第20回忘バワンドロライ「紅葉」
「にーに、もみじだね~」
「おー、もうすぐ紅葉の季節だな」
「ちがーう、今日がもみじなのー」
「ん?もみじの絵でも描いてくれんのか?」
「ちっがーう!にーにーがもみじ!」
「ハロウィンの紅葉か?」
「ちっがーう!!」
妹が何を言おうとしているのか測りかねていると姉が話に入ってきた。
「あー言うの忘れてた。隣りのおばあちゃんが手を骨折してもみじくれたわ」
「は?姉貴まで一緒かよ?解かるように話せよ」
「それぐらい分かれよ。隣りのおばあちゃんが骨折したんだよ。それで料理もできないからって、天ぷらにするつもりだったもみじを持ってきてくれたんだよ」
「おぅ、イヤな予感がするな」
「そこにあるだろ、もみじ200枚」
「はぁっ?!200枚?商売でもする気かよ!」
「天ぷらにするまでに1年間塩漬けにするとか大変らしいぞ」
「知るかよ、オマエが作れよ」
「あ?服を着ないで油モンしたら危ねェだろ。葵、作れ」
「テメェが服を着りゃいいだけじゃねーか!」
「にーに、おばあちゃんのもみじ美味しいんだよー」
「そうだね美味しかったね。アンタよくもらってたもんね」
「にーに作ってー」
✳✳✳✳✳
「…というワケだ。あさってからは課題提出の嵐だ、今日中に揚げるしかない。が、さすがに一人で200枚揚げるのは難しい。すまねェ!手伝ってもらえないか。頼む!」
その日の夕方、藤堂くんはそう言ってみんなに頭を下げた。まさかそんなことで頭を下げるなんて。慌てて声を掛けようとしたその前に、千早くんが口を開いた。
「それ…完全に私情ですよね」
え?
「藤堂くんは何としてでも妹さんの期待に応えてあげたいのかも知れませんが、それ俺たちと関係ないですよね」
千早くんのそのあまりの口ぶりに、ノリノリで「行く行くー!」と言い掛けていた要くんが固まっている。
「ダサいですね」
そう言ってメガネを押し上げた。
「妹さんへの優しさは否定しません。藤堂くんの妹さんへの愛情は一人っ子の俺には羨ましくも思えます。しかし俺たちものんびりできるのは今日が最後です。それを分かった上で情に訴えかけてくるとは━━━実にダサいです」
と、八重歯を見せて笑った。
「子どもでもあるまいに、もみじの天ぷらにウキウキしている自分が、です」
「僕、紅葉の天ぷらって初めてだよ」
「大阪の箕面の名物ですね、シンプルながらクセになる美味しさです」
「へー。そんな名物まで作れるなんて、葵ちゃんスゲーじゃん」
「食への探求心が人一倍に貪欲ですよね…つまり“食いしん坊”なんですが」
千早くんのそういうトゲのある言い方、なんだかもう落ち着くよね。
「塩抜きは済ませたから一枚ずつ衣をつけてくれ。あとは俺が揚げていく」
エプロンを着けた藤堂くんの指示に従って、破れないように一枚ずつ衣をつけていく。それを藤堂くんが器用にひょいひょいと箸ですくって鍋に入れる。今日はお姉さんがお出かけらしく、妹さんが恥ずかしそうに隣の部屋から顔だけ出して様子をうかがっている。
「何分ぐらい揚げるんですか?」
「20分らしいんだが無理だろ、一度に揚げれるのも15枚が限界だしな」
「カットですね。半分の10分で行けませんか?」
「さぁな、何とかなるだろ」
こういうときの二遊間は本当に話が早い。まるで試合のときに藤堂くんが捕った打球を千早くんに送球、間髪入れずにファーストの僕の元へ投げられる連携を見ているようだ…と思っていたら
「おい千早、油で遊ぶんじゃねぇ!」
「要!勝手に戸棚を開けまくんな」
「清峰、オマエ箸もロクに使えねェのかよ!」
藤堂くんがお母さんになっていた。
「おう、できたぞ」
