが説明する。
「この先5kmほど行くと海岸が切れてるので、そこで引き返してきてください。そこの突堤がゴールです」
と、海につき出した突堤を指差した。
「10kmほどですが、平地ではないので少し走りにくいかも知れませんね。ですが今日は1年生だけですし、大丈夫でしょう」
そう言って千早くんが笑顔を見せた。
知ってるぞ、それは信用しちゃいけない笑顔だ。
「こんなとこに突堤があったんだな」
「ええ。海水浴場からは離れてますし、ちょうど防風林で隠れる場所になりますから知らない人も多いでしょうね。突堤の先まで行くと三方を海に囲まれて気持ちいいんですよ」
「へぇ、お前よく行くのか?」
「…いえ、別に」
「周りが海で何もないし、モノを燃やすのにもいいよな」
「何か燃やしたいものでもあるんですか?」
「…いや、別に」
「ねぇ…俺…こんな意味で…言ったんじゃ…ない…」
ゼェゼェとアゴが完全に上がってヘロヘロの要くんが半泣きで訴える。
砂浜でランニング。
少しなんてもんじゃない、信じられないぐらい走れない。
10kmも走るなんて罰ゲームだ。
靴の中が砂だらけだ。
いや、砂浜の砂なのか。
汗が目に入ってくる。
ぬぐいたいけど腕を上げられない。
足が沈む、もう上がらない。
これ以上ムリだ動かない。
あと30秒。
あと30秒だけ走ろう。
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11…30!
行けた。でももうダメだ。
もう限界だ。
あと30秒だけ走ったら終わりにしよう…
「みんな…しっかり…水分の補給を…」
走り終えた千早くんがアスファルトの上に倒れこんだ。
その横にみんな次々と仰向けに転がっていく。
みんなが全身で大きく息をするゼェゼェとした声だけが聞こえる。
もう動けない。このまま寝てしまいたい。
でも。
ついて行けたんだ。
富士見の千早くんと大泉の藤堂くんと、そして宝谷のバッテリーについて行けたんだ。僕が。
倒れるまで走るのは慣れてんだよ。
何でコイツらも一緒に倒れてんだよ。
みんなが倒れていて助かった、こんなときに笑ってる顔は見られたくねェよな。
またココに来るなんて。
あの時以来だ。
疲れた。
クソっ、こんなゴリラ共と同じメニューなんかできるかよ。
自転車もないのにどうやって帰るんだよ。
…楽しいな。
楽しいなクソッたれ!
走っただけなのにな。
潮の香りってこんなんだったっけ?
いい匂いだな。
あ”ーづかれた。
息が上がって喋れないじゃん。
海、来たことあるよな。
葉流ちゃんと来た気がするんだよな。
絶対に来たことあるよな…。
共犯者…?
俺が葉流ちゃんの共犯者だったっけ?
なんだ?
思い出せそうなのにな。
海、バッテリー、バッテラ? 海、…魚介?
共犯者…海…
ああ、そうだった。
息の整ってきた要圭が隣に寝転ぶ清峰に声をかけた。
「思い出したぜ」
「何?」
「俺たちは共犯者だったよな」
清峰が目を大きく見開いた。
「…圭? 思い出した?」
声を出して飛び起きる。
「あぁ、俺たちはかなりの量のアワビを密漁していたよな」
「圭?」
「共犯者だもんな、俺たち」
「…圭?」
「次はサザエ取ろうぜ、見つからないようにな」
圭がニヤリと笑った。
「だまれアホ!うんこ!!」
清峰の怒りのこもった高速ゴリラパンチが連打された。
「いて。ちょ、やめて。葉流ちゃん、叩くのやめて!ちょっ、誰か止めて」
「おい見ろよ」
「まだあんなに体力が残ってるなんて、さすがですね」
ヤマが心地よい眠りから覚めるまで、圭の悲痛な叫び声がこだまし続けた。