第75回忘バワンドロライ「8」

 いつだったか、テレビで札幌ドームの天井から降りてくる野球選手を見た。
 そのころの僕は、二次元三次元にこだわらず野球が好きだった。あのときの野球選手の姿は、僕の大好きな野球の象徴になった。
 その選手はカッコよくて野球をしている子どもたちの憧れだった。広い外野を走りまわりどんな球でも簡単に捕球するヒーローだった。
 僕はその選手と同じポジションを守っていた。
「外野は足が速い選手じゃなきゃダメなんだ」
 そう監督に言われたときの喜びをいつの間にか忘れてしまっていた。足の速さをしっかりと認めてもらっていたのにどうして忘れたんだろう。
「記録よりも記憶に残る選手になりたい」
 その選手の言葉の一つ一つが力になった。
「自分もみんなの記憶に残るような選手になりたい」
 ジャングルジムの、上から2番めの段にも立てない自分でもヒーローになれるような気がした。

 大好きだった野球を、野球以外の理由で辞めてしまった。
僕は野球が嫌いになった。憧れの選手も監督に褒められた自分も、グラウンドを走り回っていた自分もいなくなった。
 僕は今また野球を始めた。僕は野球を辞めた理由は野球ではなかったから、野球を嫌いになったわけではなかったことも思い出した。
 野球から離れていた間に僕はすこし大きくなった。キャップのつばは折り曲げなくなったし「記録よりも記憶に残る選手」は皆すばらしい記録を残していることも知った。
 その昔、松坂大輔選手が日本シリーズでの登板のあとで女性アナウンサーからインタビューを受けていた。後に結婚することになったその女性アナウンサーは「昨夜はよく寝られましたか?」と質問していた。だがそのインタビューのときはすでに2人は一緒に住んでいた。すべてが判明したとき野球好きのおっさんたちが「プレイかよっ!」「俺たち全員がダシにされたのかよっ」と叫んでいた。その意味も今ならわかる。それぐらい僕も変わったのだ。
 憧れていた選手が監督になって野球にもどってきた。同じポジションでワクワクしていた自分を思い出す、そこには変わらない僕がいる。野球がずっと大好きな僕が。

 土屋の雰囲気が少し変わったことに山田は気づいていた。以前からこっそりと頭の後ろを刈り上げていたことにも気づいていたが、最近は髪の色が変わったきがする。ほんのりと、よく見なくてはわからない程度に明るくなっている。昼休みに歯を磨いている姿を見かけたこともある。
 すごくわかる、と思った。あこがれの人の姿はマネをしたくなる。つっちーさんの浮足立っている高揚感が伝わってきた。
 これからもっと野球が楽しくなる。
 日本中がまた野球に注目し始める。大好きな野球が、たくさんの人の心に届くのだ。

 嬉しさが、抑えられない。


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