第51回忘バワンドロライ「星」
高須は夢を見ていた。
同じ高校で共に甲子園を目指していたチームメイト、津田と共に働いている夢だ。
「やぁだー、アンタたちこんなカワイイのに何悩んでるのよー」
そう言いながら笑う俺。
すぐ側には化粧をして不機嫌そうに座る津田がいる。
そうだ、津田はかわいい顔をしている。人形のようだ。
化粧したらかわいくなるんじゃね? と誰かが言っていた、それでこんな夢を見てるんだな。
「たかっすーは気になる人とかいないの?」
「俺…いや、アタシー? そうねぇー」
変わった話し方をする仕事に就いているんだな、津田も化粧をしているし。
……なるほどわかった、そういう設定だな。
「気になるって言ったら、そうねーずっと気になって仕方ないヒトはいるわ。憧れてたのよ、年下だけど。優しくてね、ツラい思いをしたヒトだから幸せになってるといいんだけど」
夢だとわかっていれば、こんなにすらすらと自分の気持ちを口にできる。
夢であっても思いを口にすると思考がクリアになるんだな。そうだ、俺はアイツにはこれからも楽しく野球をしてほしいと思っている。あの背中をずっと見ていたいんだ。
不機嫌そうだった津田が俺の言葉を聞いて口元を緩めている。両津さんをリスペクト…いや、そんな軽い言葉じゃない。両津さんと秋元先生を尊敬して追いかけて、才能があるとは言えない俺たちはただただ愚直に休まず練習を続けた。
それでも1年以上野球から離れていた俺達のスーパープレイヤーには勝てなかった。現実とはそんなもんだ。だからこそ、こんな愉快な夢を俺は見ているんだろう。
「えー、年下のヒト? それって男の人? 女の人?」
「そりゃアイツは……、ううん、あのヒトは男の中の男よ」
俺、こーゆー話し方って合ってるみたいだな。なかなか楽しくなってきたぞ、さすが俺の夢。
「キャーッ、気になるヒトって男の人なんだー」
となりに座る女性たちが楽しそうに声を上げた。
「そうよー、大きな背中と内野手ならではの小さなグローブ。鍛えられた腕と胸筋、アンタたちも一度ご覧なさいよ。抱かれたくなっちゃうわよー」
夢だとわかっていれば現実では言えないことだって口にできる。
夢を夢であると見抜ける人でないと夢でハジけるのは難しい。
それが今の俺にはできるっ!
「キャァア〜、たかっすーってばそんなこと思ってたのー?」
女性たちの反応が楽しくて俺はついつい調子に乗ってしまう。
「バカねぇ、アタシは抱かれるんじゃなくて、抱・く・ほ・う・よ♡」
はっはー、俺ってば新しい才能に目覚めそうじゃん。
「ありがとうございましたー。星明学園文化祭2年B組、スターライトおしゃべりカフェ、制限時間6分になりましたー」
よく知る顔の男性が声を掛けてきた。
座っていた女性たちは残念そうに立ち上がる。よく見るとお揃いのTシャツの下は制服のスカートだ。
「高須くんチョー楽しかったー! 今度の試合、応援に行くね」
え? 試合? リアル過ぎる夢じゃね?
女性たちが立ち去ると、いつもは無表情な津田が心配そうに近づいてきた。
「おまえ、まだ疲れがとれていないのだろう?」
いやいやいや、なんかそんな現実感出されると不安になるじゃないか。
「昨日の試合は俺も疲れた。季節外れの暑さだったし倒れたのも無理はない。今日は休めばよかったのだ」
あー、なんか思い出してきたぞ。
そうだ。文化祭の準備やたまってた課題で睡眠不足だった俺は昨日の試合で気を失ったんだ。家に帰った記憶もあやふやだ。朝にシャワーをした記憶が蘇ってきた。学校に着いたらクラスの女子にお化粧をしてもらったな。
うん、思い出した。
「大丈夫か?あまり高須らしくなかったが……しばらく休んでこち亀を読め」
津田の顔を見る。全部思い出した、俺は起きている。
これは夢ではない。
俺は呆然と津田の顔を見詰めた。
「高須くんってぇ抱かれる方じゃなくて、抱・く・ほ・う・なんだってー!!」
さっき話していた女子生徒の声が、廊下で響き渡っている。