最初に入れたもみじが揚がってきた。さすがに形はもみじではないけれど、揚げたてのもみじは美味しそうな匂いの湯気を上げている。
「こっ、マジ?!葵ちゃんウマ過ぎんだけど」
要くんがすっとんきょうな声をあげる。
「揚げたてはこんなに美味しいんですね」
口調だけは冷めてる千早くんも嬉しそうにハフハフしている。
清峰くんは頬っぺたにカスを付けながらモグモグ食べている。
本当にいつも見ている紅葉がこんなに美味しくなるなんて知らなかった。
その美味しさはみんなをがぜん張り切りださせた。
「おい千早、勝手に入れんな!」
「要、オマエ引き出しから何を出しやがった?」
「清峰!すぐ次のを揚げてやるから鍋から離れやがれ」
みんなが張り切れば張り切るほど藤堂くんのジャマになってしまうのはどうしようもない。
「あー…、油の温度が上がる前に入れるとこうなンだよ」
藤堂くんがべちょべちょに揚がったもみじを箸でつまみ上げながら千早くんを睨み付ける。
「あ、本当ですねー。最初のと全然違いますねーアハハ」
「すごい。同じ天ぷらと思えない、サクサク感が全然ない!葉流ちゃん食べみてよ」
清峰くんは渡されるがまま、また頬っぺたにカスを付けながらモグモグ食べる。
「どうですか?食感が変わるだけで味は一緒のはずですが」
「…もみじはもみじだから」
「ただの舌バカでしたか」
「紅葉の形にならねェなァ」
「それこそが職人技でしょうからね」
「努力が足りないんじゃないか?」
「舌バカのテメェは引っ込んでろ!!」
「そうだよ人の努力を否定するのは良くないよ葉流ちゃん」
「テメェも黙りやがれ!」
「鍋に入れた瞬間に葉っぱの形に形成していくのはどうですか?」
「いや、天ぷらはできるだけ触っちゃいけねェンだよ。衣が剥がれるからな」
「でもほら、その葉の切れ目から膨らんでますよ?」
「あぁ?」
「膨らむ前に形成すれば…」
「ごちゃごちゃうっせーな、何だ?」
「…俺にもやらせろって言ってるんです」
え?千早くん大丈夫?千早くんって器用だけど不器用だよね。
菜箸を受け取った千早くんは「あれ?おや?」と苦戦していた。
「おい何だ?紅葉の素揚げか?」
結局、衣を全部剥がしてしまい「難しいもんですねー」と猫みたいな顔でアハハと笑っていた。もみじを揚げるのはきっととても難しいんだろう。それを簡単そうに見せるのが藤堂くんの器用さなんだ。
二時間近くが過ぎ、もみじの残りも少なくなったころ藤堂くんが要くんに声をかけた。
「その辺の戸棚に青のりやあられがあったろ?」
渡された青のりを衣に混ぜる。それを揚げると海苔風味の天ぷらができあがった。
「もみじの天ぷらはそのままが美味いんだけどな、こんだけありゃバリエーションがあっていいだろ」
すごいよ藤堂くん。形も少しだけ紅葉っぽくなってきている。
最後のもみじに衣を付ける前に、要くんが少し大きめのあられも混ぜ始めた。「食感が変わって美味しそうだよね」そう言ったあとに、
気づいてしまった。
「待って!それポップコーンの素…!!」
声を掛けたときには、とっくに鍋に入れられた後だった。
もう、逃げられない。
ヤケドをする熱さのポップコーンが200度に熱せられた油を撒き散らしながらポンポンと勢いよく弾け出した。阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにあった。
もし一つだけ何かを やり直せるとしたら アンタは何を選ぶ?
その後、要くんは藤堂くんにこっぴどく怒られた。
要くんが「テメェのほっぺたに真っ赤なもみじを付けてやろうかっ💢!」と怒鳴られたのは、グーで殴られた後だった。